ゲーセンデート
けたたましい音楽や効果音が、耳が痛いほどに鳴り響く。
その音に紛れるように、皆本は低く呻いた。
「ていうか、なんでこんなとこで・・・」
宿敵のそんな様子にフフンと笑い、兵部はしたり顔で答えてやった。
「まさか、こんなとこでこんな話してるとは思わないだろ」
タイミングを図って、ぽんとボタンを押す。
ガラスの向こうで下りたクレーンが、ぬいぐるみの胴を引っかけて運び、ころり、と、デフォルメされた白い猫が、下の取り出し口に転がり落ちた。
「お前それ、能力使ってんじゃないだろな」
あまりの手際の良さに勘ぐった皆本に、クレーンゲームからぬいぐるみを取り出した兵部は笑う。
「ヒマな年寄りをナメるなよ？」
「自分で言うか・・・」
「うるせえ。自分で言うのはいいんだよ」
さて、次は何やろう、とあたりを見回した兵部は、ふと、隣に突っ立っている男を見上げた。
「ていうか皆本、お前やんないのかよ？」
ゲーセン来てんのに、何もやってないんじゃカモフラージュになんないぜ？
そう言えば、皆本の目が泳いだ。
「いや、僕は」
それで、だいたいを察した兵部は、ニヤア、とチェシャ猫のように笑った。
「わかった、お前、ゲーセン来たことないんだろ」
「いや、そんなことは」
「じゃーやってみろよ。おごってやるから」
コトコトと、小銭を投入口に放り込むと、兵部はぽんとスタートボタンを押した。
リンゴンと、ヤケクソのように陽気な音楽が、雑多な音の上に重なる。
「レバーが左右で、右のボタンがクレーン作動な」
「わかってる！」
やらずに下がればいいものを、がばりとゲーム機の前でレバーを手にした皆本を見て、兵部はニヤニヤと笑った。
景品が取れた直後のクレーンゲームなど、店員を呼んで取りやすいところに置き直してもらわなければ、再び取れる訳がないのだ。
こいつ、ホントにゲーセン来たことねえな、と思ったところで、降りていったクレーンの先が、ぬいぐるみに触れもせずに離れていった。
「くそ、もう一回だ」
ムキになった皆本を尻目に、兵部は近くに目立つスタッフエプロンを見つけて声を上げた。
「おーい、この黒いの、取りやすいとこに置いてくれる？」
「兵部、おま」
慌てた皆本に頓着せず、店員はガタガタとケースを開けながらもの凄く嫌そうに言った。
「いやだから、ここ夜間は制服の中高生はダメだから。これやったら帰りなよ」
その店員に、兵部は笑って答える。
「大丈夫、これコスプレだから」
「コス・・・」
ぬいぐるみの位置を置き変えて、ケースの鍵を閉めた店員の目が、兵部から皆本に移る。
夜遊びをする高校生をたしなめる大人の目が、目に見えて不審者を見るそれに変わった。
「なっ、てめ！」
「ほらほら、皆本君、もっかいやるんだろ？」
喚きかけた皆本に頓着せず、兵部はまた、小銭を放り込んだ。
「今度取れなかったら笑ってやるぜ」
「もう笑ってるだろてめえ！」
案の定、皆本はぬいぐるみを取れずに。
代わった兵部が、簡単に取ってけたけたと笑った。
「・・・おい、通報されないうちに出るぞ」
猫のぬいぐるみを二つ抱え、次のゲームに向かおうとする兵部の肩を、皆本は、はっしと捕まえた。
少し遠くから、こちらを見ている店員の視線が痛い。
たぶん、ちょっと、すごく、マズイ。
しかし兵部はメガネを上げて、容赦なく両替機に札を突っ込もうとした。
「その考え方が既に変質者だぜ？僕とお前じゃ、せいぜい兄弟だろ」
「似てねえ兄弟だなおい！」
わかっててやってんだろ！とその腕を捕まえて両替を阻止し、そのまま皆本は、なんとか兵部をゲームセンターから引きずり出すことに成功した。
「よっぽど未成年者略取っぽいぜ、これ」
ずるずると、夜道を引きずられながら、兵部が笑う。
手の中で、白と黒の猫のぬいぐるみがぽわぽわとする。
「何でそんなに楽しそうなんだよ、お前」
呆れた皆本が、ぐったりと疲れたように問うた。
「だってさあ」
うってかわって、元気いっぱいの兵部は本当に楽しそうに答えた。
「デートみたいで楽しいじゃん」
そういえば。
兵部とは、現場や部屋で会うことはあっても、こうして外で会うことはほとんどない。
そのことに思い当たった皆本は、しかし自分たちはべつに恋人とかではないのだし、と自分の中で言い訳をした。
