へんたい
なんだか、寝苦しくて目が覚めた。
目が覚めて、寝てたんじゃなくて気を失っていただけだと気がついた。
汗でべたつくシーツに、半端なスプリング。
ついでに、下肢にわだかまる熱の名残。
見なくても、透視なくてもわかる。
ここは、皆本のベッドだ。
転がり込んで、乗っかって。
キスしてあちこち触らせてやって、突っ込ませて。
それから、ええと。
そこまで思い返した兵部は、とたんに不機嫌に眉をひそめた。
それらの全ての元凶が、自分にあるなんてことは、とりあえずみんな置いといて。
・・・普通に一回ヤっただけで、失神するほど気持ちいいって、どんだけ体の相性いいんだよ・・・・・
よりによって、コイツと。
ひょいと見上げれば、面白味のないシーリングライトをバックに皆本の顔が見える。
最中に奪い取った眼鏡を、またかけていやがってムカつく。
しかも正座だ。
なんなんだコイツ。
そう思った兵部の前で。
いつもなら、目が覚めたのかとかなんだとか言って、いらん世話を焼きたがる皆本は、しかし正座のままやたらと真剣な面もちで兵部を見下ろしていた。
・・・何なんだ。
兵部が本気で訝しく思ったところで、皆本がやっと口を開いて言うことには。
「兵部、聞いて欲しいことがあるんだが」
「嫌だ」
なんだか普通に嫌な予感しかしない。
しかし、皆本は意外と人の話を聞かない奴なので。
「僕は、お前のことが好きなんだ」
そう、嫌だと言うのに言い切った。
その時に、兵部の頭の中には、実にたくさんの、たくさんの事柄が巡っては消えたのだったが。
「変態」
結局、出てきたのはその一言だった。
「お前にだけは言われたくないぞ！」
たちまち反論した皆本に、兵部も負けずに言い返す。
「僕のどこが変態だって言うんだ！」
後は、いつもの言い合いだ。
「何人も一緒に相手するのが好きだとか言ってたじゃないか！」
「ああそうだよ、僕はセックスが好きなんだ！」
「変態的にスキモノじゃないか！」
「スキモノ言うな！変態！！」
埒があかない。
「・・・だから僕のどこが変態だと」
正座を解いてあぐらをかいた皆本の、足の間からなんとなく目をそらした兵部は、僕に勃ってる時点でマトモじゃあねえだろうが、と言いかけて。
それはそれでなんか言い返されそうなので口を噤み。
それからやっと、初めの感想に立ち返った。
「今まで惚れた女の名前言ってみろ」
「なんでお前にそんなこと言わなきゃならないんだ」
憤慨した皆本の前で、兵部はひょこりと起き上がり、同じようにあぐらをかいて指を折る。
「キャリーだろ、それからもうない未来の女王だったよな」
「おっ、まえ・・・！」
皆本の怒気など、兵部にとっては怖くとも何ともない。
「透視んでねえからな。ただの情報収集と・・・あとは、見てりゃわかる」
『同じ女を好きだったんだぜ』と言えば、皆本はぽかんと間抜けに口を開けた。
どうやら、言葉も出ないほど驚いたらしい。
こいつは本当に、僕のことを何だと思っているんだ。
「挙げ句に僕だ。・・・お前、先がない相手が好みだろ」
三本目の指を折って、兵部は闇色の瞳を眇めた。
本来、存在しないはずだった人格のキャリー。
最期の笑顔が、未だに忘れられない、『薫』。
そうして、コイツの言葉を信じるならば。
老い先短い、自分。
本物の変態だな、と軽蔑の眼差しを向ければ、図星を指された皆本は、いったん、目に見えてうろたえた。
「べつに、そういう訳じゃ・・・」
しかし、見ていて小気味の良いおろおろっぷりをすぐに引っ込めて、兵部の苦手なクソ真面目な目をしてこちらをのぞき込んできた。
「それに、先がないなんて、言うな」
