『フリーダム』よりフリーダム(きかん坊)！ ケルベロス 初出 2006/07/23

シンは、ご存知子わんこです。 そしてご存知かと思いますが、ＭＳパイロットであります。 今シンが乗ってる機体は『ケルベロス』と言います。通称はポチ。いえ、本当は通称ではなく。ポチとは『ケルベロス』のコードネームだったんですが。 でもポチです。 主なお仕事は、プラント宙域の警備も兼ねた(現在は)テスト飛行。 でも今日はちょっと違います。 慣らし運転(テスト飛行)が終わったので、本格的な模擬戦なのです！ 「シン・アスカ、『ケルベロス』！ いってきまーす！！」 はい。元気に良い子に発進です。 「レイ・ザ・バレル、『オルトロス』発進するぞ」 こちら、レイは相変わらず淡々と発進です。 因みにルニャマリアと『ニケ』は、後方支援なので今回は出撃無しです。 ジュール隊規則第５条：出撃は艦に帰ってくるまで！ ２匹とも、ちゃんと守って楽しい出撃にしましょうね。 そんなわけで今回は、子わんこ達ｉｎ『ブリュンヒルデ』実況中継であります。 「ＤＯＬＬ　４機発進。続けて追尾カメラ射出」 隊長の命令でカタパルトから４機のザクが出てきました。 模擬戦用で、『ブリュンヒルデ』のブリッジで操作されている無人機です。 それから、２機のボールにはカメラが装備されています。 これから、『ケルベロス』と『オルトロス』の模擬戦が始まるんです。 「ザク４機、模擬戦フィールドに入りました」 「『オルトロス』、ディメンション・フィールド域で４機を捕捉」 オペレーターのお姉さんの報告に、レイの声が応えます。 「『オルトロス』、ディメンション・シアター展開します！」 『オルトロス』の両腕に装備されているピーコックアタッチメントが開きました。本当に孔雀の羽根みたいに綺麗で、そこから弧を描いて薄青いオーロラみたいなのが広がって消えました。 『オルトロス』の作ったこのシアターで、『ケルベロス』が戦闘を展開するわけなのですが、 「もう『ぶらっくはんぐ』出してもいいー？」 「シン、まだシアターが安定していない。もう少し待て」 「だって、ザクが来ちゃうよー！」 「あと0.6秒だ」 って、レイが言ってるのに 「あ」 シンの、あれ？って感じの声と同時、『ケルベロス』の背中に装着されてた３匹の『ブラック・ファング』が飛び出してしまいました。 「小僧！　まだレイからの射出許可は出ていないぞ！」 隊長が怒ります。 当然ですね。 「だって出ちゃったー！！」 きゃんきゃん抗議する子わんこの声に、隊長は額を抑えました。 『ケルベロス』のコックピットシステムはノーマルのリニアシートおよび全天周囲モニター付き脱出ポッド兼コックピットではありません。 コーディネイタードッグ専用のシステム『ＢＷＣＣ』。 ヘルメットではなくて、『ブラインウエーブシンクロコントロール(ＢＷＣＣ)』っていうのが付いてて、それを被るんです。 目の前のバイザーはＡｉｍで、射出した『ブラック・ファング』の位置を確認したり、敵やミサイルを迎撃時照準を合わせます。 と、言うか、自動照準ですけど。 操縦桿も、ノーマルとは違います。 『プル』というボールみたいのが両サイドにくっついていて、それが操縦桿になってるんです。 子わんこがそれをクリクリって回すと、その通りに『ケルベロス』が動く仕組み。 えー、つまりですね。 ３匹の『ブラック・ファング』はシンの脳波に反応してしまうのであります。 子わんこが、「行け！」って強く思っちゃっただけで、飛び出しちゃうんです。 シンはあんまり「待て！」が好きではありませんので。 「病むを得ん。レイ、　支援体勢(バックアップ)！」 「はい」 隊長の命令で、レイはアタッチメントを切り離しました。 もうシアターは安定しているので、『オルトロス』は『ケルベロス』の”支援”ができるんです。 でもでもでも！ どかーん！！ 「あー、お見事に命中したねぇ」 ずがーん！！ 「一撃必殺だねぇ」 ちゅどーん！！ 「狙いがいいねぇ」 ぐばーん！！ 「はい、ザク全機おしゃかだねぇ」 ディアッカがあーあって調子でいちいち実況中継してる横で、隊長はもう溜息も出てこないみたいです。 本当は、『ケルベロス』と『オルトロス』のコンビネーションだとか、シアター内部での各機の動作確認とかいろいろいろいろやらなくちゃいけないことがあるのに。 なのに『ブラック・ファング』ったら、ザクを全部壊しちゃったんです！ 「やったー！」 「シン、全然ダメだと思うぞ俺は」 「えー？　なんでー？」 「だから。今回の模擬戦ではシアター内での各機の運動性能とかのテストをするってブリーフィングでも話していただろう。