不死鳥の翼
白い、しなやかな体が、逞しい男の胸にもたれかかる。
十兵衛は愛しさを込めて、その短くなった黒髪を梳き、口付けた。
くすくすと、気持ちよさそうに笑う花月の肌には、まだ、癒えきらない傷跡が残り。
行為のさなかにも何度もそうしたように、男はその跡を見てくれ以上に器用な指でたどった。
「大丈夫だよ、十兵衛」
そう言う花月の紅い唇。
それに、やわらかく口付けて。
十兵衛は、再びその体を己の下に敷き込んだ。
「・・・行かなくて、良かったのか、貴様は」
「何のことだい？」
わかっているのだろうに、花月はそう、軽く知らない振りをする。
「弟のもとに行かなくて、良かったのかと聞いている」
しかし十兵衛も律儀なもので、そう、改めて問いなおした。
そう、いつも十兵衛は、そうして律儀に真正面から、花月の逃げ場をなくしていく。
「居たいのだろう、弟と。貴様は、情に弱いからな」
そう、特に家族の情には。
幼い頃に、母を失った。
父を失った。
それ故家族というものは、花月にとって特別に慕わしいものであるはずなのだ。
残された、たった一人の弟。
たとえそれが、花月の父母を奪った者だとしても。
慕わしくないはずがない。
愛おしくないはずがない。
そうしてそれはきっと、その「弟」も、同じ。
「そうだね、十兵衛」
花月は笑って、恋人の首へとその腕を絡めた。
そうしてすかさず降りてきた唇に応えて。
それから。
「でもね、十兵衛」
そう、重ねて。
「でも、彼にはもう、彼の世界があって。そこは僕の居場所じゃないんだ」
わずかに顎を上げる。
再びのキスを、ねだる。
「最後に見せた、あれ」
たっぷりと、唾液に濡れた唇で。
花月は、甘く囁く。
「あの技か？」
「うん」
「美しかったな」
「うん。そうだろう？・・・母さまから教わったんだ。風鳥院に嫁ぐ者に伝わる技だって」
絃をあやつる長い指が、十兵衛の頬を撫ぜる。
その手を取られて、口に、含まれて。
「つまりあれは・・・・風鳥院の、母になる者に伝えられる技なのさ」
焦れた花月は、彼の口から指を抜き取り、挑発的な瞳で恋人を睨む。
「つまり、奴は」
「ああ、僕と母さまを混同してる。なら、もう自分の世界を持った男に、母親がべったりしてたら可笑しいじゃないか」
その目元にキスを落とし、了承の意を伝えると、花月の瞳がやわらかくなる。
その光に、彼の母性を見て。
自分も、それに包まれていることを感じて。
十兵衛は、かすかな罪悪感と、後ろめたい優越感を味わった。
彼の、母性と、父性と。
女らしい優しさと、男らしい潔さと。
その双方を、独り占めしている身として。
だから。
「ん、あ・・・・・」
いまだ、やわらかくほぐれていたそこに指を差し込んでやりながら。
「それでいいのか。貴様は」
母としてではなく、兄として。
そう接することで、いいのか？
思わず問うた十兵衛の言葉に、花月がくすりと笑う。
とたん、指を包む肉襞がきゅうっと締まったのは、おそらく、わざとだろう。
「君と朔羅だって、離れて暮らしてるだろう？」
花月の腕が、恋人の広い背を這う。
その心地よさに、目を細めながら。
「それでいいのか。貴様は」
再びの問いに、花月は。
「だって、もう会えないわけじゃない。・・・・会おうと思えば、いつだって会える」
だって。
「だって、僕らは生きてるんだから」
花月の瞳がきらめいて、その言いようのない深さが十兵衛を魅了する。
この瞳に、十兵衛は。
そして恐らく夜半さえも、敵わなかったのだろう。
「それより十兵衛、いいかげんに・・・・・」
ちょうだいよ、と、甘い囁きに促され。
十兵衛は蕩けきったそこに、己のものを押し込んだ。
「ふ、ぁ・・・・・・っ」
長く離れていた弟と、一緒にいたくない訳がない。
それでも、この大切な恋人と。
この広い世界で生きる。
そう、僕は決めたから。
ねぇ、夜半。
僕の弟。
君もいつか、ここへおいで。
その時には、ただの兄と弟として。
笑い会えると、信じてるから。
「ん・・・あ、は・・・・じゅう、べ・・・・・ぇ」
深く、浅くと、繰り返される快楽の波に身をゆだねながら。
花月は、その白い腕の翼を広げて。
ただ一人の、愛する男を、包んだ。