愚者の贈り物
「よう、皆本」
中空に現れた学ラン姿に、皆本は深々とため息を付いた。
「今年も来たのか」
「来たさ。当たり前だろ」
兵部は例年のように、いくつものラッピングされた箱と一緒にテレポートしてきた。
こういったものは、何かでまとめてからテレポートした方がずっと演算効率はいいはずなのだが、こいつにはそういった常識も通じない。
「クィーンたちはもう寝たかい？」
「どうだろうな。もう少し待った方がいいんじゃないのか？」
「ふむ」
時刻は午前０時を回ったところ。しかし、彼女たちももう高校生だ。寝静まるには、まだ早いかも知れない。
カタストロフィ号では、丁度クリスマスパーティーがお開きになったところだった。少し浮かれ過ぎたかな、と思いながら、兵部は浮かせた箱を皆本のデスクの上へ下ろし、自分はベッドへ座り込んだ。
「じゃあ、少し待つか」
「おい靴脱げよ！」
言っても聞かないと知っている皆本は、兵部の足を容赦なく掴み上げた。
「べつにいいじゃん」
「いいわけあるか！」
それでも大人しく靴を脱がされて、兵部はそのまま、ばったりとベッドに寝ころんだ。
「ああそうだ皆本」
そうして、そのまま皆本を見上げ。
「お前、クイーンたちにプレゼント何やった？僕のと被ってたら殺すぞ」
そう、勝手なことを言い出した。
まあ、いつものことだ。
「たいしたものはやってない。リミッターをバージョンアップしてやっただけだ」
「つっまんねー男だな」
「つまってたまるか」
１０歳の頃から毎年届けられるプレゼントを、子供たちがなんだかんだと言いつつも実は喜んでいることを、皆本は知っている。
悔しいことに、兵部のそういったセンスは、自分よりも確かなのだから仕方がない。
それともそれは、たくさんの『子供』を育てた経験値なのだろうか。
そうだ、そうに違いない。
そうこうしているうつに、兵部がふと、顔を上げた。
「ん、そろそろかな」
ここではないどこかを見つめ、そう呟く。
「覗くなよ犯罪者」
「誰が犯罪者だ！？」
「犯罪者だろうが！」
言い合っているうちに、机の上のプレゼントが消えていた。
その数が、３年ほど前から小さなものが２つ追加され、５つに増えたことに皆本も感心したものだ。
彼は、本当に、エスパーの子供には甘い。
「さて、と」
皆本のベッドに寝転がったまま。
意地の悪い笑みを浮かべたまま。
「君にも、クリスマスプレゼントあげようか？」
エスパーすべてのサンタクロースは、そう、例外を申し出る。
「いらねえよ」
言いながらも、皆本は転がった兵部の上にのしかかった。
悪い笑みを浮かべた唇は、いつもの通りにほろ苦く。
いつもの通りに甘かった。
髪を掻いてくる指。
擦り寄せられる体温。
子猫が乳を飲む必死さで、皆本のそれに吸い付いてくる舌先。
ああ、そうだわかっている。
キスを解き、ただ昏く嗤う瞳を見下ろして。
皆本は、苦く吐息を吐いた。
こんなものは、プレゼントじゃあないだろう。
朝、あたたかなベッドから抜け出すのは、毎度、結構な強い意志が要る。
冬だからなぁ・・・
そう、自分に言い訳した兵部は、丁寧に畳まれていた学ランを、ことさらゆっくりと身につけた。
テレポートで着てしまった方が早いし寒くもないのだが、なんてうか、こう。
いやうん、なんだかもったいないとかじゃなくてだな。
そう白々しく思いながら、靴に足を突っ込むと、右の踵に違和感があった。
石？んな訳あるか。
カタストロフィ号からここまで、ずっとテレポートで来たのだ。
こいつの嫌がらせだな。
そう断定した兵部は、念動力で皆本の鼻を摘みつつ、靴から足を引き抜いた。
そうしてそれを、皆本の眠る布団の上でひっくり返す。
ころり、と落ちてきたのは、ピンバッジ型のリミッターだった。
昔、兵部が使っていて壊したものだ。
ないと思ったら、バベルが回収してたのか。
そう思ってつまみ上げたそれを軽く透視み、兵部は、皆本の鼻を摘んでいた力を思わず解いた。
完全に修理されたそれは、能力を無理なく抑制すると同時に、制御を助ける機能が付け加えられていた。
この持ち主が、最小限の負担で力を行使できるようにと。
少しでも、長く『もつ』ようにと。
『たいしたものはやってない。リミッターをバージョンアップしてやっただけだ』
そう言った男は、兵部にも、同じものを用意していたということか。
よほど疲れているのだろう、解放された鼻をむごむごと鳴らしながらも目を覚まさない皆本の、間抜けな寝顔を眺め。
彼に贈るとしたら何だろう、と思いながら、リミッターを握った手を、襟元に持っていき。
しかしすぐに、兵部はその手を、乱暴にポケットに押し込んだ。
手の中には、オフにされたリミッターの確かな感触。
無理矢理抜け出して来た、あたたかなベッドに似た何か。
それを感じながら、兵部はそこからテレポートして、消えた。
こいつは、兵部の『子供』ではないのだから。
プレゼントなんかは、くれてやらない。