えいせんは、みかどのねこです。

まっ白で、右の前あしだけが禁色の毛色をした、紫水晶のひとみの、かわいい子ねこです。

禁色の前あしとひとみがめずらしいので、えいせんは、はやくにお母さんや兄弟たちとはなされて、帝に『けんじょう』されてきました。はじめは少しさびしかったけれど、「私を兄だと思って、仲よくしておくれ」と言ってくださったみかどと、いまはしあわせにくらしています。

でも、みかどがお仕事のとき、えいせんはおそばにいられません。

仕方がないので、いつもは『にょうぼう』のだれかや、『にょうご』さまにあそんでもらうのですが、今日はみんないそがしそうです。

もちろん、いそがしい人のおじゃまをするような、えいせんではありません。

だから、一匹で、すのこにすわってひなたぼっこをしていました。

その時です。

あれ？

えいせんは、思いました。

このにおいは何でしょう？

なつかしいにおいです。

でも、ちょっとちがう気もします。

「・・・あ」

やっと、わかりました。

それは、ねこのにおいだったのです。

それから、血のにおいもします。

えいせんは心配になりました。

こわごわと、においのする、すのこの下をのぞき込みます。

でも、においのもとは見えません。

どうしましょう。

えいせんは、考えました。

子ねこのえいせんには、すのこはとても高いのです。

そして、すのこの下には、下りてはいけないと言われているのです。

でも、でも・・・・

血の、においがするのです。

ねこが、けがをしているかもしれないのです。

えいせんは目をつぶりました。

そして、えいや、と、飛びました。

「に、にゃー」

ねこは、すごい生き物です。

はじめてのえいせんでも、ちゃんと着地することができました。

はじめてのじめんに、おっかなびっくりしながらも、えいせんはにおいのもとへ、そうっとあしを進めます。

それは、やっぱりねこでした。

黒い毛並みに、かおの半分と、四本の足先の白いねこが、すのこをささえる柱の下に、ころがっていました。

黒いところはわからないけれど、白いところに、たくさん赤い血がついています。

「あの・・・どう、なさったのですか？」

その、はじめて見るねこは答えません。

「おけがを、なさっているのですか？」

こわごわと近づくと、血のにおいがつよくなりました。

ようく目をこらすと、背中から右の前あしにかけて、大きなきずがあります。

えいせんが見たこともないような、大きな大きなきずでした。

「おかわいそうに・・・」

えいせんは、そうっとそのきずをなめました。

まだ、ちいさなころ。

お母様といっしょにいたころ、きょうだいにひっかかれたところを、お母様がそうやってなめてくださったのを思い出したからです。

お母様の、ざらざらとしたあたたかな舌がふれると、いたいのも、どこかへとんでいってしまうようでした。

だから、えいせんはいっしょうけんめいそのねこをなめました。

いたくなくなってください、はやく、目をさましてくださいと、いっしょうけんめいおねがいしながら。

どれだけ、そうしていたでしょう、そのねこが、ちいさくみじろぎをして、すこしだけ、目をあけました。

「だ、だいじょうぶですか？」

ねこの目は、それぞれ緑色と金色をしていました。

そのめがじいっとえいせんをみつめ、それからひくく言いました。

「なんだ、おまえは」

「わ・・・わたくしは、えいせんと申します。みかどの、ねこです」

ぴん、とねこぜをのばしてそうこたえると、黒と白のねこは、

「私は、やすあき。ししょうのしきだ」

そう言うと、もういちど目をとじてしまいました。

「や・・・やすあきどの？やすあきどの！」

なめてもよんでも、やすあきは目をあけません。

こわくなったえいせんは、みゃあみゃあと、おおごえでなきだしてしまいました。

そのこえききつけてくれたのは、いつもえいせんのせわをしてくれている、にょうぼうでした。

「やすあきどのが、目をあけてくださらないのです、血がいっぱいなのです、大きいけがをしているのですーーー」

みゃあみゃあみゃあああん

えいせんは、ふだん、あまりなかないねこなのです。

そのえいせんが、こんなに大きなこえでなくので、にょうぼうはびっくりしてしまいました。

びっくりしたにょうぼうは、男の人をよんで、すのこの下から、えいせんとけがをしたねこをさがしだしてもらいました。

やすあきをだきあげる男のうでにしがみつき、えいせんはみゃあみゃあなきつづけます。

でも、そのうでから引きはがされて、えいせんだけ、にょうぼうに手わたされてしまいました。

「だいじょうぶですよ、えいせんさま。あのねこは、ちゃんと手当てしてもらいますから」

「でもでも・・っ、血が、それで、けがが・・・っ」

「血がついているから、上へは上げられないのですよ」

びみょうに会話がつながっています。

それでもみゃあみゃあなきつづけたえいせんは・・・・なきつかれて、ねむってしまいました。

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