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シンが、休暇申請を出したのは、３日後にディオキアを出ると言われてすぐだった。
はじめ、行き先の欄にステラと会った海岸を書いたら却下を食らったので、仕方なしに、逆方向の海岸に書きなおして、通してもらった。
基地から少し離れた、基地も戦艦も見えない入り江で少し海を眺めてから、入り江のそばにあった小さな街に入る。
この街も、戦場になったのだろうか。瓦礫の山が、撤去されないままに積まれているのが目に付いた。
その瓦礫の側に、小さな花屋を見つけたシンは、ショーケースの前で少し迷ってから、出来合いの花束を買おうとした。
温暖な地に似合いの、赤とオレンジと黄色の花。
店番をしていたのは、シンよりもほんの少し年上くらいの年に見える少年だった。
彼は、シンの手にした花と、ショーケースに入った花を見比べた。
「何だったら、花束作るけど？」
「これでいいです」
「そんな仕方なさそうな顔で買われるんだったら、作った方が花もいいって。どんなのがいい？彼女にでもやる花？・・・・それとも」
ショーケースのガラス戸を開けて、少年は訳知り顔になって、言った。
「死んだ人にやる花？」
冷蔵庫になっているショーケースから、ひやりとした空気が流れてくる。
「・・・・なんでわかるんだよ」
献花にはふさわしくない、けばけばしい花を下げて戸惑うシンに、少年はどこか寂しそうに笑って言った。
「このご時世だからな」
結局、シンは彼に花束を作ってもらった。
手際よく花を束ねていく少年を眺めて、シンはふと気付く。
ショーケースの中にある花は、半分近くが白か、それに近い色合いを持っていた。
『こんなご時世だからな』
少年の言葉に、きつく拳を握り。
「こんなんでどうだ？」
出来上がった花束は、やはり白でまとめられたものだった。
両親と妹への花だと聞くと、少年は端数をまけてくれた。
店を出るときに、頭を下げすぎて、入り口の段差でつまずいて。
少年に、指を指して笑われた。
花を持って下りた砂浜は小さくて、爆撃跡だろう、大きく抉れた地形がそのまま放置されて、更に小さくなっていた。
父と母、そして妹の死んだ場所へと繋がっているはずの海へと花を手向けると、もう、シンにはする事がない。
だから、ポケットの中の携帯を握り締めて、じっと海を眺めた。
なんで、こんなことになったんだろうと、そんなことばかりを、考えていた。
考えているうちに、日が傾いて、寒くなって。
お腹が減って。
「腹、減ったな・・・・」
呟くと、なんとなく、足元から力が抜けるような気がした。
そうして、花を買った店の隣に、たしか食堂のようなものがあったことを思い出す。
離れがたく思いながらも、シンは仕方なく、ゆっくりと海岸を後にする。
一度だけ振り返った海は、静かで。
シンを、いたたまらなくさせた。
食堂は、思ったよりも小さくて、席はカウンターと、テーブルが２つあるだけだった。
それでも席はほぼ埋まっていて、シンはドアを開けてから、ほんの一瞬だけ、入ろうか止めようかと迷う。
「ああ、さっきの」
しかし、カウンターの奥の席から声を掛けられて、ふとそちらを見れば、シンに花を売った少年が手招きをしていた。
「来いよ。ここのフライは美味いんだ」
「・・・あ、うん」
少年の人懐こい笑顔に誘われて、シンはその隣に座る。
勧められるまま魚のフライを頼み、確かに美味しいそれを食べながら、いろいろと話をした。
彼はナチュラルのようだったので、なんとなくザフトの軍人だとは言いづらくて、ただ、仕事でここへ来ていること、死んだ家族は、ここではなく、遠い南の海辺で死んだことを話した。
「俺の親も、海岸で死んだんだ。ほら、そこ下りてすぐの大穴」
彼は、なんでもないことのように言う。
「ザフトの野郎が、一発落として行きやがった・・・ここは、ただの漁村なのに」
そうして続いた言葉に、シンはフォークを持った手を止めた。
「・・・・そう」
彼が言っているのは、先の大戦のことだろう。
今、この辺はザフトを歓迎するムードが高い。
シンが持っている資料にも、勢力下を示すグリーンに塗られていたのだ。
なのに。
「俺は、ザフトを、空のバケモノどもを許さない」
「・・・・・そう」
「お前もそう思わねぇか？」
「え・・・と。そう、かな」
どうやら、シンはナチュラルだと思われているらしい。
確かに、シンの容姿はナチュラルに混じっても違和感のないものだったし、そういえば店の前で派手にこけた。コーディネイターの、しかも軍人には、シンはえないのだろう。
ヒヤリとして、辺りを見回す。
店にいるのは、海の男、といった感じの人間ばかりだった。
恐らく皆、ナチュラル。
入り口近くのテーブルで、「青き清浄なる世界のために！」という声が聞こえた。
背筋が震える。
「俺は、みんなぶっ殺してやりてぇよ。・・・・だから」
聞きたくない、と、そう思ったとき、カラン、と、店のドアが開いた。
シンは、とっさにそちらを向いて、目を瞬かせる。
「ああ、いた」
そこにいたのは。
私服の、シンの上官だった。
長い手足に青い髪。サングラス越しにも分かる端正な顔。
『アスラン・ザラ』を知らない者でも。ザフトの軍服を着ていなくても。
ひと目でコーディネイターだとわかる容姿。
そうして、「軍人です」と振れて回っているような、隙のない身のこなし。
店の中が、静かになった。
「シン、悪いが戻ってくれないか。・・・・・その、急用で」
「え、なんで」
「いいから」
シンの腕を掴んだアスランは、カウンターに紙幣を何枚か置いて、シンの話し相手と店主に「すみません」と意味不明に謝った。
そうして、シンを店から引きずり出す。
いや、出そうとした。
「ザフト！」
「てめえ、ザフトだな！」
「シン！」
上がった声と、銃声と、強い力でドアの向こうに放り出されるのと。
どれが一番早かったのだろう。
シンは、たたらを踏んで、それでも無様に転がるのを何とか避けた。
「走れ！」
その声に、また銃声が被る。
アスランに引きずられるようにして、そのまま、走って。
撤去されないままの、瓦礫の影に飛び込む。
「使え」
手渡されたのは、ザフトの制式拳銃。
シンがそれを認識したときには、アスランはもう、似合わないサングラスを放り捨てて、両手に銃を構えていた。
「とにかく逃げるぞ。説教は後だ」
言ったアスランは立ち上がり、立て続けに引き金を引いた。
耳当てなしで間近に聞く銃声は、一発ごとに頭を殴られたかのように響く。
「海に下りるぞ」
アスランに背を押されて、身を屈めたまま走り出すと、後ろからまた、銃声がした。
シンは、思わず振り返る。
薄闇が迫っても、まだ、夕日の色の残る空の下。
シンに銃を向けていたのは。
ついさっきまで、シンと一緒に食事をしていた少年だった。
ついさっきまで、フォークを持っていた手が、銃を握って。
その先を、シンに向けて。
そうして。
たぁん！と。
頭を、落としたリンゴのように弾けさせて。
倒れた。
「ぼうっとするな！」
怒鳴ったアスランの手には、ザフトの制式拳銃が握られていた。
少年を殺した、銃だった。