翡翠の瞳 １
脚部被弾、半壊。
エネルギーがぎりぎりだ。
「シン！いいかげん下がれ！！」
近くでインパルスが敵艦に攻撃を仕掛けてはいるが、右舷カタパルトに穴を開けただけで後退を余儀なくされている。
アラートが鳴った。避けようとして、背後のインパルスに気付く。
回避から急に変更した動作に、盾が間に合わない。
胸部被弾。
同時に、ヴァリアブルフェイズシフト、ダウン。
スクリーンを見上げた。
青い空を背に、数え切れない敵機が見える。完全に囲まれている。
ダメか。
アスランは、側でセイバーを庇うように戦う僚機に通信を入れた。
「離れろ、シン」
「なんでですか」
「この機はダメだ。自爆させるから、その隙にお前だけでも脱出しろ」
艦から離れ過ぎた。インパルスのエネルギーも限界のはずだ。
「待ってください！」
相変わらず状況判断の甘い声を聞き、アスランは残りのエネルギーでスラスターを全開にした。
巻き込まない程度に離れ、しかし囮になれる程度の距離で。
「議長、すみません」
呟いて、アスランは自爆スイッチのキーを叩き、脱出装置のレバーを引いた。
左腕の痛みで、目が覚めた。
これは、折れてる、な。
冷たい床に、折れた腕を下にして横たわっているのに気がついて、体を返そうとして失敗した。
「つっ・・・」
後ろ手に拘束されているせいで、更に腕に体重がかかり、痛みに涙が出る。
捕虜に手当もなし、か。
この様子じゃ、また、この戦争は滅ぼし合いになるのかな・・・
起きる気力をなくして、このまま痛みを無視して眠ってしまおうかと思ったとき、少し離れた場所から、良く通る声がした。
「アスランさん！」
アスランは、痛みも忘れて飛び起きた。
「シン・・・」
自分と同じ、水色のアンダーのまま、やはり後ろ手に拘束されているシンが、通路の向こうの鉄格子の中で、必死に乗り出そうとしているのが見える。
「馬鹿！どうして逃げなかった！！」
怒鳴った声が腕に響いたが、かまっている暇はない。
「お前なら十分離脱できたはずだろう」
アスランの勢いに押され、シンはしどろもどろになりながら答える。
「だって・・・あなたが、見つからなくて」
「当たり前だろ。・・・お前、インパルスは？」
とにかく、状況を把握しようとざっと周囲を見回した。
ここは拘禁室だろう。アークエンジェルを思い出す。造りが同じだ。
「捕獲・・・されました」
仕方、ない。
仕方がないが。
技術の、情報の流し合い。
それが、先の戦争を拡大させたことを、アスランは知っている。
だから、大事なセイバーも自爆させたのに。
「この馬鹿！」
もう一度怒鳴ってから、アスランは軽く頭を振って自分を冷静に戻した。
ここでわめいていても何も始まらない。
「これは、さっきまで戦っていた戦艦だな」
「はい」
アークエンジェルに似た形を思い出す。
明らかに宇宙艦だが、ミネルバも宇宙艦だが地上配備だ。作戦中なら、そういうこともあるのだろう。
「お前、どうやってここに連れて来られた」
「えっと・・・」
感情的になると支離滅裂なシンだが、報告は軍人らしく簡潔だった。
シンの言うルートを聞く限り、これは間違いなくアークエンジェルの同型艦だろう。
彼も何度か殴られている。捕虜の扱いに関する条約など、まるで守る気のない態度に、アスランは先ほどの危惧を、激しい危機感とともに感じずにはいられなかった。
この戦争は、また滅ぼし合いになりつつある。
滅ぼし合うのに、捕虜など必要ない。
・・・・・殺される。
アスランは額を鉄格子に押し付けた。
痛みに拡散しそうになる思考を、無理やりまとめ上げ。
考えろ。
せめて、彼だけでも助ける方法を・・・
「アスランさん」
「その名前で呼ぶな・・・わかるだろ」
パトリック・ザラの名は、ナチュラルの間では憎悪の対象だろう。
その息子の名が、知られていないとも限らない。
「は、い。すみません」
そう言ってシンが下を向いたとき、唐突に遠くでドアの開く音がした。
二人はとっさに顔を上げる。
男ばかり、５、６、・・・７人。
