月虹 １
「泰明殿・・・・やすあきどの・・・やす、あ、き・・・」
永泉はただそれだけを呟きながら、泰明の体をたどっていた。
遠く、空を渡る三日月のような人だと思っていた。ひと時でいい、この手の中に落ちてきてはくれないかと、必死になって画策したことが実を結んだのだ。
すっかり着衣を剥いだ体は、細いのに、自分とは違うしっかりとしたつくりだった。思っていたよりも熱く、皮膚の下で筋肉の動くさまが生々しくて、彼も自分と同じ人間であることを感じさせた。嬉しい。
「えい、せ・・・」
泰明は仰向けに横たわったまま動けない。ここは双ヶ丘の、小さな庵。術のことで教えて欲しいことがある、と、呼び出され、密教と陰陽道、龍神の力を論じて数刻を過ごした。その後、永泉に水と唐菓子を勧められ・・・ならば、そのどちらかに薬物を混入されたのか。それほど、自分は気を抜いていたのか。
永泉は、泰明の胸のあたりを舐めている。ゆっくりと下に下りてきて、脇腹から、下腹部へ・・・
「んっつ・・・・・」
泰明自身に舌を絡め、必死になって奉仕している。触れる前から反応してくれていたのも嬉しいけれど、今はすっかり熱くなって、口いっぱいに頬張っても足りないくらいで、もっと嬉しい。
もうどうしようもないくらい大きくなったのを感じて、永泉は唇を離した。
「もう少々、お待ちくださいね」
愛しそうに、もう一度先端に口付けてから、先ほど泰明に絡めていた指を舐めて自分の後ろを探る。経験がない訳ではないが、慣れている訳でもないので少しきつい。しかし、これから彼を受け入れるのだと思うと、自然とそこもほころんだ。
くちゅっ、と音を立ててそこから指が離れた。このまましたら、まだ辛いのは分かっているけれど・・・もう、我慢できない。
永泉は、泰明の腰に跨った。
「はじめは、少しきついかもしれませんが、すぐに良くして差し上げますから・・・」
泰明をそこにあてがって、ゆっくりと、腰を落とす。
「ん・・・くっ、ふ・・・んっ」
穂先の太いところを飲み込むのは大変だった。ぴりっ、とした痛みとともに少し裂けてしまったが、そこから先は一息に、思っていたよりも上手に収めることができた。
「っ・・・え・・・いせ・・・」
自分の中で、泰明がびくびくとふるえて喜んでいる。永泉は、それを内側いっぱいに感じ取って身をふるわせた。もっと喜んで欲しくて、つたない動きで腰を揺らせる。はじめのうちは、ずるずると中をえぐられるような心持ちだったが、次第に馴染んでくると、泰明の先端から滲むものも手伝って、滑らかに動くようになる。
つながった場所から、背筋を通って脳髄へ。神経が、すべて浸されるような快感だった。
「ん・・・・あ・・・んふぅ・・・んっ・・・」
泰明は、自分の上で腰を振る永泉を、信じられない思いで見つめていた。
これは、本当に永泉か？
泰明の知っている永泉は、北山の水の流れのようなものだった。強い霊力を内に秘め、常に変わらず、さらさらと、理に沿って流れ行くもの。
それが、どうだ。
はしたなくひらかれた、白い脚、
見たことがない、艶やかな笑み、
泰明の、なにかを壊す甘い声、
己に絡みつく、熱い粘膜。
そこから生まれる、背筋を焼くような悦楽・・・・
そこで、泰明の意識は、はじけた。
朝の光に、夢を破られた。
かたわらのぬくもりに顔を埋め、今ひとたびの夢路を乞う。
・・・・この、やわらかいものはなんだ？あたたかくて、いいにおいのする・・・・・
願いは果たされず、朝日に透ける、白い肌を目の当たりにする。
