僕の大事なもの
真木は、兵部の体を、それはそれは大事に扱う。
兵部にとっては、既に死んだはずの、ただの肉の塊でしかないものを。
まるで、宝物のように、扱う。
体じゅうに手のひらを這わせ、舌を這わせ。
もう止せと泣き出すまでとろかしてから、更に時間をかけて、ゆっくりと、中に入ってくる。
そうして、今度は体の中から兵部をとろかして。
気を失うまで、ただ、気持ちよくさせるのだ。
「僕がどうでもいいって言ってるものを、お前が大事になんかするな」
兵部がやっと口を開いたのは、湯から上げられて、体を拭かれているところだった。
体の中を綺麗にされているあたりから、ぼんやりと意識はあったのだが、起きるのも億劫で、そのままぼんやりと半分寝ていた。
真木は、意識を失った兵部を扱うのも巧い。
時には、洗われている最中でも気づかず、そのまま朝を迎えることも珍しくはない。
「あなたがどうでもいいと言うから、俺が大事にするしかないんでしょうが」
その大事な体を柔らかなタオルで拭いながら、真木は答える。
その手つきもまるで壊れ物を扱うようで、兵部はひとつ、ため息をついた。
「ほんっとうに」
別のタオルで体を包まれ、そっと抱き上げられながら。
「お前は、僕の言うことを聞かないな・・・」
そうぼやくと、その唇にキスが降りてくる。
応えようと舌を差し出すも、それを柔らかく噛まれただけで、それは離れて行ってしまった。
「言いなりになる人間なんて、あなたは嫌いでしょう」
「そんなことないさ」
そのままベッドに運ばれて、お預けされたキスの続きをもらう。
言いなり以前に、真木は、兵部のしたいことを察してしまう。
もうだいぶ辛いだろう体のために、深い官能には触れないように。
しかし、程良く気持ちのいいキスなんて、真木にしかできない。
ちゅく、と離れた唇をオマケのように舐められれば、もっと、とねだる必要がない程度には満ち足りてしまう。
それでも兵部は顔を上げ、自分を緩く囲い込む、逞しい腕に口づけた。
兵部にとっては、この体の方が、ずっと、ずっと大事だというのに。
その腕に残る、先日の銃弾の跡を丁寧に舐めながら、その部分の新陳代謝を上げていく。
一度にやっては細胞に負担がかかるから、まだ少し、痕跡の残る状態で、二の腕の方へと唇を移す。
あと、２、３回で、この傷は消してしまうつもりだ。
しかし、自分の失態でこの大事な彼の体を傷つけてしまったことには変わりない。
それを引き起こした自分にムカムカしながら、二の腕の盛り上がった筋肉を舌先で愛撫して。
それから肩をぺろりと舐めて、固い肉に、甘く歯を立てる。
大事な、大事な僕の真木。
お前は、僕のことなんか好きになっちゃいけないのに。
こいつは、本当に僕の言うことを聞かない。
赤く付いた歯の跡を、ぺろり、ぺろりと重ねて舐める。
自分の唾液に、彼の肌の味が混じるのがたまらなく、くふんと鼻を鳴らして今度は首筋をかじる。
兵部のことは隅々まで洗っても、彼は子供の頃から何度注意しても、このあたりを洗うのは苦手なのだ。
案の定、まだ残る汗の匂いに陶然となり。
もっと欲しいと舌を押しつければ、急にその気持ちのいい匂いも舌触りも消えてしまった。
「・・・少佐」
気が付けば、兵部はベッドの上へ押し倒されて。
情欲を湛えた男の瞳が、猛々しく自分を見下ろしていた。
ぞくぞくと、背筋を甘い痺れが駆け上がる。
濡れるはずのない場所が、潤んでくるような気さえする。
背中に感じるシーツの滑らかさも、タオルの柔らかさも、もう、官能を煽る役目しかしてくれない。
こんな目で見られるのは大好きだ。
特にに、この相手には。
「真木」
やさしく呼んで腕を伸ばせば、今度は喉奥まで犯すようなキスが落ちてきた。
もちろん、今、それを兵部が望んでいるからだ。
本当に気が利く彼は。
しかし、兵部の本当の願いは聞き入れない。
いや。
本当は、兵部もこの関係性を失うことを恐れていることも、真木は知っているのだろう。
