僕の彼女は変身しちゃうの
早瀬の恋人は、変身しちゃうのだ。
昼間の彼は、なんていうか、もの凄く「室長」だ。
自分のボキャブラリーのなさが情けないが、ほかに何とも言いようがない。
いやだって。
びっちり黒スーツ着込んでロボット乗るなんて、JUDA特務室室長以外にドコにいるんだよ。
「何をやっている、早瀬」
牧の説明を聞き流しつつ、ぼんやりとヴァーダントから降りてくる室長を見ていたら、その降りて来た人に怒られた。
「難しかったかな？」
頭をかいた牧に、森次は早瀬を冷たい目で見下ろしながら言う。
「すみませんが、もう一度説明してやってください」
それから、声まで冷たくなって。
「ぼんやりするなら後にしろ。お前なら、きちんと聞いていれば理解できない話じゃないだろう」
「ハイ・・・」
ヘタに抵抗すると完膚なきまでにやられる。
ぼんやりしていたのも確かなのでとりあえず謝って、早瀬は資料に目を落とした。
きちんと聞いていれば、理解できない話じゃない。
それはまったくそのとおりで、それをわかってくれてるのが嬉しいやら悔しいやら。
だから思わず、早瀬は性懲りもなく横目で室長を見上げた。
きちんとのりの利いた袖口から伸びた手が、書類の上をすうっと滑ったのに目を奪われ。
しかしすぐさま、レンズの向こうの長い睫に彩られた、漆黒の瞳に睨まれて、慌てて自分の資料に集中する。
くそ。
何なんだよ、このヒトは。
「自分の仕事をしないのなら出ていけ、早瀬」
「わかってますよ。すいませんでした！」
ヤケクソで叫ぶ早瀬を、冷たいままの瞳で一べつし。
森次は牧から資料を受け取ると、そのまま背を向けて行ってしまった。
でも。
昼間は冷たくてカタい早瀬の恋人は、変身しちゃうのだ。
夜は、違うヒトになっちゃうのだ。
いったん、口を離した森次は、少し焦れたように、ネクタイを外して床に放り出した。
滅多に見られない、乱れた襟元からのぞく胸元に目を奪われたとたんに、それはもう、見えなくなって。
また、口に含まれる。
森次さんは、すごく上手だ。
柔らかく舌先で包んでくれたかと思うと、次には激しく出し入れされて、喉の奥まで突き当たったかと思うと、そのまますぼめた唇から勢いよく引き出されて、うっかりそのまま射精しそうになった。
「・・・おい」
イきそうになったのがバレたのだろう、欲情に濡れた瞳に睨み上げられ、昼間とは違う戦慄に、早瀬は背筋を震わせた。
「すいません。・・・だってアンタ巧くて」
普段なら、口答えすれば無視されるかやっつけられる。
でも、今は。
早瀬のものを、ほんの少し前まで含んでいたその唇で。早瀬のものに、今にも触れそうなその位置で。
ふ、と、たまらなく淫らに笑って。
「当然だろう」
そんなことを言って、そのまま。
早瀬を座らせたベッドに乗り上がり、ぐいとばかりに少年の体を押し倒した。
肩を強く押さえ込まれたまま、艶やかな唇がつけっぱなしのデスクライトを映して、とろりと光るのを見上げてしまう。
かちゃかちゃと、その場にそぐわない金属音。
それがベルトを外している音だと気づくと、早瀬は慌てて手を伸ばし、乱れた胸元をもっと広げるべく、シャツのボタンを外していった。
あらわれた白い胸。
そこにむしゃぶりつけば、頭上で軽く笑う声。
衣擦れと一緒に、少し頭を押し返されて、横目にむき出しの脚が、スラックスから引き抜かれていくさまが見えた。
ごく、と、早瀬の喉が鳴る。
昼には絶対見せない顔で、森次がまた、笑う。
「欲しいか？」
「欲しいの・・・アンタじゃないですか」
強がると、森次の笑みが深くなった。
つり上がった口の端が、ぞっとするほど艶めかしい。
「そうだな」
