Berserker
それは、久々の爽快感だった。
操縦感を握った手が、大きな力をはらんで、敵のアルマに叩きつけられる。
そのまま、メインシャフト・・・背骨を握ると、敵の真ん中に放り出した。
爆音。
爆風を、直接感じないことが、むしろ不思議で。
しかし、それさえももう、どうでもいい。
森次の体は今、生まれ持った闘争本能に支配されている。
戦うための因子「ファクター」が。
戦うための兵器「マキナ」をかって。
戦う。
そこは、自分が一度死んだ、富士の樹海に似た森だった。
自然遺産がどうこうと、若い諜報部員が言っていたが・・・森次には、今、そんなことはどうでもいい。
踏み出した巨大な足で木々を折り、側面からの銃撃を、バインダーを広げることで遮ったヴァーダントは、そのまま、その裏から二本の刀を掴み出した。
刀を扱う訓練は受けた。
剣道よりも実践的なそれは、暴れることしか知らなかった少年の動きを、より洗練されたものへ。
より、凶悪なものへと変えた。
ひと振りで、目の前に迫ったアルマを両断すると、返す刀でもう一体を屠る。
そこいらじゅうに、敵、敵、敵、敵。
「は、はは・・・っ」
思わず、笑い声が漏れた。
これが、全部叩き潰し放題だなんて。
なんて。
なんて、愉快なんだろう。
刃こぼれをした刀を投げ捨てる。
それに気を取られた一体の首を、もう片方の刃で切り落とし。
面倒になって、片手で二本、刀を掴んだ。
なるほど。
ヴァーダントから与えられた情報のままに、指にその二刀を挟む。
指で支え切れない力を受ければ、外れるより先に刀が折れるか。
バインダーには、まだ１２本の刀が格納されている。
ああ、十分だ。
打ち下ろされた槍を二本の刃で受け、絡め折りながら、思う。
十分だ。
繰り返したのは、行き過ぎた高揚にぶれた意識か、それともヴァーダントのものだったか。
そんなことはもう、どうでもいい。
斬、斬、斬。
装備には、サブマシンガンも追加されている。
これも使ってみたいのだが、今は斬ることが楽し過ぎた。
一体斬っては次に迫る。
腕が勝手に急所を狙う。
微妙に照準をそらしてくるヴァーダントを、鼻で笑う。
コックピットをわずかにそれた刀身は、それでもアルマの胸部を絶ち斬った。
恐怖に見開かれた操縦者と、一瞬、目が合った。
ように、思った。
気のせいかも知れないが。
もとより、ヴァーダントは右目がない。
森次が壊してそれっきりだ。
すぐに次の敵に移された左目が、捨て置かれた敗者に留められたとは思えなかった。
斬られた仲間を踏み越えて、前後左右を同時に攻められる。
後ろは捨てた。
斧のような大刀を、肩に受ける前に左と前を。
受けながら、その衝撃を膝で殺し、むしろその力を軸において振り返りつつ、右。
そうして、青い機体の肩に、獲物を食い込ませ奪われた後ろの敵を。
葬る。
そのとたん、なんだか急に静かになった。
それでも、かすかに聞こえた破砕音に目を上げれば、遠く、背を向けた機体が見えた。
視覚以外の、「何か」でとっさに距離を測り、その背に向かい、無造作に腕を振る。
最も力の乗ったところで放たれた刀は、狙いあまたず、アルマの背中へと突き刺さった。
あたりを見回す。
ばきばき、どん、と、先ほどのアルマが木々を押し潰して倒れる音がして、今度こそ、本当に静かになった。
動くものは何もない。
なんだ、もう終わりか。
つまらない。
血泡を吹いた唇をへの字に曲げると、スピーカーから、初めて聞くほどの、ためらいがちな石神の声がした。
「あー、・・・・森次君」
そうして初めて、我に返った森次は。
自分が巻き起こした周囲の惨状に気づき、
失血や呼吸困難のためだけでなく、ざっと青ざめたのだった。
「いやあ、まさか、ここまでやるとは思わなかったねぇ」
「・・・すみません・・・・・」
怒ってないよ？と、軽い言葉で言う石神は、怒ってはいないだろうが、少なくとも呆れてはいるだろう。
コンテナの外で、回収班が駆け回っている気配がよくよく伝わってくる。
とりあえずの応急処置を施された森次は、作り付けのベッドに転がって、蛍光灯で逆光になって、わかりにくい石神の表情を読みとろうと目を凝らした。
敵アルマ１９体、すべて全壊。
ヴァーダントの右肩は大きく裂け、右腕はかろうじてぶら下がっている状態だった。
森次自身も、右腕がちぎれ、右肺も肋骨ごと半分潰れ、衝撃で右腎と腸の一部も、どうやら破損しているらしい。
「なんて言ったらいいのかな？今の君には、難しいかもしれないけれど・・・・」
「冷静に」
石神が言葉を探しているうちに、はじめに思われていたよりも、ずっと賢かった少年は、天井を見ながら正解を、かすれた息でつぶやいた。
「なれるように、努力します」
思えば、英治との間がおかしくなったのも、自分のこの悪癖が出るようになってからだった。
戦うことは、正直楽しい。
とてもとても、楽しい。
しかし、それでは駄目なのだ。
たくさんのものを壊してしまう。
そうして、その中には、決して戻らないものも、当然、ある。
それは、自分が折った、樹齢数百年の木々であり、そうして。
「・・・・俺は、何人殺しましたか？」
「まだ報告は来てないよ」
その最たるものは、ヒトの命だ。
たぶん自分は、コックピットから狙いを逸らしたヴァーダントに、感謝しなくてはならないのだろう。
「ここでこれを言うのも、何だけどね」
しかし石神は、追い打ちをかけるように厳しい言葉を投げかけた。
「ヒトを殺すことが、必要になることだってあるよ」
少年は、黒目がちの目を大きく見開き。
しかし、先ほど自分が言ったとおり、冷静に。
冷静に考えて、答えを出した。
「でも、今はそうじゃなかった」
戦うのは楽しい。
その性質は、戦うには向いているのだろう。
しかし、それをコントロールする術を覚えなければ、自分はまた、壊してしまう。
そう、うつむいた少年に、見た目よりも更に年長の男は、軽く、軽く笑いかけた。
「そうできなかった、だけだろう？」
少年は、唇を噛んだ。
口の中の血の味は、肺や胃から上がってきたものか、それとも、新しいものか。
そうだ。
自分がもっと、巧く戦えていれば、誰も死なずに済んだのだ。
「それに、今は殺してでもアレを守るべきだったんだし」
手元の資料に写された、ヒト型を取らぬマキナの姿をちらりと見て。
そうして、石神ははっきりと言った。
「それが、君の仕事だったんだからね」
「・・・・・・」
少年は、頷くことも、首を振ることもせずに。
ただ、じいっと上司の顔を見上げていた。
ただ、じいっと。
その後、森次のあまりの変わりように、石神社長が「それはそれでつまらない」とぼやいて、緒川女史にぶん殴られたのは。
まあ、だいぶ後の話だった。