Deep blue
蒼は、絶望していた。
何のために自分たちは生み出されたのか。
何のために、ヒトは我々を生み出したのか。
何故、ヒトはこんなにも簡単に死んでいくのか。
何故。
我々は、ヒトを救えなかったのか。
そうして転送されたその先で。
また、蒼はヒトを殺す。
刃に貫かれた小さな体。
生ぬるい血。
柔らかな内蔵。
脆い骨。
原則に従い、その体にナノマシンを送り込み、破損箇所を修復した蒼は、そのとき、まさに戦慄した。
この、小さな体いっぱいに満ちていたものは。
蒼と寸分違わぬ強さと色の。
同じ、深い絶望だったのだ。
「ヴァーダント」
自分以外の者には聞くことの出来ない、けだるい声で名を呼ばれ、蒼はうっすらと汗の浮いた肌に、ゆるゆるとケーブルを這わせた。
その刺激に感じた玲二がかすかに身じろぐと、白い脚の間を、吸収しきれなかったらしいナノマシンの群体が、とろりとこぼれて汚していった。
「入れすぎだ」
狭いコックピットの中、しどけない姿のままの彼に叱られて、一応、謝罪の意を伝える。
肌を這っていた移植腕のひとつをそこに向かわせ、取り込み直して再利用しようと拭い取ると、長い腕が伸びてきて、その先をぐいと掴んだ。
そうして、先ほどまで喘ぎをこぼしていた赤い唇が開き。
蒼の陽電子頭脳が彼の行動を予測するよりも早く、それは咥えられ、舐め取られていた。
移植腕の表面には、微細なセンサーが数多く取り付けられている。
それは、ナノマシン移植時に、己の主を傷付けぬようにと最初から設計されていたものであったのだが。
生あたたかい舌が、その表面を這っていく感覚。
それは、遠い昔に一度感じた、彼の破れた内蔵や。
先ほどまで、散々抉りたてていた彼の臟腑の内側が醸すものと同じ。
これが、「快楽」。
この時代に来て初めて、蒼が知ったものの一つだった。
「仕舞うくらいなら初めから出すな」
ちゅく、と唾液の音をたて、ナノマシンを残らず舐め取った口が、移植腕から離れる。
了承の意を示すために、一度、その唇をなぞってから、蒼は晒されたままだった、玲二のモノへとケーブルを絡みつかせた。
敏感な彼の舌は、体は。
蒼の表面をなぞることで、ひどく感じてしまったらしかった。
「ふ・・・っ」
芯を持ったソレは、特に繊細に扱わなければならない。
痛みを感じない玲二には、快楽のストッパーが存在しない。
感じるままに与え続けては、大事な彼を壊してしまう。
彼を壊すことも。
その後、やさしく癒すことも。
それはそれで、「快楽」を伴う作業ではあるのだけれど。
時と場合をわきまえなければ、今度は酷く叱られる。
それは、とうに学習した。
「っ、・・・・あ」
腰を震わせ、玲二が達する。
溢れた精を、余すことなく蒼が取り込む。
玲二は、蒼の一部を取り込み、強化され、絶望の中を生き続ける。
蒼は、玲二の精を取り込み、解析し、その絶望に満足する。
あの日。
蒼は、玲二の絶望に打ちのめされた。
何故なら、蒼の知る人間に、そんなものはなかったのだから。
小さな手で蒼の右目を破壊し、血を吐くような叫びを上げる。
ああ、これは、と蒼は思った。
これは、自分と、同じ。
守るはずだったものを守れず。
壊し。
失い。
その果ての絶望に満ちたこれは。
自分と、同じモノ。
「もう・・・付き合えないぞ」
熱い熱い吐息を吐いて、玲二はシャツをかき寄せた。
蒼は了承の意を伝え、シートの後ろへ飛ばされた、上着と眼鏡を拾い上げる。
身繕いをする玲二の手。
それが一度、蒼の表面を、緩く滑って。
蒼は、恭しい仕草で、潤んだままの目元に眼鏡を返した。
深青に染まる絶望の中、それでも足掻く、二人の足元で。
事象の怪物が、静かに笑っていた。