シンが唇を噛み、アスランは小さく唸った。
滅ぼし合いの戦争の中で、彼らが自分たちを生かしておいた、その理由。
ろくでもない想像は現実となり、彼らの前に立ちはだかった。
「なんでぇ、ガキじゃねぇかよ」
「ガキでもコーディネイターだ。ディックの機を落としやがって」
「コーディネイターなら何だっていいさ。オレの親父は、月基地にいたんだ」
燃える憎悪の目。
アスランは、諦めたくなった。
自分には、彼らに討たれる理由がありすぎる。
しかし、直後に響いた声に、すぐに目を覚まされた。
「なんだよお前ら！」
あの、馬鹿。
こいつがいるんじゃ、諦めている場合じゃない。
縛られた右手を、握り締める。
何か、手があるはずだ。
拘禁室の鍵が開けられ、男たちが入ってくる、こっちに、４人。
「お前はそっちか。じゃあ、オレは・・・」
シンのほうに、３、人。
「やめろ！」
こういう態度がまずいのはわかっている。
しかしアスランのは他に思いつかない。
「そいつはまだ子供なんだ、この間従軍したばかりで・・・先の大戦には、プラントにさえいなかったんだ。だから」
「アスランさ・・・」
「黙れよお前は！」
アスランの勢いに、シンは息を飲んだ。
「へえ、いい上官じゃねえか」
それを、揶揄するように笑った男に、シンはすかさず言い返そうとした。
「上官じゃな」
「黙れ！」
翠の瞳が、必死な光を湛えてシンを睨んでいる。
「じゃ、オマエが二人分楽しませてくれるってのかよ」
それには答えず、アスランはもう一度、言った。
「子供に・・・手を、出すなよ」
子供、を連発するのは、相手の矜持を刺激するためだ。
アスランは相手がそれに乗ってくれることを祈った。
１６才。コーディネイターなら大人並みの働きができても、ナチュラルには子供にしか見えないはずだ。
「いいんじゃねぇ？、どうせ殺っちまうんだ、片方づつ楽しんだって」
「そうだな」
「子供じゃないっ！」
「だから黙れって！！」
「だって！アスランさん！！」
怒鳴りあう二人に、いちばん年嵩に見える男が、不意に首を傾げ、アスランの青い髪を掴み上げた。
「くっ・・・」
「なあ・・・アスラン、ってなぁ、あのクソ野郎の子供の名前じゃなかったか？」
まずい。
・・・ああでも、むしろ好都合か。
アスランは、視線だけをシンに向けた。
彼から、こいつらの気をそらすことができるなら。
「ザフトにいるって聞いた。青い頭で、緑の目で、あんま似てないって・・・」
アスランは答えない。
しかし、彼らにはそれで十分らしかった。
「なら、俺もソッチがいいな」
シンの房の鍵を開けようとしていた男が、踵を返す。
ほっとした自分を、シンは次の瞬間ひどく恥じた。
向こうでは、無抵抗のアスランが男の爪先を腹にめり込ませてうずくまっているのに。
「アスランさん！」
「だ・・・まってろ・・・・」
「そうそう、せっかくコイツに免じて後回しにしてやったんだ、じゃないと気が変わるぜ？」
下卑た笑い声、肉を打つ音、アスランの、うめき。
それから。
膝を付かされたアスランの前で、リーダー格らしい男がベルトを緩め、前を開けた。
「バカなコトするなよ。じゃないとあっちの坊やに穴開くぜ」
がしゃり、と、銃の音がする。
アスランは、言われるままに口をあけた。
「んっ・・・ん」
「ヘッタクソ、ザフトじゃ、こっちは仕込んでもらえなかったのか？」
シンの位置から、その光景は、男たちの足で、よく見えなくて。
「なんか、イイ顔しやがるな」
「モトがキレイだかんな。遺伝子いじってるし」
「なあ、こっちもいいよな」
「なんだよオマエ、気持ち悪いとか言ってたくせに」
「突っ込んじまえば一緒じゃん」
ただ、アンダーを引きおろされた足先だけが、見えた。
「ア・・・スラ・・・・」
「グ、う、ああああっ」
悲鳴。
「いい格好だなぁおい」
歓声。
「吐き出すんじゃねえよ」
怒号。
「う・・・うぐ・・・・ぅ・・・・」
動物の、唸るような声。
シンに、それは耐えられなかった。
「アスランさん、アスランさんっ！」