「やわらかいもの」は、永泉の体。互いに単を掛けただけの姿で、ぴたり、と寄り添うかたちで。
「・・・・・・・・・」
泰明は、恐る恐る永泉の顔を覗き込んだ。
その、穏やかな、寝顔。
泰明の体から、すとん、と力が抜けた。
昨夜のことが、嘘のようだった。
どこからどこまでが、夢なのだ？
昨夜が？今朝が？
願わくは、この寝顔が、夢でないといい。
このぬくもりが、現実なら、いい・・・
知らず、目の前の体を抱きしめて、泰明が己の考えに沈んだときだった。
「ん・・・・」
柔らかい吐息がこぼれて、藍色の瞳が開く。いったん開いたそれがふんわりと細められ、見たこともないうつくしいかたちを取った。
朝日の中のその光景は、苦しさを伴う喜びを感じさせた。そんな複雑な感覚は初めてで、泰明が戸惑ったとき、その瞳が瞬いて･･･唐突に色を失った。
「泰明・・・殿・・・・」
ぬくもりが離れてゆく。身を起こし、うつむいた仕草で髪に隠れ、その表情が見えない。
「申し訳ありません。酷いことを、いたしました。」
ゆるりと上げられた顔は、昨夜と同じ、なにかが壊れたような笑み。
そして永泉は、どうしたら良いのかわからないままに動けない泰明の、きれいで大きな手を取った。
愛しそうに、手のひらに口付けると、そのまま自分の胸にあてる。
とくん・・・とくん・・・とくん・・・とくん・・・・・・・・・
泰明よりもずいぶんと早い鼓動が感じられた。
暫し、ふたり無言で、永泉の鼓動を感じていた。
とくん・・・とくん・・・とくん・・・とくん・・・・・・・・・
「気味が悪いでしょう、泰明殿」
沈黙を破ったのは、永泉。
「ここには誰も参りませんから、始末しても、面倒なことにはなりませんよ・・・」
その、笑顔
今までのゆがんだ笑みも、永泉の言うとおり気味が悪かったが、今の彼の、うつろな表情は、
怖い
「・・・っ！」
触れていた胸を突き飛ばし、たたんであったかたわらの衣を掴み、泰明は駆け出していた。師匠にもらった首飾りがごとりと音を立てて転げ落ちたが、かまってなどいられなかった。
後も見ずに逃げた、それは初めてのことだった。
残された永泉は、突き飛ばされて転がったまま、しばらくは動けなかった。
泰明は、永泉の胸を突いたときに、無意識に気を叩きつけていったのだ。
しかしそれは、永泉の鼓動を止めるほどの力ではなく。
「・・・・・殺しては、下さらないのですね・・・・」
ここで死んでしまえたら、彼のぬくもりを胸に抱き、地獄でも畜生道でも、落ちてゆこうと思っていたのに。
死ねなかったのならば、生きてゆくしか、ない。
首をめぐらせると、視界の隅で、泰明の落としていった玉の連なりが月光の色で輝いていた。痛む体を引き起こし、地上に残された月のかけらへと這ってゆく。
手を伸ばし、引き寄せたそれに唇を寄せる。
その滑らかな面は、泰明らしい、甘くて苦い味がした。
それから、細かった月が十分に太り、またその身を欠けさせるほどの時が過ぎた。
あの翌日、泰明は内裏で永泉を見かけていた。
気付いていないはずはないのに、こちらを一瞥もせず、ただ、先触れの者の後を歩いていた。
それは、見慣れた「法親王」の顔。美しさも、恐怖も感じない。
胸のあたりが、物足りないと思った。
それは、師匠からいただいた首飾りがないからだろう。
それのある場所は知っていた。
ただ、取りに行くのは怖かった。
そして、時だけが過ぎて。
今朝方、夢を見た。自分の首飾りに、うつくしい影が映っていた。
酷い焦燥のなか、一日を過ごした泰明は、
今、御室寺の前にいる。