三年目のハネムーン １
シンの家族は、綺麗な奥さんと、可愛い子供が二匹。
仕事でなかなか帰れないけれど、大好きで、大事な、シンの家族。
それでも時々、ちょっとだけ思う。
たまには。
もうちょっとこう。
・・・・大好きなアスランと、いちゃいちゃしたいなぁ、とか。
結婚（？）と同時に二人の子持ちになったから、新婚気分というものは、味わったことがない。
それでも、慣れない仕事と育児とで、自分の体の治療も疎かにするようなアスランに、我侭も言うことはできなかった。
今は子猫たちも少しは大きくなったけれど、なったらなったでちょろちょろ動き回るから、やっぱり大変。
可愛いんだけどね。
可愛いんだけど・・・・
そんな愚痴を、ぼそぼそと先輩にこぼしたら、
「じゃあ、新婚旅行でも行って来いよ」
と軽く言われた。
「行きたいですよ。行きたいけど・・・」
突っ伏したシンに、ハイネはまた、軽く言った。
「だから、行けよ。子猫たちなら、俺が預かるぜ？」
それから、シンの行動は早かった。
最近はケンカもしないで真面目に働いていたから、一週間の休みも、意外と簡単に取れた。
選んだ場所は、いつ緊急招集がかかるかわからないから、あんまり遠くは無理だけれど、行ける範囲で一番、キレイな海にした。
そりゃあ、家の側にも海はあるけれど、シンはアスランに、もっとキレイな海を見せたかったのだ。
カガリが協力的だったのは意外だった。
彼女は、いたく「お歌の兄ちゃん」ハイネがお気に入りらしい。
「がんだむの歌、歌ってもらお？」
カガリにそう言われて、渋っていたキラも、目を輝かせてこっくり頷いた。
さて、後の問題はアスランだ。
「どうせなら、キラとカガリも連れて行かないか？」
「だから！連れてっても平気かどうか、俺らで確かめてからって言ってんでしょう！」
そう。シンは家族旅行だってしたい。
でも、シンの家族は他人から見たら、「普通」じゃないから。
下見を兼ねて、ハネムーン。
ちょっと貧乏性だけど、仕方がない。
「でもなぁ・・・」
アスランの耳が、あっちこっち向いてる。
迷ってるサインだ。
「家族旅行の下見して、温泉入っていちゃいちゃしましょう。たまには俺もかまってください！」
どうやら最後の本音が効いたらしい。
耳と尻尾をぴくんと立てて、目を丸くしたアスランは、それでもこくんと頷いた。
ざん、と、砕ける波の音さえ、違って聞こえるようだった。
見渡す限りの青。
海も、空も。
アスランの耳を撫でる潮風も、どこか、甘い。
「キレイでしょ」
シンお声に、アスランはこくこくと頷いた。
「ほんとはさ、もっと南のあったかい海が良かったんですけど」
そうしたら泳げたのにな、と、シンは思ったのだけれど。
「いや・・・ありがとう、シン」
そう言ったアスランが、本当に本当に嬉しそうだったので。
シンも嬉しくなって、一緒に笑った。
「これ・・・うちの近くの海にも、繋がってるんだよな。」
頭が良いはずのアスランが、あんまり当たり前なことを言うものだから、シンは思わずくすくすと笑い、偉そうな声で言ってみた。
「当たり前じゃないですか・・・来る前に、ちゃんと地図見たでしょう？」
「わかってる」
とたん、耳を伏せてしっぽを太くしたアスランは、しかしすぐに耳を立て、嬉しげにしっぽを揺らした。
「キラとカガリにも・・・繋がってるんだよな」
今、彼が言っているのは、我が家の子猫たちではなくて。
アスランが、必死の思いで海に帰した彼のきょうだい。
「当たり前じゃないですか」
今度は、アスランも怒らなかったから。
シンは、ふるりと揺れた耳ごと、アスランの髪を撫でてやった。
「入っても平気かな」
存分にその景色を堪能したらしいアスランが、シンの手から離れて、波打ち際まで歩み寄って言う。
「平気じゃないですか？」
それを追ったシンは、小さな波に手のひらをつけて水温を確かめると、ざっとあたりを見回した。
もの凄く冷たいというわけではないし、足をつけるくらいなら、ほかの観光客もやっている。
彼らがアスランの耳としっぽに無遠慮な視線を寄越していることは、無視することにする。
そんなものはもう慣れたし、それより今はこの人と、歳相応の恋人っぽく、水遊びなんかしてみたい。
そう思って、シンがアスランを見上げた時だった。
隣にいたはずだったアスランが、ふっ、と消えた。
慌てて目で追うと、彼は靴のまま、ざぶざぶと細かい波を踏んで行き。
そのまま、ざっぷんと波を蹴り、泳ぎだしてしまったのだった。
「あ・・・あんた、何やってんですかーーー！」
靴を後方へ放り出し、慌ててアスランを追ったシンは、ざっぱん、と波を被ってしまい、あっという間に上から下までずぶぬれになった。
その間にアスランは、もう随分と沖へ行ってしまっている。
服も靴もつけたままなのに、実に素晴らしいスピードで、シンの猫はすいすいと泳ぐ。
あ、潜った・・・おい待て上がって来な・・・あ、来た。
手ぇ振ってる。なんか獲ったな。
あれ、ここ勝手に獲っちゃダメなんじゃなかったっけ。
つられて手を振りながら、またざっぷんと波を被ったシンに、アスランはまたすいすいと戻って来て。
「やっぱり深いと魚は難しいな。でもこれが獲れたんだ。美味いぞ」
そう言って、海育ちのシンには何やら見覚えのある、やたらとグロテスクな生物を自慢げに掲げて見せて。
「あんたそれ・・・捨てて来いーーーっ！」
アスランがそれにかぶりつく前に、腕ごと掴んで一緒に潜った。
久々に泳いだ海は冷たくて、それでもやっぱり楽しかった。
シンが予約したのは、海の近くの温泉宿。
その宿は、ずぶぬれの二人をそれでも快く迎えてくれた。
海の側だから、もしかしたら良くあることなのかも知れない。
一応、軍の保養所に指定されているそこの主人は、アスランの耳としっぽをちらりと見て、それでも何も言わずに二人にタオルを差し出した。
先に言ってあったとはいえ、シンはそれでもほっとする。
耳もしっぽも隠さずに行こうと、話し合って二人で決めた。
それでもやっぱりドキドキする。
「奥のドアが浴室になっております。ごゆっくりどうぞ」
部屋に案内されて、そう言われて。シンはちょっと赤くなった。
「ごゆっくり」が意味深に聞こえたのは、たぶん気のせいじゃない。
シンは照れ隠しに、きょろきょろと部屋を見回すアスランの腕を引っ張った。
「とりあえず、風呂入りましょう。風邪ひいちゃいます」
「そうだな」
こくんと頷いたアスランの、耳の先が塩を吹いているのが見えて。
シンはくすりと笑い、アスランをぐいぐいと置くのドアへと引きずって行った。