Ghost 1
イライラする。
なんだよ、アイツ。
シンは、セイバーがバラバラになって落ちる光景を反芻した。
アカデミーにいた頃から、ちらちらと噂は聞いていた。
初めて、戦うところを見たときは、本気で凄いと思った。
なのに。
あんなのにあっさりと落っことされて、落ち込んでそれっきりで。
何やってんだよあいつ。
ナニ・・・・
「ああっ、畜生！」
まだ何か言ってやらないと、気が済まない。
シンは、ドアの開閉スイッチを殴りつけた。
レイがちらりとこちらを見たが、振り返らずに部屋を飛び出す。
もう夜だから、さすがに甲板にはいないだろう。
じゃあきっと、部屋でどーんと落ち込んでる。
足音荒く廊下を走るシンを、すれ違う乗員は皆避けて通る。
そんなことにまで、ムカつく。
だから、彼の部屋まで来た時には、息まで上がっていて。
呼び出して、ドアを開けた人の暗い顔を見たとたん、それは一気に爆発した。
「何やってんですか、あんたは！」
「・・・・シン」
その人は、いきなり怒鳴ったシンに戸惑うような目を向け、とりあえず入れ、と一歩下がった。
部屋の中は、つけたままの端末と入り口の光だけが照らしている。
入り口を閉めてから、それに気づいたのだろう、明かりをつけて、眩しそうに目を細める、アスラン。
明るくなって、初めてわかる。酷い顔色。
さっきは、夕日でオレンジ色になっていたから気がつかなかった。
「廊下であまり大声を出すなよ」
言って、ベッドに腰を下ろす。
シンを見上げる。
弱い瞳。
この人の落ち込んだ顔、やたらと見ていると思ったけれど。
こんなのが、英雄だなんて嘘だろう。
こんなのが、あんな強かったなんて、嘘だ。
「しっかりしてくださいよ」
嘘だと思うのに、言わずにいられないのは何故だろう。
何故。
「ユニウスセブンの時、あんた強かったじゃないですか。俺、あれ見て憧れました。あれがヤキンドゥーエを生き残ったパイロットの力かよって、凄い憧れましたっ」
そうだ、憧れて。
だから。
「だから、今のあんた許せない。何やってるんですか」
「うん・・・何を、やっているんだろうな。俺は」
弱い声。見上げる、生気のない瞳。
「ムッカツクなぁもう！そんな幽霊みたいなカオしてないでください！！」
ああ、そうか。
シンの言葉が、すとんとアスランの胸に落ちた。
「俺は、幽霊なんだ」
先の大戦を停戦に導いたのは、キラやラクスたちだ。
オーブの復興に力を尽くしたのは、カガリたちだ。
アスランは、何もしていない。
いや、必死に、力の限りに。
戦った、つもりだったけれど。
何も、できていない。
何も、残っていない。
それは、いても、いないのと同じ。
幽霊。
だから、キラに俺はいらない。
だから、カガリに俺はいらない。
だから・・・俺は、いらない。
肩に入っていた力が、抜けた。
肩どころか、体中の力が。
そのままベッドに転がると、何故か笑いが洩れた。
たぶん、滑稽な自分を嘲っているのだろう。
しかしそれにも、意味はない。
幽霊の自分には。
何の、意味もない。
「アスラン、さん・・・？」
シンの声が聞こえた。赤い瞳が見下ろしていた。
なんだか、とても。
綺麗だと思った。
いきなり寝転んで笑い出した人を、シンは困惑して見下ろした。
とりあえず、名を呼んで肩を揺すると、翡翠の瞳が無邪気に笑んで、酷く簡単に、今の言葉を繰り返した。
「ああ、俺は幽霊なんだ。だから、お前が憧れたっていうのも、幻だよ」
失望することなんかない。
そんなものは、初めからないのだから。
初めから。
初めから。
どこから・・・・・・・？
「幽霊、って」
そんなものは物の喩えだ。
ヒドイ顔してるって、それだけのことだ。
それが、なんで？
この人は、何を納得している？
「どこから、俺はいなかったんだろうな。ユニウスセブンが焼かれた時か。・・・いや、あれだ。桜の・・・」
春、少年、緑の小鳥。
綺麗な綺麗な桜の散る。
「あの時から、俺はいないんだ・・・・・」
キラに必要だったのは、あの時までの俺で。
それから後の俺は、全部。
ぜんぶ・・・
「待ってくださいよ」
わけのわからないことに勝手に納得して、わけのわからないことを勝手に言うアスランに、シンの苛立ちが、募る。
「あんた、生きてるじゃないですか！」
「生きてないよ」
「生きてますよ！」
「証拠がない」
「あります！」
シンは、ぐい、とアスランの手を掴んで、彼の心臓の上に置いた。
「ちゃんと心臓動いてるでしょう！」
「臓器が動く、唯の生体反応だ」
「じゃあ」
シンは、その手を今度は自分の胸に押し付けた。軍服が邪魔だ。前を開けて、アンダーの上から。
「俺が生きてるでしょう、あんた戦闘中、俺のこと助けてくれたりしましたよね！」
「誰でもそうしたさ。俺が、じゃ、ない」
お前は、ミネルバにパイロットを４人配置した、ザフトという組織に助けられたのだ、と。
まるで、物のわからない子供に理を説いているようだと、シンは思った。
大事なところが切り捨てられて、言いたいことが通じない。
「あんた、俺に『戦争はヒーローごっこじゃない』とか、偉そうに説教たれましたよね」
「夢みたいなものだ、忘れてくれ」
「今度は俺が奪う側になるとか、妙なこと言ってましたよね」
「ああ、妙な話だな」
「俺が、ほんとはオーブが好きだとかなんとか・・・」
「嫌いなんだろう？それでいいじゃないか」
「今まで散々ヒトのすることに口出しといて、今更それはないんじゃないですか！」
掴み締めた、彼の右手が、冷たい。
そんなのってない。
シンは、家族を亡くして以来の心細さに震えた。
自分は、こんなにもこの人の影響を受けているのに。
この人の言葉を聞いているのに。
この人のことを、思っている、のに。
この人のこと。
こんなに、好きなのに。
「・・・っ！」
訳のわからなかった感情に名前がついて、一瞬の心細さを、吹き飛ばした。