「バカだろお前」
自分の体のことは、兵部もだいたいわかっている。
それに、それはこいつだってわかっているはずなのだ。
「ヤブ医者の診断は見たんだろうが」
カタストロフィ号が一回沈んだ時に、バベルには、しこたま自分の生体データは取られているはずだ。
薫の輸血でだいぶ持ち直したとはいえ、大幅に状況が変わるわけではない。
「見てない」
しかし皆本は、クソ真面目な顔のまま、そう言い切った。
「はぁ？」
今度は兵部が驚く番だ。
「大まかなことは管理官から聞いたが・・・あいつはそういうとこちゃんとしてるんだよ。個人情報だからな」
あのヤブ医者が、腕以外でちゃんとしてるとか、どうかしている。
「仕事上の必要があるんじゃなきゃ、あとは家族か恋人でもなきゃ見せられないそうだ」
犯罪者の自分のデータが個人情報とか、こいつらのアタマの暢気さは、いっそ心配になる。
「仕事にいらねえのかよ」
思わず首を傾げると、皆本はそっぽを向いた。
子供っぽい横顔になんとなく目を奪われかけて、兵部も慌ててそっぽを向く。
「お前専用のＥＣＭを作ってた頃なら、見放題だったかもな」
どうやら、本当に知らないようだった。
兵部は綺麗に掃除された部屋の隅を見ながら、ちいさく笑う。
「不二子さんよりちっとはマシみたいだけどな。ま、いつブッ壊れてもおかしくないとさ」
ざっくり言えばそんな感じだ。
まあ、そんなに長くはないだろう。
いっそ清々しく笑う兵部の前で、皆本はまた、真剣な面もちを取り戻した。
「・・・ならもう、変態でいいよ」
ぎし、と皆本が膝を付いて兵部ににじり寄る。
嫌な予感が立ち戻る。
「お前が好きだ、兵部」
「・・・変態」
「だからお前は・・・・！」
何かを喚こうとした唇を、兵部はひょいと伸びをして塞いだ。
触れるだけのキスで封じられた言葉は、たぶん、兵部の聞きたくないものだ。
「マジになるもんじゃないぜ、坊や」
こんな、老い先短いジジイになんか。
本気になるもんじゃない。
そう言ってやると、皆本は、泣き出しそうな、怒り出しそうな。
・・・哀れむような、そんなムカつく顔をして。
しかし、結局ひとつ、ため息だけをついた。
「でもな、兵部」
「死ね」
そうして、また何か言い返して来る前に、また、キス。
今度は、まだ汗の浮いた首に腕を回して。
まるで、愛し合う恋人同士のような。
セックスの最中のような、深い、キス。
応えてきた舌を甘くかじり、少し硬い髪をかき混ぜてやると、皆本はやっと諦めたようだった。
意外と大きな手のひらが、兵部の腰を取って、元通りベッドへ転がされる。
大サービスとばかりに自分から脚を開いて見せれば、皆本はまた、あのムカつく顔をして。
しかし、意外に強い指で膝裏を掴み、いっそう大きく開かせてきた。
おそらく、自分も変態なのだ。
男の前に急所を晒し、汗の引いた背中に腕を回し。
爪を立てる気満々の指で、彼の肩胛骨をなで回しながら、兵部は思った。
先のない恋に溺れようとしている自分は、コイツと、そう変わらない。
体の奥に、また、皆本が侵入ってくる。
その快感に、あからさまな声を上げて。
背に爪を立て、突き入れてくる腰に脚を絡め。
淫らにとろけた襞で、体の中の男を締め付けて。
自分が、老い先短いことはわかっている。
この後、どのくらいこうしていられるのかわからない。
それでも。
この時間が、ずっと続けばいいと、そう思って。
「お前が、好きなんだ」
欲情にかすれた声で囁かれた、その言葉が心地良いと。
そう思ってしまう自分は、下手をしたらこいつ以上に。
「・・・へんたい」
なのかも、知れない。