ドアを開けて ４
再び戻ったアスランの部屋で｡
少し、注意深くキスをした。
「舌、入れてもいいって言ったろ」
アスランはまた、あの「仕方ない笑い」をしている。
「でも・・・」
何が言いたいのか、自分でよくわからない唇を、アスランに塞がれる。
それはやっぱり触れるだけで。アスランは困った顔をして、自分の唇を舐めてみたり、シンの唇に指を当てたりと試行錯誤している。
その様子も、触れられる感触も、側で揺れる気配さえ、愛おしくてそして切ない。
「アスランさん・・」
触れた唇を、静かに受け入れたアスランの少し硬くなった体を、シンはできるだけそうっと抱きしめた。
え、と。
たぶんとかじゃなくて、これ絶対してもいいんだろうけど。
でも。
「・・・・縛るか？」
「い、いいえっ！」
そんなこと、できるわけないじゃないか。
「あ、あのっ、ほんとにいいんですか？」
父親に犯されたりそのまま放っておかれたり。
そんな嫌なことしか、ないはずなのに。
「ああ。シンだから、いい」
体は硬いのに、声は優しく柔らかで。
シンの耳を、甘くくすぐる。
「そんな嬉しいこと言わないで下さい・・・本気で調子に乗りますよ、俺」
もう乗っている。止められない。
「それは、怖そうだな」
軽く笑みのかたちをつくったつめたい唇に、シンは、ちゃんとキスをした。
震える舌が、わずかに応えて。それが、嬉しくて。
そのまま、アスランのベッドにもつれこんで、また、キスをして。
「キス・・・好きだな、お前」
その気がなくても、濡れた唇が動くと、とてつもなく淫靡だ。
「だって、あなたのこと大好きなんです」
「どういう理屈なんだ、それは」
いつも無口な人がしゃべりたがるのは、緊張してるからなのかもしれない。
「好きだとキスしたいし、もっと好きだと、もっといろいろしたいです」
たとえば、こうして服を脱がせて、他のところにもキスしたりとか。
心なしか青ざめた肌に、赤い花を散らせて。
切なげに伏せられた目蓋にも、キスをして。
「なんで・・・俺なんか、好きなんだ」
なんだかそれは、前にも聞かれた気がする。
わかってもらえなくて、ものすごく、困った気がする。
「なんかもう、よくわかんないです」
張り詰めた肌の質感は極上で、手を離したくなくなる。
胸に触れるとどきどきしていて、もっと離したくなくなって。
「なんだよ、それ・・・」
指が白くなるほどの力でシーツを掴んでいた右手が、ふい、と浮いた。
また突き飛ばされるかと思って身構えたシンだったが、その手はシンの腕を掴み、きつく握りしめた。
少し､痛い。
でもそれは、甘い痛みで。
「だって、ぜんぶ好きなんですよ。好き過ぎて、なんでとかもう、よくわかんないです」
腕を掴む指を外させて､まだ力の入ったままの、指の先をひとつづつ吸う。
ぴくぴくとそれが震える理由はわからないけれど､でもちょっと可愛いと思った。
「なんで・・・」
翠玉の瞳が揺れて､ものすごくきれいだ。
手を放すと､自然とそれがシンの背にまわった。
厚い軍服の生地越しに感じる手のひらは、何故か直に触るよりも嬉しい。
「なんで、って、そればっかりですね。アスランさん」
背中に置かれた手のひらに押されるように、また、キスをした。
さっきよりも温かい唇。
熱を感じる口腔と、戸惑いながらもシンの動きに添う舌と。
キスが、こんなに気持ちいいなんて、知らなかった。
「ん・・・・」
唇をあわせたまま、そろそろとアスランの下肢に手を伸ばす。
かちゃり、と、ベルトを外す音が思ったよりも大きく響いて、アスランが我に返ったように身を縮めた。
「あ・・・え、と」
しまった、ものすごく気まずい。
しかしアスランは、震える指で、シンの軍服を掴んで、引いた。
「お前も、脱げよ」
「え」
声も、震えてるのに。
「脱げって」
強がってるのが、可愛い。
「・・・・はい」
さらさらした冷たい肌が、少しずつ、熱を持っていく。
「っ、あ・・・・」
おそらく、今まで性的なことから意識的に遠ざかっていたのだろう。
アスランの体は、シンの思った以上に反応した。
「シ、ン。ちょっと、待っ・・・・」
手の中のものを、ゆっくりと扱くだけで、こんなにも息が上がる。
「え、でも気持ちよくないですか？」
おかしいなー、勃ってるんだけど。
つぶやくと、真っ赤になったアスランに睨まれた。
あ、そっか。恥ずかしいんだ。
いちいち反応が新鮮で、シンはそれが嬉しい。
「一回イきます？その方がいいでしょ」
「だから、待てって・・・っ」
少し指に力を入れると、すぐにアスランは達してしまった。
「馬鹿・・・・って、やめろよ」
アスランの放ったものを手のひらに受け、しげしげと眺めた後にぺろりと舐めたシンのその手を、思わず叩く。
指からこぼれた雫が、ぱたりと胸に落ちて、白い肌に艶を増した。
「美味しそうだなーって思って」
「美味いわけないだろ」
すかさず言い返したアスランの瞳を覗き込み、シンは、ちょっと笑う。
「・・・・なんだよ」