確かに、自分たちはベッドを共にしたりもするし、昔のように、本気で嫌い合っている訳でもないし。
それどころか、なにがしかの気持ちが、互いの間に存在するような気さえするけれど。
それでもやはり、それが恋情だとは、皆本は思っていない。
だから、デートとかは、あり得ないのだ。
見下ろせば、ぬいぐるみを抱えて楽しそうな、制服姿の兵部京介。
制服は制服だが、いつもの学生服でないその姿が、なんだか本物の子供のように見えて。
自分は、こいつのこんな姿を望んでいたんじゃないのかと、なんだかそう思えたりもして。
しかし、兵部は楽しそうにはしゃぎながら、つい、と通りかかった路地の奥を指さした。
「せっかくのデートだ、流れ的に次はホテルだよな？」
いらんことに目を輝かせる兵部に、皆本はいつものように怒鳴り返した。
「だからお前は！」
兵部は、変わらず楽しそうに笑っている。
「えーいいじゃん」
その、本当に楽しそうな顔を見て。
皆本は、兵部の腕を掴みなおした。
「わかった」
「え、まじで？」
兵部が、目を丸くする。
眼鏡越しのそれは、独特の死に色が隠されるせいか、いつもよりも表情豊かに見えた。
「デートっぽいことがしたいんだな」
「え、ちょっと皆本クン？」
皆本は、そのまま兵部を引きずって、ホテルのある通りを離れた。
皆本が兵部を連れて行ったのは、産地表示などに力を入れているファーストフード店だった。
「まあ、確かにデートっぽくはあるかな」
ゲーセンの後にファーストフードというのは、確かに高校生のデートとしては申し分ないだろう。
「でもジャンクさが足りない」
「訳が分からないぞ」
そう言いながらがふがふと大きめのハンバーガーをかじる皆本は、意外と男らしく見えた。
その様子を眺めながら、兵部もおごらせたロースカツバーガーをかじる。
結構美味い。さっき言ったようにジャンクさが足りないが、なんだかもうどうでもいい。
「クイーンたちの夕食は？」
「いろいろ作り置いてるから大丈夫だろ。最近はあんまり時間も合わないから、平日はだいたいそんな感じだし」
「彼女たちに冷たい食事をさせるのかい？」
「あっためるくらいしてるはずだ。それに葵なんかは、そろそろ簡単なものなら作れるようになってきたしな」
「へえ、エンプレスの方が向いてそうだけど」
「紫穂はな・・・能力はともかく、性格が向いてないからな・・・」
薫の腕前に触れないのは、彼女がどちらも向いていないと、二人ともわかっているからだ。
ぐだぐだと話をしながら、結局ポテトまで食べきった兵部は、ニヤニヤと笑いながら顔を上げた。
「で、これからどうする？」
「どうもしねえよ」
素っ気なく言い捨てて、しかし皆本も鬼ではないので。
「とりあえず、近くのテレポートゲートまでは送ってやる」
その譲歩を、兵部があっさりと切り捨てる。
「教えたら潰されそうだからイヤだ」
「当たり前だろ」
そう答えられたら、皆本も憎まれ口を返さざるをえない。
実は、自宅近くのゲートを把握しておきながら、ひとつ報告していないなどと、能力を使われても決して漏らすつもりはない。
「ていうか」
兵部が、だん、とテーブルを叩いた。
「今時、高校生だってこれでサヨナラはないだろ」
周りの視線がこちらに向いたのを苦々しく思いつつ、皆本は声をひそめた。
「お前な、よく考えてみろ」
格好も行動も子供っぽい彼の、唯一子供らしくない瞳をのぞき込んで。
「お前の子供たちが、ホテルとか行ったらどう思う」
「う・・・」
とたん、兵部が珍しく言葉に詰まった。
そう、彼はこう見えて、血が繋がらないとはいえ子供たちの『親』なのだ。
しかし、彼は兵部京介なので。
「いいんだよ、僕らは子供じゃないんだから」
すぐにそう、彼らしい自分勝手なセリフを吐いた。
「・・・わかったよ」
皆本は、大きくため息をついた。
こうなったら、こいつは絶対引かない。
「ヨシ」
満足そうな兵部は、じゃあ行こう、早く行こうと席を立つ。
しかし、このままホテルに引きずり込まれると、『おもしろそうだから』とかいう理由で、うっかり淫行で逮捕クラスの面倒事を起こされても不思議ではない。
「でも、ホテルはなしだ」
皆本は、通りに出るなりテレポートしようとした兵部の、指を鳴らしかけた手を止めた。
「んだよ」
そうして、不満げな彼の手を、そのまま握った。
「高校生っぽいデートなんだろ？なら、うち来い」