その唇が、つうっと近づいて、黒々と濡れた瞳と目が合った。
見下ろす瞳が上目遣いになると、なんでこんなにイヤラシイんだろう。
「早く寄越せ」
ああもう、ここまで言われて頑張らなきゃ、オトコじゃないじゃないか。
このまま乗られるのも癪なので、早瀬は、のし掛かっていた肩を押して。
ころりと転がったその上に、今度は自分がのし掛かった。
恋人の、望み通りに。
痛みを感じない森次は、少し慣らしただけで早くとせっつく。
俺が痛いんですだの何だのと言いつつも、煽られ続けた早瀬だって早く入りたい。
入ったら入ったで、この人はナカも凄いので、簡単に絞られないように、早瀬だって頑張る。
「っ、ぁ・・・・」
「・・・っ！」
それでも、不意に腰を揺すられたりすると、ウッカリ持っていかれそうになる。
ケド、ガマンだ。
「ふ・・・っ」
ねっとりと絡みついてきたかと思うと、絶妙のタイミングで締め付けてきたりするソコは、夜のこの人そのものの淫らさで、どうしようもなく興奮する。
その中をせっせと動き、早瀬は、この淫らな恋人を気持ちよくさせてあげることに没頭する。
自分のモノの程は知っているけれど、それでも、できるだけ奥まで届けてあげる。
だってこの人、奥で出されるの、大好きなんだもの。
そんなことを考えていると、急に、腰に長い脚が巻き付いてきた。
うわ、と、思う間もなく髪を掴まれ引き寄せられて、剣呑な光に濡れた瞳にのぞき込まれる。
「何を、考えていた？」
ぎゅ、と、ソコまで締められて。
搾り取られそうな危うさに、きゅ、と歯を食いしばってガマンして。
「アンタのコトに決まってんでしょうが。この状態で他にナニ考えられるってんですか」
そう、やっとのことでぼやくと。
「そうか」
ならいい、とばかりに答えた森次は、しかし絡めた脚もソコも、離してはくれなかった。
いつものことだ。
「なら、もう少し頑張れ」
「少しじゃ満足しないクセに！」
このヒト、自分が満足するまで、絶対離してくれないから。
だから。
早瀬は、もう少しじゃなくて、もっともっと頑張るために、歯を食いしばった。
早瀬だって、この人と気持ちよくなることが、もちろん、嫌いなわけがないんだから。
かちゃ、かちゃ、と食器の触れ合う音で目が覚めた。
漂って来るのはコーヒーと、パンの焼ける香ばしい匂い。
腰が重い。
まだ、起きたくない。
でも、このまま寝ていると、起こしに来た森次に布団から引きずり出されるのが目に見えているので、仕方なしにもぞもぞと起き出す。
見上げれば、昨日引っぺがされた制服はちゃんとハンガーに掛けてあり、新しいシャツと下着が枕元に置いてあった。
まあ、いつものことなんだけど。
なんでこう、無駄に完璧なんだろうなぁ・・・
ため息をつくといつまでも寝ている早瀬に業を煮やしたらしい森次が、本格的に呼びに来た。
「早瀬、いつまで寝ている」
シーツが洗えない、と所帯じみたことまで事務的に言って来る彼は、もう、昼間の顔になっていた。
それでも。
「あの、森次さん」
真っ白いシャツの襟元が、まだ、緩められていて。
少しだけ、夜の気配が残っていたから。
「昨日言い損なったんですけど、あの」
ひとつだけある「お願い」を、早瀬は口に出しかけた。
「俺の飲んだ口で、キスするの・・・・」
「何だ」
早瀬を見下ろす漆黒の瞳は、冷たくて硬い、黒曜石だった。
とっても怖い、上司の貌。
「・・・いえ、なんでもないです」
ふるふると首を振ると、早瀬は枕元の着替えを掴み上げた。
シャツには糊まできいていて、掴んだ早瀬の指先を、さらりと弾いて。
早瀬はひとつ、大きな大きなため息をついた。
そんなトコも好きなんて。
自分もたいがい、どうかしてると思いながら。