「いえ」
シンの手を掴んで、シーツで残りを拭かせようとしているアスランの手を、逆に取って、深く抱き込んだ。
「もう、平気ですよね」
アスランの肌は、すっかりシンの存在を受け入れて、震えも強張りもしない。
「・・・・・・・・ああ」
するりと、シンの髪をしなやかな指がくぐる。
引き寄せられて、キスをして。
濡れた唇からこぼれ落ちた雫を、シンは指に絡めて、そっとアスランの秘所に差し込んだ。
「っ、ン・・・・」
硬く閉ざされたそこは、きつく指を拒んだけれど、アスランの腕はシンの背を抱いて、縋る力を強くした。
「力、抜いてください。できるだけでいいですから・・・」
優しいキスをしながら、ゆっくりと、指を進める。
アスランの内側は熱くて、そこに突き入れることを想像し､急かされる気持ちをシンは必死になって抑えていた｡
「・・・シ、ン・・・・・・」
アスランの、紫紺の前髪がシンの肩に擦りつけられ､少年の鼓動をいっそう跳ね上がらせる。
指に絡む肉襞が、やわらかにうねるようになり、入り口に少し余裕が感じられて､差し込む指を増やしてみた。
「ん、ん・・・・・」
それを受け入れて、徐々に柔らかくなっていく場所。
甘さの混じる喘ぎ。
シンは、少しくせのある髪を掻き上げると、濡れた瞳と目を合わせる。
「いい・・・ですか？」
こくり、と、頷くさまに、告白を受け入れてくれたときを思い出した。
あのときよりも、もっとずっと、この人のことが好きになっている。
それを幸せに感じながら、シンはそっと、その人の中に、入っていった。
「辛くないですか？アスランさん」
大きく胸を喘がせて、シンの背中に爪を立てて。
きつくシンを喰い締めたままのアスランに、シンは心配になって問いかける。
彼の中は、熱くてきつくてものすごく気持ちよくて、すぐにでもめちゃめちゃに動きたいけれど、そういうわけにもいかなくて。
「ああ。・・・・シン」
吐息交じりの、かすれた声。
そんな声で名前を呼ばれて、アスランの中の自分が、いっそう猛るのがわかる。
「は、い」
繋がったところをあまり動かさないようにしながら、もう一度名前呼んでくれないかな、と、思いを込めてキスをする。
「名前」
「はい？」
考えを読まれたのかと、どきりとしたけれど、アスランは一度大きく喘いでから続けた。
「呼んでくれ。もっと」
その縋るような眼差しが、綺麗で苦しいほどに切なくて、シンは目蓋に唇を落としながら、何度も何度もささやいた。
「・・・アスランさん、アスランさん、アス・・・・」
「さん付け、いらないから、シン。もっと・・・」
呼び捨てを許されて、またあの声で名前を呼んでもらえて。
嬉しくて、うれしくて、シンは赤く染まった耳元に、熱い吐息を注ぎ込む。
彼の望みを叶えるために。
「アス、ラン。アスラン、アスラン、アスラン・・・・・」
名前と共に軽く揺すると、アスランの体が甘く震えて、ぎゅうっ、としがみついてきた。
「っ、シ、ン・・・・・」
前にも手を回すと、びくりと震えて余計にシンを締め付ける。
それは次第に熱を持ちはじめ、やがてシンの手の中で大きく育ち。
その頃には、アスランの中も、甘く蕩けてシンの欲を満たしていた。
「あっ、あ、あ、んぁ、シン・・・・っ」
「アスラン、アスラン。すごい、気持ちいい、アスラン・・・・」
アスランが首を振ると、白いシーツに紫紺の髪が泳いで、あんまりきれいで。それごと掻き抱いて、たくさんたくさんキスをする。
「ん・・・あ、ふっ・・・・」
アスランが身をよじり、シンに絡みついた襞が熱くうねる。
限界が、近い。
「イけます？アスラン」
「んっ・・・・」
こくこくと頷く彼のものを弄りながら、シンは深く腰を打ち付ける。
「あっ、あっ、シンっ」
極まった声で名を呼ばれて、きつく締め上げられ、シンはアスランの中に思いの丈を注ぎ込み、アスランもまた、シンの手の中にすべてを吐き出していた。
柔らかな髪を撫でて、上気した頬を撫でて。涙の跡を軽くこすって、唇に触れ、キスをする。
「俺、すっごいシアワセです」
くったりと横たわるアスランにじゃれかかるように、シンは終わった後も愛撫の手を止めない。
「俺もだよ」
軽く腕を上げたアスランは、それに応えてシンの頭を撫でてやった。
「ほんとですか？」
「ああ」
そう言ったアスランの笑顔には混じりけがなくて、シンは嬉しさのあまり、がばりと恋人に抱きついた。
「ああもう、大好きです」
抱き返してくれるあたたかな腕。優しい力に、涙が出そうだ。
「・・・俺も、だよ」
「え、ほんとですか！？」
思わず覗き込んだ瞳は、柔らかな翠。
優しく凪いで、シンを映す。
「ああ」
触れた肌から、伝わる体温。
切なる鼓動、胸が震える。
苦しいほどに、いとしい気持ち。
「さっき、お前に一目ぼれしたみたいだ」
ドアを、開けてくれた君を。
「あいしてるよ」
「アスラン！」
ドアを、開けて。
そこにいる、あなたはきっと。
僕の、運命のひと。
終