ぎゅってしたいの
シンは、子わんこです。
子わんこなので、夜はすーぐねむねむになっちゃいます。
今日も、お風呂から出たらもう、こっくりこっくり。
ソファの上で、お船漕ぎです。
「小僧、眠いのなら部屋へ行け」
斜向かいのソファで、むつかしいご本を読んでいた旦那様、むっつりとお声をかけました。
「むー」
シンはふるふる、首を振ります。
眠たいんだけど。
すごくすごく眠たいんだけど、でもでも、今日はガマンですよ。
だってね。
つれてって、って言ったのに、シンを置いてお仕事に行っちゃったご主人様、まーだ帰ってこないんです。
だったら俺、待ってなくちゃって思うんです。
でもでも、振った頭がゆーらゆら。
ゆらゆら揺れちゃってますよ。
「この時間に連絡がないなら、良くて最終便だ。起きていられるわけがないだろう」
「むーぅ」
ふるふるふる。
振った頭が、こってん、と、隣のクッションにぶつかっちゃいました。
そいで、そのまま埋まっちゃって。
すーや、すーや。
寝息になっちゃって。
旦那様、ひとつため息をつきました。
「・・・俺が」
「すまんな」
たぶん、シンが落ちるのを待っていたのでしょう、レイが言って、よいしょと子わんこ抱っこして。
「おやすみなさい、隊長」
「ああ、おやすみ」
そうして、居間は静かになりました。
旦那様は時計を見ます。
けっこう遅い時間です。
子わんこ、よく頑張りました。
この時間に泊まるって連絡がないってことは、たぶん、最終便には乗れたんでしょう。
まったく、連絡くらい寄越せばいいものを。
まあ、今日中に帰りたくって仕方なくって、ギリギリムリヤリポートに駆け込んで、連絡する時間もない奥様なんて、カンタンに想像できちゃってイヤんなりますけどね！
むっつりむっつり旦那様、ゆっくりゆっくり活字を追います。
ページをめくって、もひとつめくって。
ホールで、時計の鳴る音が聞こえて。
その音に紛れて、玄関の開く音が聞こえました。
やっと帰ってきたか、と、旦那様は顔を上げます。
お夕飯は取ってあるけれど、もう遅いですし、もっと何か、軽いものがいいかも知れません。
今日は疲れたでしょうから、大人しく寝かせてやりましょう。
そんなことを思っていると、ばったん、と、居間のドアが開きました。
「・・・ただいま」
「おかえり。夕食はどうした？」
「いらない・・・・・」
「食ってないんだな？」
奥様、すぐにお食事抜いちゃいます。
それを知ってる旦那様、何か作ってやろうと立ち上がると。
「シンは、もう寝たよな？」
奥様、なんだか凄く物欲しげに廊下の方を見ています。
「ああ。随分頑張っていたんだがな」
連絡くらい寄越せ、と言いながら、奥様の横を通ってキッチンへ行こうとした旦那様、がっちり奥様に捕まりました。
「仕方ない。じゃあ、お前でガマンする」
「は？」
仕方ないって何だとか、俺でガマンって何だそれはとか、いろいろ突っ込んだり怒ったりする間もあればこそ。
奥様、自慢のバカ力で、旦那様を、ぎゅ。
痛いイタイいたいイタイ。
何するんだこのバカ力ー！
って、怒ろうとした旦那様、でも、奥様の様子が、いつもと違うことに気が付いていたので、ちょっと、ガマンして。
それから、ひとつ、深呼吸を・・・したかったんだけど、ぎゅってされ過ぎていて無理だったので、とにかく一回、吸って、吐いて。
「・・・このバカ力で小僧を抱いたら潰れるぞ」
「やておけ」、までは息が続きませんでした。
ホント苦しい。
やめろバカ。
「シンにだったらちゃんと加減する」
勝手な言い分で、奥様。
それでも悪いと思ったのか、ちょっと力を緩めました。
「俺にならいいのか・・・」
「うん」
旦那様の呆れ声に、奥様、何のてらいもなく頷いて。
「でもやっぱり、シンの方がいいなぁ・・・・」
また、もの欲しげー、に、廊下をじいっ。
「起こすなよ」
「・・・わかってるよ」
今の間は何だ今の間は。
仕方ないので、旦那様。
奥様の背中をぽんぽん叩いて。
「俺で、ガマンしておけ」
「仕方ないな」
奥様、本っ当に仕方なさそうです。
旦那様、なんかもう、腹が立つより情けなくなっちゃいます。
何があったかなんて知りません。
奥様が言わないなら、わざわざ聞く気もありません。
でも、楽なお仕事がないってことは知ってます。
それに、奥様には仕事以外にもいろいろがありますからね。
たまにはがっくり落ち込んで、
ふこふこ子わんこぎゅってして癒されたーい！
ってなっちゃうことがあるくらい、旦那様だってわかってます。
でもさ。
「っ！少しは加減しろキサマ！」
奥様、力持ち過ぎますよ。
「お前でガマンしてやってるんだ、だからお前もそれくらいガマンしろ！」
奥様、ワガママ過ぎますよ！
「だから何なんだその言いぐさはー！」
予定変更。
ずーるずーると、しがみつく奥様引きずって。
旦那様は、寝室へ向かいます。
子わんこみたいに、ぎゅってするだけで元気にしてやることはできませんけれど。
旦那様には旦那様の、元気にしてあげ方ってもんがありますからね！
ふこふこ元気な子わんこを、ぎゅ、ぎゅーってして。
「遅いよぅ！」って怒られちゃうのは、また、明日。