塞ぐ
白い肌にいくつもはしる傷跡のひとつに、柊はことさら丁寧に指を這わせた。
「触る、な。っあ！」
「触らないで、どうやって君を愛せと言うんですか、忍人」
呆れたように言った柊の、もう片方の手の指は、既に忍人の奥深くに埋め込まれている。
「だから、余計な・・・」
「余計なことなど、何一つありませんよ、忍人」
そう囁きながら、あたたかな粘膜に包まれた指をそっと揺らし、左腕の、ひとつ間違えば、剣を握れなくなっていたであろう傷に、舌を這わせる。
「ふ・・・・っ」
忍人の吐息が震え、指がくい、と食い締められた。
可愛らしい、反応。
それもこれも、すべて、柊が教えたものだ。
そう思えば、更に愛おしさが増すというもの。
「この肌に触れる機会を、君はめったに与えてくれませんからね。今この時を、存分に堪能したいと思うのは当然のことです」
乱れた黒髪に指を挿し込み、その手触りさえも十分に愉しみながら、柊は赤く染まった耳朶に唇を寄せ、もう一度、囁いた。
「ですから、今、余計なことなど何一つ、ないのですよ」
ふる、と、忍人の背筋が震えるのがわかった。
先程よりも深くした指が、さざめく襞に包まれて心地良い。
藍玉の瞳が、たっぷりと潤んで柊を睨み、そうして、噛み締められて紅さを増した唇が、睦み事の最中には、いささか似つかわしくない激しさで言の葉を吐き捨てた。
「き、さま。いいかげんに・・・・っ」
ぐい、と、肩を掴み締められて、柊は故意に背中の力を抜いた。
そのまま、寝台に押し倒されて、先程とは逆の体勢に持ち込まれる。
忍人が、くっと息を詰めたのは、柊の指が、未だ彼の中にあり。意図せぬと見せかけた動きで、感じる場所を抉ったからだ。
憎々しげに見下ろす瞳に、思わず笑い返してしまうと、忍人は柊の肘を掴み、ぐいとばかりにその指を抜き出させた。
「・・・もったいない」
彼の中から引き出された指には、癒えることのない火傷の跡。
常には手袋に隠されているそれは、忍人の体液にぬらりと光り、醜い以上に痛ましく、そうして、淫靡だった。
「何がだ」
荒げられた声に、くすりと笑う。
「せっかく、忍人の心地良い体温に馴染んできたところでしたのに」
「だから何だ」
掴んだ腕を開放して、忍人は代わりに、海松色の髪をわし掴んだ。
「余計なことはしなくていい。さっさとしろと言っているんだ」
「余計なことなど・・・・ああ、不毛な堂々巡りも良いですけれど、今は時がもったいない」
柊の手のひらが、圧し掛かった忍人の臀部を撫で回し。
そうして倒されていた上半身を起こすと、もう片方の手、濡れたままの指で、忍人の頬を包んだ。
「この体勢・・・乗ってくれるのですか？忍人。・・・・嬉しいですね」
「貴様がぐずぐずしているからだ」
言って。
柊の肩を掴んで体を支えた忍人は、揶揄するように笑う男のものに手を添えると、ほんの少し躊躇ってから、彼に弄り回されていた場所に、その先端をあてがった。
柊の手が、促すように腰を支えるのを、嫌がるようにわずかに揺らし。
そうして、少しづつ、その上に腰を落としていく。
「・・・・素晴らしい」
その様子を、ひとつ残った瑠璃紺の瞳を細めて眺めやった柊は、ことさら優し気に忍人の肌を撫でながら、見たままの事を、口に出した。
「君は肌が白いから。上気した肌が桜色に染まって・・・本当にきれいですね」
「う・・・るさい」
柊を半端に飲み込んで、押し開かれる感覚に、何とか慣れようと足掻いている様子の忍人は。
恐らく無意識だろう、切なげに柊を見下ろしていた。
「もう、動けませんか？ならば、私が」
「だ、まれ」
忍人は、くっとひとつ息を詰めると、そのまま、柊の上に腰を落としきった。
「そんなに力を入れて・・・痛かったでしょう？」
腿を撫で、腰を撫で。
そうして、今気が付いたとでも言うかのように目を見張り、無理な挿入にも萎えずに勃ち上がっている、忍人のものの先端を、ゆるりと撫でた。
忍人の腰が震える。
「ああ、ここには触れて差し上げていませんでしたね。・・・なのにこんなに勃ち上がって。後ろでそんなに感じましたか？・・・・それとも」
濡れたままの指先で、つう、と忍人の腹を伝い上げると、更にその上、赤く立ち上がっている胸の先を、爪の先を使い、引っかくように愛撫した。
「その前に、こちらを随分と愛してあげましたからね・・・ふふ、忍人は胸も感じ易いから。こんなに紅くなって・・・なんて、可愛らしい」
炯々と光る藍玉の瞳を歪め、忍人がきつく、柊を睨みつける。
「そんな顔で睨まれても、全然怖くありませんよ。・・・むしろ、とてもそそられます。・・・・それとも、誘っているのですか？いつのまにそんなことを覚えたのか。」
ねえ、忍人、と。
囁く柊の瑠璃紺の隻眼が、忍人の肢体を舐めるように睥睨する。
ねっとりと、質感さえ感じるその視線に耐えられなくなった忍人は、たまらず髪を掴んでいた手を上げて、ひとつ残った柊の目を、手のひらでもって覆い隠した。
「・・・見るな」
「おや、事の最中に目隠しとは、葛城将軍は趣味が良い」
