不意に泣く
「あ・・・・」
急に降って来たあったかい雨に、子わんこはびっくりして顔を上げました。
見上げたのは、シンの大好きなご主人様のお顔。
シンの大好きな翠色のお目目から、あったかい雨がほたほたと落ちてきます。
それがあんまりキレイだったから、子わんこ、ぽうっと見上げちゃって。
それから慌てて、抱っこされたご主人様のお膝の上に立ち上がりました。
「アスランさん、どーしたの？」
心配そうに見上げる、真っ赤なお目目。
アスランの愛する、可愛い子わんこ。
「いや・・・・なんでも、ないんだ」
なんでもない、って言いながら、あったかい雨は止みません。
シンは精一杯背伸びして、ぺろぺろとそれを舐めました。
どうしよう。
アスランさん、泣いちゃった。
俺、なんか悪いことしたかな。
ネジ隠したの、バレちゃったかな。
お風呂入るときイヤイヤしたの、ダメだったかな。
おやつのアイス、アスランさん半分くれたの、ほんとはアスランさん全部食べたかったのかな。
それとも・・・
おろおろおろ。
お膝の上の子わんこも、なんだかうぐうぐになっちゃいます。
「うぅーー」
真っ赤なお目目に透明ナミダ。
それ見たご主人様も、余計にうぐうぐになっちゃって。
「・・・・おい」
そこに、静かなお声がかかります。
向かいのソファでご本を読んでいた旦那様が、ぱたんとそれを閉じました。
「小僧まで泣かしてどうする」
「・・・・・・すまない・・・・・・・・」
それでも、ご主人様はうぐうぐうぐ。
シンはもう、わぁわぁ泣いちゃいそうになっていて。
旦那様は、ご主人様のお膝から、子わんこをひょいと摘み上げました。
「なにすんだようっ！」
とたんに、ナミダの引っ込んだ子わんこは、ぶら下げられて、じたじたじた。
「お前は外で遊んで来い。・・・・レイ」
「はい。・・・シン、行こう」
「だってアスランさんがーーー！！」
じたじた暴れる駄々っ子に、旦那様は重々しく言いました。
「小僧。貴様、アスランに泣き顔を見られたいか」
え・・・っと
「やだよう！」
だって、泣いちゃうのは男前じゃないもん！
子わんこ、慌てて肉球でナミダをごしごし拭きました。
「それはアスランも一緒だ。わかったら顔を洗って外へ行け」
「えー！」
なんだか納得のいかないシンは、それでも泣いちゃうのが男前じゃないって思っているので、お顔を洗いに出て行きました。
後は、付いて行ったレイがなんとか言いくるめてくれるでしょう。
「・・・・ご、めん・・・・・・」
「かまわん」
旦那様は、子わんこのぬくもりがなくなっちゃったお膝に、一回だけつめたい手を置いて。
それから、ぐいっと奥様の頭を、ご自分のお膝に乗せてしまいました。
「イ、ザ・・・」
「かまわんと言っているだろう。それとも、俺にも出て行って欲しいか？」
一人で泣きたいか、と聞く旦那様に、奥様はふるふると首を振りました。
だから旦那様は、奥様をぎゅっと抱っこして。
奥様が、よく泣いちゃった子わんこにしてやるように、ぽんぽんぽん、と撫でてやって。
昔々。
いいえ。全然昔じゃありません。
ちょっとだけ前のお話です。
戦争が、ありました。
奥様は、そこで。
お父さんとお母さんを亡くしました。
お友達を亡くしました。
大切なものを、ぜんぶ、なくしました。
そうして。
たくさんの人の、お父さんとお母さんを殺しました。
たくさんの人の、お友達を殺しました。
たくさんの人の、大切なものを。
たくさんたくさん、壊しました。
殺したかったわけではないのです。
壊したかったわけではないのです。
それは、どうしようもないことで。
それはご主人様も、わかっているのに。
でも、こうして。
お膝に乗った子わんこのぬくもり。
隣にいる人の、あたたかな腕。
そういうものを感じていると、不意に蘇ってしまうのです。
戦場で聞いた断末魔。
命の散る、あの光。
彼らにも、愛するものがあったでしょう。
彼らをこそ、愛したものがあったでしょう。
それを、ぜんぶ殺したこの腕が。
こんなにも愛するものを抱いて。
慈しんで。
そうして。
幸せになって。
なって、しまって。
「・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・」
小さくしゃくりあげた奥様の背中を、旦那様は、ただ、優しく撫でていました。
この涙は、奥様の涙。
この悲しみは、奥様の悲しみ。
いまだ、「艦隊殺し」の異名を持つ旦那様には、何にも、分かち合うことなどできないのです。
だからただ。
痛いほどのぬくもりを、奥様に与えて。
じっと、泣き止むのを待つしか、ないのです。
「・・・イザーク」
旦那様のお膝がしっとりと濡れるころ。
嗄れた声で、奥様が言いました。
「ありがとう」
「いや」
奥様が、ゆっくりと顔を上げて、ごしごしとお目目を擦っていると、不意にドアが開きました。
「アスランさーーーん！」
元気な子わんこ、とことこと。
ご主人様の足元に、駆けて来ます。
「アスランさん、お花！」
シンの、ちいちゃな肉球に乗っていたのは、ちいちゃなちいちゃなスミレのお花でした。
根っこごとです。
ドロドロです。
「取っちゃうとかわいそーだから、植木鉢に植えるんだよ！」
『そしたらあげるねっ！』と、笑う子わんこを、ご主人様は、ドロドロのお花ごと、お膝に乗っけて。
「ありがとう、シン・・・・レイも」
「うん！」
「いえ・・・・・」
膝には子わんこ。
隣には、旦那様。
少し離れて、頼りになるお友達。
愛する、人たちと。
アスランは、幸せでした。
幸せで、ごめんなさい・・・・・・
せお様が踏まれました、子わんこ板のカウンター「不意に泣く（２１２７９）」のキリリクですー！