ゲームセンターで時間を消費した挙げ句、食事までしたせいで、時間はそろそろ深夜に近い。
子供たちも、寝はしなくても部屋に引きこもっている頃だろう。
「ふむ」
兵部は、繋がれた自分の手を見下ろした。
この手には、手のひらどころか体の中まで触らせている。
しかし。
これはこれで、悪くはない。
兵部は、その手を握り返すと皆本を見上げて笑った。
「彼氏の家で初エッチは、確かに高校生っぽいな」
「初めてじゃねえだろ」
散々、人を押し倒しておいて何を言う。
「それと、初エッチとか古い」
たぶん。
「うるせえ」
失礼なメガネのわき腹に、どふ、と一発入れておいて。
「じゃ、行こうぜ」
それでも兵部は機嫌よく、皆本の手を引いた。
「お前、どんだけ好きなんだよ」
皆本はそれを、セックスが、という意味で言ったのだが。
かあっ、と耳まで赤くした兵部に、何か違う意味に取ったらしいと察して。
皆本までなんだか赤くなったところで、兵部がぱちんと反対の手で指を鳴らした。
白皙から眼鏡を抜き取ると、いつものどろりと濁った瞳が現れた。
それでも、学生服ではない兵部の姿は、ひどく新鮮だった。
新鮮というか。
「なんか、本当に子供に手を出してる気分だな」
ベッドに寝ころんだ兵部のネクタイを解きながら呟くと、兵部も皆本の襟元に手を伸ばしながら嗤う。
「興奮するかい？変態」
まあ、正直興奮はするのだが。
それはべつに、いつもと違う格好がという意味で。
「８０過ぎて制服コスの変態が言うな」
「似合うからいいんだよ」
相変わらず都合のいいことしか言わない唇に口づけると、甘い舌が絡んできて、なんとなくほっとする。
ああ、こいつは兵部なのだと。
皆本の知っている、性悪で淫乱なジジイなのだと、安心する。
ちゅく、と唇が離れると、いつものように眼鏡に手を伸ばされた。
「お前も眼鏡取れ」
「取ると見えないって言ってるだろ」
ブリッジを押さえて眼鏡を守る。
こう見えて、兵部の体は繊細なのだ。
ぼやけた視界と手探りだけで触れるのは、やはり怖い。
しかし、兵部はそんな気遣いなど頓着しないので。
「眼鏡イヤだって知ってるだろ」
「お前が嫌なら余計取らねえよ」
サイコキネシスまで使ってくるのを、性急にシャツの下に手を突っ込むことでなんとか阻止し、皆本はそのまま、傷跡から胸の先までを一気に撫で上げた。
「ふぁんっ」
兵部の体は感じやすい。
たったそれだけで、力が抜けて、動けなくなる。
「大人しくしてろ」
「それすげー犯罪者くせえ・・・」
「うるさい」
「ぃン」
胸の先をつまんで黙らせてから、その手をすぐに、服の下から引き抜いてしまう。
そうして、これ以上余計なことをさせないようにと、兵部の服を剥ぎにかかった。
が。
いつもの学生服よりも、ベストが一枚多い。
頭から被る服は、とても脱がせにくい。
「兵部、ちょっと起きてくれ」
上手く脱がせられない、と言う皆本を、兵部は既にとろりとしている目で見上げた。
「着たまんまでも良くねぇ？せっかくのブレザーコスだぜ？」
「ブレザーコス言うな」
言い返しはしたが、確かに脱がせるのが面倒になってきた。
兵部の白い背中や薄い腹を見られないのは少し残念だが、これはこれで・・・と思った自分を全否定してから。
皆本は、遠慮なく兵部のベルトを外し、下着から何からをまとめて引きずり下ろした。
「っ！お前、そゆとこが変態だって」
「お前がこういうの好きだからだろうが」
一息に下肢が冷える感覚に、文句を言った兵部が、ふるりと腰を震わせて。
「ていうか、半脱げ止せ」
脚を跳ね上げたせいで、膝の上に引っかかったままの服に文句をつけた。
「なら、暴れんな」
皆本だって、そろそろキツイ。
早く、この体に突っ込みたい。
しかし、当の兵部はいっそう激しく、膝で纏められた脚を皆本にぶつけてきた。
「お前が変態くさいことするからだろうが！」
「変態くさくて結構だ。お前みたいに本物の変態じゃないからな」
そう言った皆本は、眼下の光景を改めて見直した。
それから、ちょっと考えて。
ズボンを引き下ろそうとしていた手を離して。
「それにお前、こういうの好きだろ」
さっきのセリフを、繰り返した。
「〜〜〜〜っ！」
とたん、兵部は白い肌を真っ赤に染めて。
「好きだけど！」
そう、やぶれかぶれに吠えた。
