うにゃっ

えいせんは、目をさましました。

いつもの、帝といっしょのおふとんです。

なにか、たいへんなゆめを見たようなきがします。

なんでしょう？

「おはよう、えいせん」

いつものように帝にあたまをなでてもらって、えいせんはやっときがつきました。

「兄上、やすあきどのが、血が、すのこの下で、ええと、あの、『ししょうのしき』さんで、それで・・・・」

みゃあみゃあにゃああああん

でも、なにがなんだかわかりません。

「あのねこかい？ここには上げられないから、つれていってあげようね」

なのに、帝にはわかってしまうのです。

えいせんは、用意してもらったごはんもたべずに、帝に抱かれて、やすあきのいる棟へとでかけてゆきました。

「やすあきどの！」

『わたどの』をわたったさきの、えいせんの初めていくお部屋で、やすあきは丸くなっていました。

あの大きなきずの上には白いぬのがまかれていて、もう血のにおいはしません。

やすあきは、少しだけ目を開けて、ちらりとえいせんを見たあと、また目を閉じてしまいましたが、えいせんはほっとしました。

「よかったです、やすあきどの。手あてをしていただいたのですね」

えいせんはうれしくなって、やすあきのかおや、ぬのがまかれていない、足やせなかをぺろぺろとなめました。

やすあきもいやがらずに、おとなしくなめられています。

「もういいだろう？この子も休まないといけないよ」

帝がそう言ったので、えいせんはやすあきに、きちんとごあいさつをして、それから帝のあとをついて、とことこと、もとのお部屋へもどりました。

お部屋へもどると、ごはんをたべていないことに気がついたえいせんは、いただいたごはんのまえにすわります。

きょうのごはんは、大好きな白身のお魚と、めったにもらえないごちそうのみるくです。

えいせんはみるくが大好きでした。

だって、お母さまを思い出すからです。

やすあきどのに、さしあげよう。

でも、ねこのえいせんに、みるくは運べません。

しかたがないのでお魚をひと切れくわえ、えいせんはやすあきのいる部屋へ急ぎました。

すると、やすあきの前にも、えいせんと同じお魚が置いてありました。

えいせんはまた、うれしくなりました。

兄上は、やすあきどのにも、おいしいごはんを下さったのです。

でも、すぐに心配になりました。

だって、やすあきどのは、お魚にまったく口をつけていなかったのです。

「どうなさったのですか？たべないのですか？」

「いらぬ」

「でも、たべないとげんきになれませんよ」

「うるさい」

えいせんはかんがえました。

お魚がいらなくても、みるくならいるかもしれません。

だから、いそいで部屋へ戻りました。

戻って、みるくのお皿をじっと見つめます。

どうやったら、わたくしにみるくが運べるでしょう？

えいせんも、おなかがぺこぺこです。だから、ちょっとだけ、みるくをなめました。

「そうです！」

お口のなかに入れて、運べばいいのです。

えいせんは、せいいっぱい大きく口をあけて、お皿からみるくを口のなかへ入れました。

それから、息をしないように気をつけて、やすあきの部屋へと急ぎます。

やすあきは、さきほどと同じように、まるくなっていました。

えいせんは、その肩に前あしをかけて、それからやすあきの口に、じぶんの口をおしつけました。

えいせんの口のあいだからもれたみるくが、やすあきの口にかかります。

それから少しおくれて、青ざめた舌がそれをなめました。

えいせんは、うれしくなりました。

うれしくなって、もういちど部屋へともどります。

ねこのえいせんに運べるみるくの量は、ほんのちょっぴりで、それでもえいせんは三ど、じぶんのお部屋とやすあきのお部屋をおうふくしました。

へとへとになって、それでも四どめにじぶんのお部屋にもどろうとしたとき、帝が、えいせんのきもちをわかってくれて、やすあきのところへみるくの皿をもってきてくださいました。

「兄上、ありがとうございます！」

にゃうん、と、みかどにおれいを言ってから、えいせんは、やすあきのほっぺたをなめました。

「やすあきどの、やすあきどの。みるくをお飲みになりませんか？」

しかし、やすあきは目をほそくあけて、言いました。

「これは、お前のみるくだろう」

「でも、やすあきどのにさし上げます」

「いらぬ」

言って、やすあきはまた丸くなりました。

でも、やすあきは少しのみるくしか飲んでいないのです。

それだけでは体がもちません。

えいせんはいっしょうけんめい考えました。

考えてから、言いました。

「では、あの、やすあきどの、やすあきどののお魚を、ひと切れわたくしに下さいませんか？みるくと交換いたしましょう」

やすあきは、少しだけ顔を上げて、考えたふうでした。

「・・・・いいだろう。いちばん大きいのを持っていけ」

「はい！」

えいせんは、みるくを飲むやすあきのそばで、やすあきにもらったお魚を食べました。

今まで食べたなかで、いちばんおいしいお魚でした。

やすあきのかいぬしは、すぐに見つかりました。

『ししょう』さんは、ゆうめいな『おんみょうじ』で、やすあきはそのお手伝いをしているときにけがをしたのだそうです。

それを聞いて、えいせんはびっくりしてしまいました。

おなじねこなのに、やすあきはお仕事をしているのです。

「やすあきどのは、すごいのですねぇ」

やすあきが『ししょう』さんのお家へかえる日、えいせんはさびしく思いながら、白と黒の毛なみをなめながら言いました。

「わたしは、ししょうのしきだ。京をまもるのはとうぜんだ」

そう言ったやすあきは、えいせんのおはなに、じぶんのおはなをすりよせました。

「おまえにはせわになった。れいを言う」

えいせんのさくら色をしたおはなは、まっ赤になってしまいました。

それから、なん日かたって。

えいせんは、今日もすのこでひなたぼっこをしていました。

にょうぼうがあそんでくれようとしたのですが、ごめんなさいをして、すのこのはしっこで丸くなります。

「やすあきどの・・・」

やすあきどのに、お会いしたいのです。

でも、やすあきは、『だいり』の外にお住まいなのです。

会いたくても、会えないのです。

えいせんは、ためいきをつきました。

そのときです。

「えいせん」

「や・・・やすあきどの、どうなさったのですか？」

たかいたかい、へいの上に、やすあきがいました。

口に、おおきなものをくわえています。

やすあきは、ひらりとへいからじめんへとび下りて、口にくわえたものを下ろしました。

「おまえにもらった、みるくのれいだ」

それは、大きな大きなねずみでした。

かりの上手なやすあきは、ひといきでくびを折ってつかまえたのです。

でも。

「にゃーーーーーっ！」

えいせんは、いちもくさんににげだしてしまいました。

にげだして、いけないと言われたのもわすれて、お仕事中の帝のおひざでちいさくなりました。

だって、しんだねずみなんて、はじめて見たのです。

こわくてこわくて、しかたがなかったのです。

みかどは、だまってせなかをなでてくださいました。

そうか

やすあきは思いました。

ねずみは、好きではないのだな。

だから、それはじぶんで食べてしまって、もう一度、やすあきはへいをとびこえました。

ならば、からすをとってこよう。

二匹のねこが仲よしになれるのは、まだ、少しだけさきのことでした。

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