これでは、まともなデータが取れない」 「だってやっつけたじゃん！」 「そういう問題ではない」 レイも一生懸命説明するのですけど、子わんこ、いまいち分かってません。 しかもです。 ちゅみーん！！ 「……今のはなんだ？」 「追尾カメラ１機、撃破です」 オペレーターのお姉さんの声に、隊長は深〜く艦長席に沈んじゃいました。 「…もう１機、ロックオンされる前に回収しろ」 「シン、『ブラック・ファング』が暴走してるぞ」 「わーん！　戻ってこないー！」 「シン！！　コントロールをこっちに寄こせ！　レイ、今のデータは……一応、記録しておけ…。『ブラック・ファング』回収！　２機とも帰艦だ！！」 「はーい」 「了解しました」 どうにかこうにか、というのか、仕方なくというのか。 本日の模擬戦は終わったようです。 『ケルベロス』と『オルトロス』の兄弟機、仲良く、帰艦であります。 お疲れさまでした。 さてお仕事の後はシャワーでもって汗を流してさっぱりしないといけません。 あんまり疲れることしてないように見えるかもしれませんけど、凄く疲れてるんですよ。レイは。 隊長は、さらにもっと疲れてるんですけど、まだお仕事があるのでシャワーは寝る前。 シンは？ シンは、疲れてても汗かいても、お風呂はキライです。シャワーもキライです。 でもちゃんと一人でシャワーをしないと、オペレーターのお姉さん達に無理矢理一緒にお風呂に入れられてしまうのでシャワー浴びます。 はーだーかのーおーさーまがー ズンタカタッター！ 子わんこ、絶好調ですね。 シャワールームで元気に歌っております。 因みにお仕事中は、シャンプーハットはレイに装着してもらうんですよ。 後は、シャワーを出しっぱなしにしてお湯浴びしてるようなもんなのですが。 「シン、今日のような調子では『ブラックファング』の実用は難しくなるぞ」 お隣のブースから、レイが言います。 「えー？　なんでー？」 俺、ちゃんとやっつけたじゃん！ 「『ブラックファング』はノン・リーサルウエポンなんだ。やっつければいいって兵器じゃない。お前が”命令”すれば、相手を不可動にさせて戦闘を終了させることができる」 「ん〜」 レイの言ってること、分かっているのかいないのか。きっと分かってませんよ、子わんこは。 テキトーなお返事した後、また元気に歌ってアヒルさんと遊んでます。 レイは溜息です。 シンは、すごくすごく優秀なパイロットなんです、ホントは。 シンでないと『ケルベロス』はちゃんと動かせないんです。『ケルベロス』がちゃんとしないと、『オルトロス』だって困るんですけど。 しょーがないなって、レイはさっさと自分は髪を洗い終わって、シンのブースに入ってちいちゃくてしょーがないお友達の髪を洗ってあげました。 お兄ちゃんですからね、レイは。 ガシガシ！ はーだーかのーおーさーまがー やってきたやってきたやってきたっぞー！ ぶるぶるぶる〜！！ 「きゃーっ！　シンのエッチー！！」 シンがシャワールームから調子よく歌いながら出てきたら、調度通路でルニャマリアに出くわしました。 そしたらいきなり、叫ばれちゃったんです！ エッチだって！ 「えっちじゃねぇ！」 シン、反撃なのです！　”えっち”っていうのは悪口です。知ってますよ！ 「エッチよ！　なんで、はだかんぼで出てくるのよー！」 信じられないー！と、ルニャマリアが更に怒鳴ります。 確かに… 確かに、子わんこははだかんぼです。でもしょうがありません。だってシャワーを浴びて毛皮が濡れているのですから。 乾かないと、服を着たってびしょびしょになってしまいます。 そんでもってそのまま寝たら『あすランさん』もびしょびしょになっちゃいます。 ルニャってば、シンよりちょっとお姉さんのくせにそんなことも分からないのでしょうか。 子わんこ、不思議なんです。 「乾かないんだもん！　パジャマ濡れちゃうだろ！　風邪引いちゃうだろ！」 そしたらアスランさんが心配するじゃんか！　とシンが吠えれば 「ばっかじゃないの！　さっさとドライヤーで乾かせばいいでしょー！」 と、ルニャマリア。ごもっとも。 そこへ、シャワーを浴びた後にそのドライヤーでもってしっかり髪を乾かしたレイが来ました。 レイはすぐに２匹の言い争ってる理由が分かっちゃいましたので(この賢さがレイの敗因です。可哀想） 「シン、俺が乾かしてやろうか？」 って言ってくれたんですけど、シンったら 「あんなの日本男児は使わないんだー！」 だって！ 「いやー！　最低ーっ！　エッチよ！　猥褻物陳列罪よー！！」 「いや…ルニャ。シンのはまだ猥褻物と呼べるほどの代物では…」 それにはだかんぼでもしっかり毛皮に埋まっていて、陳列できないサイズだし。 