からかう様な物言いに、言い返そうと口を開き、しかし口では決して勝てぬ相手だと、腹立たしいことにわかり切っている忍人は。
そのまま、柊の頭を掴むようにして体を支え、緩く腰を揺り動かしだした。
さっさと終わらせてしまうのが、この場合、一番の対抗策だと思ってのことだった。
柊のものが、弱くなっている襞を、ずるりずるりと刺激する。
「ふっ・・・」
それを、快感と受け取ってしまう自分の体を唾棄しながら、それでも忍人も、もういっそ愉しんでしまった方が勝ちだと思ってしまえるほどには慣れていた。
慣らされて、いた。
奥まで届く、柊のかたち。
ゆっくりと腰を上げれば、熟れた襞が纏いついてめくれ。
下ろしていけば、咥え込む肉がきしきしと軋み、震えた。
「ぁ・・・・は」
そんな忍人の様子を、柊が愉しまぬわけがない。
「気持ちいいですよ、忍人。君の中は熱くて柔らかくて・・・なのに、よくよく締めつけてくれる」
口に出してそう言われ、忍人の中が強張った。
「ふふ、言葉にされると感じてしまいますか？仕方がありませんね」
見えていないはずの柊の手は、それでもどうしてか、忍人の肌を的確に愛撫していく。
「ねえ忍人、人は視界を遮られると、他の感覚が鋭くなるものなのですよ。・・・わかりますか？」
神に焼かれた跡のために、奇妙な凹凸を持った手のひらが、忍人の敏感になった肌を這う。
「こんなに肌を熱くして・・・どくどくと血の巡る音が、私にまで聞こえてきます。それに、知っていますか？忍人。人もね、発情すると、体臭が変わるものなのです。・・・・そう、今の君のように、甘い甘い匂いにね」
胸元に鼻先を摺り寄せて、くん、と匂いを嗅がれる仕草に。
忍人は身を引こうとして、体重の移動を誤り、いっそう深く柊を飲み込む羽目になった。
「くっ、は、あ・・・・」
「ああ、そんなに締めつけないでください。ただでさえ、熱い襞が蠢いて・・・何もしなくても、達ってしまいそうだというのに」
するりするりと、柊の手が、忍人の感じるところばかりを撫でていく。
巧みな柊の愛撫に、忍人はただ、必死に声を噛み殺して喘ぐばかりだ。
「もう、動けないのですか？・・・本当に仕方がないですね、君は」
「だ・・・から、黙れと・・・」
食いしばった歯の間から、そう、低く搾り出すと。
忍人は、柊の肩に付いていた手を離し、その手でもって、彼の口を塞ぎ。
「くっ・・・」
支えきれなかった体重ぶん、いっぱいに柊を飲み込んでしまい、細い腰をわななかせた。
手のひらの下で、くすり、と笑う気配。
熱い吐息が指の間をすり抜けて、そうして、濡れた舌が、剣だこのできた手のひらを、ぬらり、と、舐めた。
「・・・・っ！」
とたん、その手を引っ込めて。
猛々しくも扇情的な、藍玉の瞳で目隠しをされた柊を睨むと。
忍人は、わざとらしい笑みを形作った彼の唇に、がふりとばかりに口付けた。
すかさず滑り込もうとする舌に、半ば本気に噛み付いて。
代わりに、こちらから舌を押し込んで、濡れた粘膜を蹂躙する。
そうして忍人は、柊の肩を掴みなおし、ひどく乱暴に腰を使った。
くん、と、柊の喉が鳴る。
喉の奥、窒息しろとばかりに押し込められた舌の下。
ころころと揺れる息が、確かに笑いのそれであると理解して。
しかし忍人は、その粗暴な交接を止めようとはしなかった。
柊の手が、熱く火照った忍人の、傷だらけの肌を愛撫する。
最後に、腰を掴まれて。
ひときわ深く、穿たれて。
「ん、くっ・・・・」
体の芯の、奥の奥を。
熱く濡らされる感覚に、忍人も脚を引きつらせ、柊の腰を挟み込んだまま、達してしまっていた。
「・・・ねえ、忍人」
「黙れ」
「まだ、何も言っていませんよ」
「貴様が言うことなど、ろくなものであるものか」
ようよう離れた唇で、そう、言い合いながら。
忍人は、用心しながら脚に力を込めて、ずるり、と、柊のものを抜き出した。
とたん、白く濁ったものが、ぼたり、ぼたりと柊の腰へ落ち。
わずかに細めた目でそれをちらりと見やってから、表情を厳しいものに作り直して。
それから、忍人はやっと、柊の左目から、その手を離した。
あらわれた隻眼が、忍人を見止めてふわりと笑む。
そうして、腰を支えたままだった手が、肩と、それから首裏にまわって。
引き寄せられるまま、口付けを受ける。
べちゃり、と、また柊の上に座り込んでしまい、冷えた体液の感触に、忍人はゾクリと背筋を奮わせた。
それが、柊にも伝わったのだろう。
くく、と、その喉が笑いに鳴った。
すぐさまそれを引き剥がそうとする忍人の、腕を掴んで引き寄せる。
まだ熱い口腔を堪能していた舌を噛まれたが、噛み切る意図は、そこにない。
そんな可愛らしい抵抗に気を良くしながら、ゆったりとそこを舐めて、離す。
そうして。
「あいしていますよ、忍人」
睨みつける藍玉を、うっとりと見上げながら。
そう囁いた男の隻眼を、忍人はまた、手のひらで塞いだ。
「本当に、ろくでもないことしか言わないな、貴様は」
「酷いですねぇ・・・」
笑みに歪んだ唇を。
忍人はまた、口付けで塞いだ。
今度こそ、黙れとばかりに。
言葉など。
いらぬと、ばかりに。