デートしましょう！
デートしたいと騒いだら、桐山の名古屋工場に連れて行かれて、現場の人から早瀬にはよくわからない話を、半日くらい一緒に聞かされた。
あんなのデートじゃないですよと騒いだら、今度はアメリカの提携企業に連れて行かれて、言葉さえわからない話を２日ほど聞かされた。
ダメだこりゃ。
やっと帰ってきたJUDA本社。
よく考えたら、なんでこのヒト社内に住んでんだよと声に出さずに突っ込みつつ、ヒトのベッドに倒れ込む。
「つっかれたー」
いくらファクターでも、アメリカとんぼ返りはきつい。
そんな早瀬を見下ろしつつ、疲れなど微塵も見せずに森次は言い放った。
「お前が行きたがったんだろうが」
「俺は、デートしたいって言ったんですけどね」
じっとりと、見上げると、森次はネクタイを外しながらしれっと答えた。
「しただろう」
「デートってのは、普通仕事抜きですよね」
思わず言い募ると、早瀬の上司で恋人は、スーツの袖から腕を抜く動作を一度止め、眼鏡の向こうの黒目がちの瞳を少しだけ見張った。
「・・・なるほど」
ちょっと待て。コレはわざとか？それとも天然か！？
天然なくせに人が悪い恋人を持つと、余計な苦労が増えて困る。
「加藤と観覧車乗った時のが、よっぽどデートっぽかったですよ・・・」
ぐったりとベッドに体を伸ばし、ぶつぶつと呟いた早瀬に、森次はジャケットを脱ぐ手を止めて、言った。
「何だ、観覧車でいいのか？」
なら行こう、と再びスーツのジャケットを着込みなおし、ネクタイを手に取った恋人。
そのあまりの急展開に、ほんの一瞬あっけにとられた早瀬は、思わずその手に手を伸ばしていた。
「・・・・・とりあえず」
ああ、この人の実力行使癖が移ってるよ俺。
「仕事じゃないんで、ネクタイはいいんじゃないですか？」
「・・・そうだな」
長い指に掛かっていたネクタイが、ひら、と、早瀬の上に落ちかかる。
ふ、と笑った口元と、そのまま自分を引き起こした手のぬくもりに。
もう、天然でも遊ばれてるんでもどっちでもいいや、と、早瀬は思った。
恋人と二人だけで乗る観覧車は、敵の親玉と乗るよりも、なんだかよっぽど緊張する。
もうすっかり夜景になった景色が、ゆっくり、ゆっくり下がっていく。
窓枠に軽く肘をかけ、それを見下ろす森次は、その上に広がる夜の闇にとけ込むようで、とても、とてもキレイだった。
「のんびりこういうの見下ろすのって、なんか新鮮ですよね」
マキナからじゃ、こうはいかないし、と。
同じ景色を見下ろす振りして、少しうわずった声を上げると。
「そうだな」
答える声も、柔らかい。
ああ、俺デートしてる。
たったこれだけのことが、こんなにも感動的なのはなんでだろう。
だから早瀬はちょっと、調子に乗った。
「森次さん」
呼んで、こちらを向いた唇に、身を乗り出して、キスをする。
ゴンドラ内の重心が偏って、ぎい、と床が傾いた。
「・・・なるほど」
ゆっくりと離れた唇。
また、ぎい、と軋んで、水平に戻る床。
「確かに。こういうのは、いいな」
特務室室長とは思えない、曖昧な言葉。
それからまた、今度は逆に、ゴンドラが傾いて。
する、と、縁の細い眼鏡が外されて。
近づいてくる、長い前髪が目に入りそうになったところで、早瀬は慌てて目を閉じた。
滅多にない、雰囲気のあるキスに、たちまち夢中になる。
思わず伸ばした手に触れたのは、いつもこの人をがっちりと包んでいる黒スーツ。
この下の、魅力的な肢体を思い描いて、少年の体は熱くなる。
「しまったな」
ゆるり、と離れた唇で、いつも無口な恋人が、いつもより饒舌に。
熱っぽく、囁いた。
「お前が欲しくなった」
うわ、わ。
自分の顔が、真っ赤になってるのがわかる。
それを見止めた恋人の瞳が、緩く、でも思いの外やさしく笑ったのがわかって。
「・・・俺もです。って、わ、鼻血出そう」
正直にそう告白すると、森次の笑みが深くなった。
「こういう時は、不便だな」
確かに。
いつも会っているJUDA本社内なら、そういう時には森次の私室か早瀬にあてがわれた部屋へ行けばいい。
他にもしけ込める場所ならいくらでも知っているし、実際、室長室でシた・・・というか、乗られてしまったことだってある。
「えっと・・・帰りましょうか」
もじもじと、ナニゴトかを誤魔化すように体を揺すり、早瀬はせっかく望んだデートの中断を申し出た。
できればこれから、ちょっと散歩してゴハンくらいは考えていたんだけれど。
ちょっと、この欲求には代えられない。
オトコって、悲しい。
「ここからか？」
それを聞いた森次は、ニヤリ、と、人の悪い笑いを浮かべて長い足を組み、外した眼鏡を下げたまま、軽く曲げた指の背で、こつりと窓を叩いて見せた。
黒いスーツ着た黒髪の、黒い瞳の綺麗な人は。
ゆっくりと流れていく背後の夜景を従えて、夜の魔王のように、見えた。
ごく、と喉を鳴らして。
それでもやっと、この人に慣れてきた早瀬は。
「勘弁してくださいよ。もう」
そう言って、がっくりとうなだれるポーズを取る。
頂上は過ぎたとはいえ、まだ、屋根も見下ろす高さなのだ。
しかも、やろうと思えばできてしまうのだから、始末に負えない。
「そうだな」
さすがにさっきのは冗談だったのだろう。森次は地上に目を落とし、する、と眼鏡を掛ける仕草とともに。
「しかし、本社までは待てないな」
今度は、そんなことを言い出した。
デートといえばここ！と思い、お台場まで出てきたのがアダになった。
えっと、えっと。
JUDAだったらウチの方が近いよな。
でも、このヒト連れて帰って、なんて紹介したらいいんだろ・・・？
だんだん混乱してきた少年に、年上の恋人は何ということはないように、さらりと言った。
「ホテルを取ってやる」
う、え・・・？
思わず、
森次は、さっきの悪い笑顔を完全に消して。
まったくの、真顔で。
「デートらしくて、いいだろう」
そう言って、近づいてきた地上の光に目を向ける。
え、と。
ホテルって。
ホテルって。
高校生にはあまり馴染みのない、今聞いた単語を反芻して。
う、わあああああああっ。
その言葉が一気に淫靡な響きを持ち、少年は頭を抱える。
このヒトのことだから、ラブホとかじゃないのはわかってるけど。
でも、うわ、なんか。
うわぁ・・・・
ごとり、と、ゴンドラが地上に着く。
何やってる、と森次の手が早瀬を急かす。
その手についていきながら。
俺がこの人に勝てる日って、ホントに来るのかなぁと。
早瀬は、ハタからみればやたらと幸せな悩みに、没頭した。