heart
「アンタ今日、それどころじゃないだろうから。俺がアンタにあげますよ」
そう言われて、バレンタインデーにシンからチョコレートをもらったとき、アスランは、ほんとうに本当にびっくりした。
だって。
だってだ。
あの、シンが俺にだぞ？
シンが聞いたなら、またぎゃあぎゃあ喚かれそうなことを本気で思い、それでも「ありがとう」と笑って受け取って、一緒に美味しく食べたのは、アスラン・ザラにしては上出来だった。
が。
その、約一ヶ月後。
水色のポップに白いハートが乱立する店頭で、アスランはちょっと困惑していた。
コペルニクスにいた頃は、オーブの子も多かったから、キラと一緒にこういうものを選んだ覚えだってある。
しかしだ。
シンはたぶん、食べ物だったらがっつり食べたいと思うんだよな。
出発時点からかなり間違っている発想で、菓子の類に勝手に却下を下す。
でも、それ以外だと選択肢少ないなぁと、シンには不似合いなキャラクター物のマグカップなどを眺めながら思い。
べつに、この売り場でなくてもいいか。
そう、アスランにしてはまともな判断を下して、特設売場を後にした。
アスランは自分の物を、自分を拾ってくれた、モルゲンレーテ社内の売店で済ませてしまう。
売店といっても２フロアある結構立派なものだから、食品を置いてある１階を諦めて、とりあえず２階に上がってみることにする。
そうして、生活雑貨や衣類の置いてあるそのフロアでも、先ほど見た白いハートを見つけて、ふらふらと寄っていく。
『アンタ、プレゼントの才能全然ないし』、と、現在の恋人に散々吹き込まれているので。そうしてそれがどうも真実らしいとうすうす気づいているので、どうしても無難な物に走ってしまうのだ。
シンが聞いたら『それでいいんですよ！余計なこと考えんな！』と叫ぶこと請け合いだが、この鈍い恋人は、そんなことには気づかない。
ハンカチ、靴下、ちょっとした小物。
それらを漁って、ため気をつく。
なんかこう、イメージじゃないんだよなぁ。
水色地に白いハートで包装された、スポーツタオルを手に取って、アスランはその違和感の正体に気がついた。
シンのイメージは、真っ赤な炎。
真っ赤な瞳に、真っ赤な制服。
あかあか燃える、命の炎。
ハートもきっと、真っ赤だろう。
一ヶ月前なら、きっと売場を埋め尽くしていたであろう赤いハートを思い、アスランはちょっと苦笑う。
確かに、その頃俺は、それどころじゃないんだけれど。
でも。
来年は、彼に似合うハートの中で、彼に似合う物を探してやろう。
きっと、喜んでくれるだろうから。
そう思って、顔を上げて。
その先に、思い描いていたようなハートを見つけて。
アスランは思わず微笑んだ。
こういうことって、あるんだな。
なんだかちょっと、うきうきした。
「シン、これ、お返しだ」
渡されたのは、ひと目でわかる、社内売店の袋。
シンは困惑して、でも少し期待して、恋人を見上げる。
「え？」
だって今日は、３月１４日なのだ。
ちょっとくらい期待したっていいじゃないか。
「このあいだ、チョコレートくれただろ」
うわ、マジかよ。
ちょっと期待はしていても、この人がホワイトデーなんてものを覚えてるなんて思わなかったので、シンは本気で驚いた。
そうして、凄く喜んだ。
だって、この人アスラン・ザラだよ？
忘れっぽくて無頓着な朴念仁が、服着て歩いてるような人だよ？
世間一般の風評とはまるっと違うが、ある意味正確かつ容赦のないことを思いながら、シンはがさがさと袋を開ける。
ホワイトデーらしい包装紙じゃないところがこの人らしい。
売店の、赤いロゴマーク。その袋から出てきた物に・・・シンはちょっぴり、固まった。
「アスランさん、これ」
「ああ、似合うと思って」
そう言ったアスランの笑顔は、ほんとうに、本当に綺麗で。
「あ・・・・・」
ええと。
ええと。
たぶんこの人、がんばってこれ選んだんだよな。
ホワイトデーに、お返ししなくちゃって、思ってくれたんだよな。
それがわかってしまったから、シンはそれ以上言い返せない。
「ありがとう、ございます」
そう絞り出せるようになった自分って、すげえオトナになったかも。
そう思いながら、シンはアスランに渡された、下の地もわからぬほどに、赤やピンクのハートで埋め尽くされた、ド派手なパンツを握って何かを耐えた。
この時は、耐えた。
その後。
もらったからには穿かないと、とそのパンツでエッチに挑み。
うっかり爆笑してしまったアスランに、結局シンがブチ切れたのは、当然と言えば、当然の成り行きだった。