「好きなのかよ・・・」
これには、言った皆本も呆れる。
まあ、変態くさい自分でも、ブレザーから何から全部着たままなのに、幼さを残した性器と形の良い尻と、生白い腿だけを、すべて曝して。
頬も首も下半身も、曝されているところはすべて真っ赤にしてしまっている情人を眺めるのは、悪い気分ではない。
悪い気分どころか。
ああ、うん。
ブレザーコス、悪くないな。
いやだから、これは変態とかじゃなくて。
いつもと違う格好ってやつに、男は普通に弱い訳で。
そう、自分の中で言い訳を終了し、皆本はそのまま、兵部の体をひっくり返した。
そのまま腰を引き上げて、突き出すようにしてやると、ただでさえ卑猥な格好が、いっそう卑猥になってくらくらする。
この、白い尻に入れるのだと思うと、それだけで自身が痛いほどに張ってくる。
それでも、さすがにこのまま突っ込む訳にはいかないので。
皆本は、ベッドヘッドの棚から子供に見つかっても言い訳のできる、白色ワセリンを取り出した。
「ここまで煽っといて焦らすとか、サイテー・・・」
それを横目に見ながら文句をつける兵部に、ぬるついた半液体を指に纏わせながら、言い返す。
「焦らしてねぇよ。準備してやってんじゃないか」
「っ！ぁ・・・」
自分で焦らされたと言うだけあって、兵部の中は、既に熱くうねっていた。
「ぁん・・・おい、さっさと・・・」
「だから、ちょっと待てって」
制服のブレザーをくしゃくしゃに乱し、白い腰だけを高々と上げて。
淫らにねだってくる兵部の姿は、どうしようもなく男心を誘うけれど。
だから、ちょっとは大事にしてやろうという、こちらの心情も少しは汲め。
赤ん坊のイラストの入ったチューブからたっぷりと、ゲル状の物体をすくい取って、兵部のそこにすり付ける。
そうすれば、体温に溶けたそれが、そこをてらてらと濡らしていっそう卑猥だった。
再びそこに指を押し込めば、過剰に与えられた潤いに、慣れたそこは指の２、３本は楽に飲み込んでいく。
もういいか、と、そろそろ危うくなってきた思考を放棄して、皆本も自分のものを取り出した。
それを首だけひねって振り返った兵部が眺め、あは、と嗤う。
しかし、ひくつくそこへ押し込まれると、闇色の瞳をきゅう、と細め。
「あ・・・あっ！」
シーツに頬をすり付けて、くぐもった声で鳴いた。
十分に慣らされていなかったそこは、きつくきつく皆本を締め付けて。
しかし、幾度か揺すってやれば、すぐに柔らかくほどけていき。
それからまた、きゅう、と締め付けてきた。
「・・・・・っく」
「ふぁんっ！」
可愛らしく鳴く唇が、ひときわ高く声を上げ、軽くイったのだと告げた。
「ほんとにお前、こういうの好きだな」
「うるせぇ・・・ンあぅ」
今度はゆっくりしてやろう、とゆるゆると抜き差ししていけば、さざめいてうねる内襞が、ねっとりと皆本に絡みついて。
兵部のそこから、ワセリンと互いの体液の混ざったものが垂れ落ちて、膝上に蟠ったままの制服に染みを作った。
その様子を眺めながら、皆本は少しでも長くこの体の中を味わうために、思考を余所へと逃がしていく。
思い出すのは、ゲームセンターで楽しそうに皆本を連れ回していた兵部。
デート、とかでは、ないけれど。
ああやって、二人で出かけるのも悪くはないな、と。
まだ少し寒い海ならば、人がいなくていいだろうか。
それとも、もう少しまともな格好をさせて、またゲームセンターにでも行こうか。
あのクレーンゲームとかいうやつは、もう少し観察できれば、いける気がするんだが・・・
「・・・・・っ！」
不意に、兵部がそこを締め付けてきた。
息を詰め、なんとか堪えた皆本は、お返しとばかりに深々とそこを突き挿した。
「ぃンっ！・・・何、最中に考え事して・・・っ！」
どろりと濁った闇色が、透明に光る涙を浮かべて、皆本を睨む。
「お前のこと考えてたに決まってるだろ」
腰の動きを止めないままに、そう言い返せば、兵部はこの状況とは裏腹の、なんだかやたらと綺麗な顔で、笑った。
「ふ、は。何だ、その、口説き文句」
「・・・お前口説いてどうすんだよ」
「違いねぇ・・・」
そう。
口説くとか、デートとか、そういうのは、僕らの柄じゃないけれど。
でも。
この、子供の姿をしたジジイと、次はどこへ行こうか、と。
考えるのは、存外楽しいものだった。