キスをしながら、大きな手のひらが腹部を撫でさする。
ついさっきまで、そこに自分が入っていたことを思い出させるように。
その手のひらにまんまとはまって、腰を跳ね上げさせた兵部のそこを、今度はしっかりと押さえ込み、今度は肉の薄い尻を揉みしだく。
男の尻なんか触っても、全然面白くないだろうと思うのに、彼はこうするのが大好きで。
だから、兵部もこうされるのが好きになった。
「ん、ふぁ・・・・」
軽くイくような感覚を味わうと同時に唇を離されて、唾液と一緒に変な声が溢れ出た。
その声ごと舐め取るようにまた口づけられて。
同時に、一度洗われたはずのそこへ、骨太の指が入ってくる。
そこはまだ、濡れて、とろけて・・・まるで、性器のようだった。
「んんぅ」
首を振り、身をよじって上下の口から真木を引き剥がす。
そうして、欲に潤んだ黒い瞳で真木を睨み、赤く熟れた唇で、「ばかやろう」と囁いた。
それだけの仕草が、どれだけ男を煽るのか、兵部はわかっているようでわかっていない。
この、大事な体をすぐさま貪ってしまいたい衝動を、荒い息をつくことで殺した真木に、兵部はちいさく笑って言った。
「風呂に二回入ったら、逆上せるな」
既に、発火しそうに熱い肌を擦り付けてくる兵部に、真木は至極真面目に答えた。
「風呂でするより、マシでしょう」
「ははっ」
笑った隙に体を離されて、能力を使って引き戻そうとするも、彼が手に潤滑剤を取っているのを見かけてやめてやる。
そんなものなくても、入るのはわかっているけれど。
それでも、この体を大事に扱う真木が、そうしない訳がないということも、わかっているからだ。
自ら脚を開いて真木を誘い、腿を掴み上げられて甘く喘ぐ。
手のひらで温められた粘度の高い液体が、太い指に絡められ、ぬちぬちとそこを濡らしていく。
焦れて腰を浮かせれば、思わぬところへ指が当たって、思わず高い声が出た。
「あンっ」
男を誘う声だと、自分でも思った。
こんな、使い古しのいやらしい体でも、真木は大事そうに抱き抱えて。
「あまり、可愛い声を出さないでください」
そんなことを言ってくれるから、笑ってしまう。
「ふふっ」
そんなことを言うお前が可愛いよ。
そう思っても、言葉にはせず。
「可愛い？」
そう言って、身内にはあざといだのやり過ぎだのと評判の悪い笑顔を向けてみれば。
「はい」
真顔でそう答えた真木は、ちゅ、と軽いキスをして。
「とても・・・可愛いです」
そう囁くと、ゆっくりと、兵部の中へ入ってくる。
「ふ、ぁ・・・・・っ」
慣れた熱さに押し開かれる感覚は、快楽よりも幸福感が勝った。
しかし、感じる深みをずくずくと突かれれば、たまらない悦楽に、泣きじゃくる羽目になる。
「ふぇ、や、あ、あ、ああっ・・・・」
体の中の深いところを、許し切って預けられるのは彼だけだ。
兵部は、その唯一の体にしがみついて。
ただ、声を上げ続けた。
「僕はさ」
二度目の湯に浸かりながら、兵部は自分を抱き支える真木へ、やわらかな声で囁いた。
「お前には、幸せになって欲しいんだけどなぁ」
こんな化け物なんかに、構っていないで。
ちゃんと、幸せになってほしいんだけどなぁ。
しかし、それがわかっているだろうに、真木は大事に、だいじに兵部の体を抱き締めて。
「あなたが今、ここにいる。これ以上の幸せはありません」
そう言うと、濡れた髪にキスをした。
ああ、本当に。
こいつは、僕のいうことを聞かなくて。
なのに、僕の欲しいものばかりを、くれる。
「じゃあ、真木」
自分の横の湯面に浮いた、炭素繊維の先を指に絡め。
すぐ側にある、精悍な顔を見上げながら。
兵部は、精一杯いたずらっぽく笑った。
「僕のことも、幸せにしろよ」
自分にとっての幸せが何なのか。
兵部にも、もうよくわかっていないのに。
そんな無茶振りをされた真木は、それでもちいさく、しかし幸福そうに笑って。
「はい」
いつものように、そう答えた。