「ワイシャツクツチンゲンサイ？」 「シン、完全な聞き違いだ」 「セクハラ！　セクハラよー！！」 ルニャマリアがもう何を叫んでいるのか全然分からないので、シンはルニャマリアにイーッ！　して、とっとこ逃げ出しました。 でもルニャマリアは、レイが持っていたタオルを奪うと 「待てー！　猥褻物陳列罪ーっ！！」 ってシンのこと追いかけてっちゃったんです。 やれやれ。 レイはため息をついて２匹を遠い眼差しで見送りました。これからレイはお部屋に帰って、全然模擬戦の意味の無かったデータをまとめて隊長に報告しなくちゃいけません。 ああ。 きっと、今頃、その隊長もため息いっぱいついているのだろうなって。 レイは、思って、またため息なのです。 「シンのホーミングアビリティ(帰巣本能)に反応するようにできてるはずなんだろ？」 「はず、ではどうにもならん」 額に深く皺を刻む憂い顔も麗しい隊長は、思いの外お疲れのようだ。 無理もない。 ケルベロスに搭載された『ブラックファング』確かにノンリーサルウエポンではあるが、今日のような状況では実用はほど遠い。 いや。 機動性、破壊力、『オルトロス』の作ったシアター内部での動きには申し分ないが、つまり、「人を殺さぬ兵器」としては使えないと言うことだ。 「あのザクだって、『Ｄ』になんとか納得してもらって予算内で用意したんだぜ？」 そう言ってディアッカは 「その代わり、奴らがこちらの宙域で仕事をしているのを見逃してやっているんだ。借りは無い」 との隊長の辛辣な言葉には肩を竦める。 「殺傷能力の無い物を兵器とは言わん。ノンリーサルウエポン等と銘打ってはいるが、『ブラック・ファング』が”まともに使用”されれば今回のＤＯＬのようになるのは必須だ」 「この間の戦争じゃぁ動物愛護団体がいきり立ったからなぁ」 「エクステンデット・アニマルとコーディネイタードッグが初めてＭＳに投入されたからな」 「それでノンリーサルってもなぁ。風当たりが柔らかくなるとは思えないけどー？」 「分かっている！だが『ケルベロス』には次世代型ＭＳのプロトタイプの意味もあるのだ！」 「どっちにしてもさぁ」 「…ああ」 大事なのは、基本！　なのです。 「そういう訳だ。貴様にも協力してもらうぞ」 「協力って…。…じゃぁ、とりあえずケルベロスの設計書……」 「そういう協力ではないわ！　馬鹿者！」 「なんだよ！　民間人に協力して欲しいって言うなら、もうなんだって同じだろ？！」 「違う！　飼い主としての責任を取れということだ！趣味を持ち出すな！」 画面の向こうで、チってお下品な舌打ち。 「言っておくがな。見返りも期待するなよ」 「えー？」 「やめろ、その小僧と同じ口調」 「だって俺のトコ来た時には、もうあの性格は確立されてて…」 だけどやっぱり。 大事なのは、基本！　なのです。 「シン、待て！」 突然。 シンのお耳に大好きなご主人様の声が聞こえてきたんです！　ご主人様が待て！って言うので、シンは咄嗟に待たなくちゃって思いました。 当然、『ブラックファング』も静止状態。 「シアター安定率１２０％。『ブラックファング』、いいぞ！」 レイが言うとすぐまた 「シン、よし！」 ってご主人様が！　シンはよしって言われたので、『ブラックファング』を飛ばしました。 『ブラックファング』は模擬戦用のダミーちゃんを追いかけて、見事に破壊して行きます。 「この辺はまだ難しいか」 「狙いに関しては、小僧の判断だからな…」 隊長、ちょっと渋いお顔。 「シアター内の敵機全滅」 レイがご報告。そしたらまたまた、 「よし、シン」 ご主人様の声が、 「取って来い！」 「……………」 「……………」 「……………」 「……………なぁ」 「……………」 「あれ…何してるんだと思う？」 ディアッカに問われても、隊長は何も答えたくありません。 上手くいくと思ったのに。途中までは、上手くいってたのに…。 どうやら『ケルベロス』の機能をちゃんと活かすには、子わんこに基本の躾をちゃんとお勉強させないと駄目のようです。 正面のメインスクリーンの中、あっちへちょろちょろこっちへちょろちょろするＺＡＦＴ最新型ＭＳ『ケルベロス』。 「わーん！　つかまんないー！」 「シン！　戻るように命令してコントロールするんだ！　本当にお前が取りに行ってどうする！」 「だってアスランさんがー！」 レイとシンの交信が流れるブリッジで、皆一斉に大きな溜息。 がんばれシン！ 吠えろ！　ケルベロス！ もっとがんばれレイ！ さらにもっとがんばれジュール隊長と最前線のゆかいな仲間達！ ジュール隊の長期休暇は、当分ないようです。 子わんこの部屋へ戻る