花火
「花火を見に行くぞ」
スザクに言われたルルーシュは、即座に首を横に振った。
「こんな時間に外出したら、ナナリーが心配する」
「じゃあ、ナナリーも」
「日本の花火がどんなものかは知らないが。・・・・人が多いんだろう。そんなところにナナリーを連れて行けるか」
一理ある。・・・・というか、完全に正しいルルーシュの言葉に、スザクはぎゅっと唇を噛んだ。
今日は枢木神社の祭りだとかで、この、人の来ない蔵まで、数日前からざわざわとした気配が漂ってきてうっとうしかった。
どうやらそれに付き合わされているらしいスザクも姿を見せず、そのためにルルーシュも、必要最低限の用事を除いて、部屋から出ずに過ごしていたのだ。
そこに来て、この言い草。
ルルーシュは、正直腹を立てていたのだ。
しかし、利かん気の強いスザクがあんまりしょんぼりしているので、にわかに声を和らげて。
「花火なら、ここから見えないのか？どこで上げるんだ？木立が切れているところなら・・・・」
「こんな遠くで見て面白いわけないだろ！」
「あのな・・・っ」
こっちが下手に出てみれば！
一気に喧嘩モードになった二人を大人しくさせたのは、ナナリーの柔らかな声だった。
「行ってらしてください、お兄様」
「いや、ナナリー」
首を振る兄の気配に向けて、そっと手を伸ばし、少女は言う。
「わたしも、近くで花火を見たことないです。だから、どんなふうだったか教えてください」
ルルーシュが、ナナリーの手を取る。
ナナリーが、ね、と、笑う。
最愛の妹にこう言われてしまえば、ルルーシュのはもう、逆らうことはできない。
「決まりだな。じゃあ、兄貴を借りてくぞ、ナナリー」
「いってらっしゃいませ」
スザクに引きずられて走りながら、ルルーシュはひとつ、ため息をついていた。
花火の上げられる川原の土手は、少年たちが着いた頃には、既にすごい人だかりだった。
その人だかりを、ルルーシュの手を引くスザクはぐいぐいと掻き分けていく。
時には、彼を知る者に道を譲られながら。
時には、半ば喧嘩腰に押し合いながら。
「おい、お前、ついていく僕の身にも・・・・っ」
もみくちゃにされたルルーシュが、うんざりと声を上げる頃。二人はやっと、土手の際に立てられた柵までたどり着いた。
向こう岸に並ぶ簡易商店の光を映して、ゆったりと流れる川の面が、幻想的に輝いている。
ああ、綺麗だな。
アリエスの離宮の池に映った、窓の光がたくさんあるようだと言えば、ナナリーにもわかるだろうか・・・
ルルーシュが、自分の考えに没頭した、その時だった。
ドン！
と。
少年の細い体が、跳ね上がってしまうほどの衝撃があった。
ルルーシュの見ていた水面に、店明かりよりも鮮やかな、赤い光が、舞った。
「バカだなお前、下向いててどうするんだよ」
腹の立つ言い様のスザクを睨みつけると、ぐい、と乱暴に髪を掴まれた。
「上だって言ってるだろ」
言ってない。
そう思いながら、見上げ「させられた」空。
そこに、光が一筋、昇っていって。
そうして、衝撃的な音と共に溢れた、光の奔流。
ルルーシュは、それこそ馬鹿のように口を開けて、それが消えていくのを、ただ、見つめていた。
「遠くで見るのとじゃ、大違いだろ」
得意げなスザクの声に、頷くと。
彼は、へへっと嬉しそうに笑った。
笑って。
それから、ぎょっとした。
ドン！と。
また散った、光の中。
ルルーシュの頬に、一筋。光を弾く涙が、流れているのが見えてしまったから。
「ルルーシュ・・・？」
大勢に囲まれて殴られていた時、彼が見せた、悔し涙は知っている。
それでも、こんなふうに泣くルルーシュを見るのは初めてで。
スザクはただただ、慌ててしまう。
「どうしたんだよ・・・・」
もう、花火を見るどころではない。
しかしルルーシュは、持ち前の負けん気を思い出したのか、それとも泣いてしまったことを恥ずかしく思ったのか。ぐいぐいと頬を拭って。
それでも、酷く、頼りない声で、言った。
「・・・どうしよう、スザク」
「どうって」
どうしようって、それ、俺のセリフだ。
思ったスザクに気付かないルルーシュは、ごしごしと目を擦りながら言う。
「どうやって・・・ナナリーに伝えたらいいんだろう」
川原から、光の柱が幾本も吹き上がった。
続いて、また、破裂音。
天高く開いた、大きな光の花束に、歓声が上がる。
「何て、言ったら・・・・」
小さなルルーシュの。
小さな視界に。
収まりきれないほどの光が溢れ、散っていく。
この光景を、どう表現したらいいんだろう。
どう、ナナリーに伝えたらいいんだろう。
あの、消えていった光を。どうやって、伝えたらいいんだろう。
それを伝えきるだけの言葉を、ルルーシュは持っていない。
途方に暮れるルルーシュの手を、スザクはぎゅっと握り締めた。
繋ぎ続けた手は、同じ温度になっていた。
「見たまんま、言えばいいんじゃないか」
「それが、出来ないから・・・・」
「なんでだよ」
ドン！と、花火が上がる。
白から赤へ、そうして青へ。
色を変えて流れる光を、スザクはそのまま口にした。
「どん！って凄い音がして、初めは白いのに、すぐ赤くなって、青くなって消えるんだ。消えたやつ追っかけて、下の方見てったらさ、見てなかった上のほうでまたドンって。次のやつは白っぽい色だけなんだけど、くるくる回って、あっちこっち広がって・・・・」それから、まじまじと顔を見られていることに気がついて、ムッとしたように友達を睨みつけた。
「だから俺の顔みてどうするんだよ。お前がナナリーに説明するんだろ。お前が見てなくてどうするんだよ！」
「・・・・うん」
そうして、二人、手を繋いだまま。
首が痛くなるほどに、空を見上げて、花火を見た。
確かにスザクの言うとおり、間近で見る花火を見てしまったら、遠くでなんて面白くない。
そう、ナナリーに伝える言葉を、必死になって考えながら。
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