縛
「よし、できた」
結構巧くできたかも、とご満悦な英治を、玲二はたっぷりと艶を含んだ瞳でとろりと見上げた。
「どう、玲二？」
教本片手に小首を傾げてくる英治に、玲二は、少し考えてから、答えた。
「・・・物好きだな」
「趣味が良いって言って欲しいな」
すかさず返ってきた言葉に、ため息をつく。
しかし、そのため息は熱く湿っていて。
英治を、にんまりと笑わせた。
「玲二だって、ボクにこうされるの、スキだろ？」
玲二はそれには答えず、目を伏せて、わずかに身じろいだだけだった。
それでも英治にはわかっている。
手元の教本を閉じて、じっくりと玲二を見下ろす。
今さっき、自分の手で縛り上げ、床に転がせた玲二の体を。
荒縄で後ろ手に括られた腕は、更に肘のところで青竹を通されて、身動きを封じられていた。
後ろから回った縄は、二重、三重に胸へと回され、首に掛けられた縄と交差するかたちで括られている。
女性モデルならば、ここで胸が強調されるところなのだろうが、生憎玲二にはそれがない。
そのかわり、無駄な肉のない胸板に、みしみしと縄の食い込むさまは、縛った時の手応えももちろん、眺めているだけでも十分に楽しい。
それに。
あー、首に縄って、なんかスゴくイイなぁ。
喉元に結び目を置いているので、少し苦しいのだろう。なめらかな喉が時折ひくりと震え様子が、酷く淫靡だ。
今度、首だけ括ってどこかに繋いでみようかなぁ。と楽しく英治は夢想ずる。
痛いのがわからない玲二も、苦しいのはわかるから。ちょっと反応が違うのも、楽しい。
足は自由にさせているが、膝を擦り合わせるようにして、玲二は床に横たわったままだ。、
彼なら腹筋だけで起きられるはずだから、こうしているのは英治への服従の証だった。
肌にまとわりつく白い単衣は、はだけさせ過ぎたと思ったけれど、実際縛ってみるとそうでもなかった。
肌に食い込んだ縄目も相まって、いいカンジのチラリズムだ。
奥が深いなぁと、英治は思う。
でも、なんだか物足りない。
ああ、そうかと思い立って、予備の青竹を手に取り、その先で、太股を隠した単衣の裾を、つい、と捲り上げた。
現れたのは、目にも鮮やかな牡丹の刺青。
白い肌に、紅い華のよく映えるそれは、英治が入れさせたものだった。
英治とプリテンダーの間ではそうもいかないが、玲二とヴァーダントの間では、互いの傷を修復せずに、そのままにしておくということができるらしい。
ヴァーダントの右目しかり、玲二のこの、刺青しかり。
玲二がわずかに目を上げて。
そうして、すぐに長い睫を伏せた。
うーん、カンペキ。
その姿は、英治の支配欲を、十分に満足させるものだった。
この刺青を入れてやった時のことを思い出す。
本当は自分でやりたかったけれど、正直絵心には自信がなかったので、仕方なしに、プロに頼んで彫ってもらった。
他人の手が玲二の体に触れるのは、正直気持ちのいいものではなかったけれど、仕上がりを見てみれば、まァ、これならいいかと英治も思える出来映えだった。
彫り師からも、男とは思えない肌理だと絶賛された肌の上、紅い牡丹が華やかに咲き誇っている。
痛みを感じないはずの玲二は、それでも墨を入れている間中、声を殺して震えていた。
その様子を思い出し、英治はニヤリと頬を歪めた。
「これ入れた時さ、おまえ、随分カンジてたよな」
つう、と、竹の先を肌に伝わせ、紅い華を愛撫する。
縛ったら、しばらくは直接触ってやらない。
その方が、玲二には堪えると、知っている。
「そんなところを・・・始終触られていたら、仕方がないだろう」
わずかに抵抗を含んだ答えは、しかしひどくかすれていた。
それがおかしくて、また、笑う。
「だから、内側はやめてやっただろ」
「・・・・・」
答えはない。
ただ、熱い吐息だけが、牡丹のように赤く染まった唇から、漏れた。
英治の行為が、次第にエスカレートしていくことを、玲二は止められないでいた。
滅多に肌を見せない生活をしているせいで、刺青も行為の跡も、知られることはないと、わかっているせいもあるのだが。
英治の視線が、肌を這う。
ねっとりとした質感さえ伴ったそれに、ふるり、と肌を震わせる。
縄の縛り目がきしりと鳴って、圧迫された胸から、自然と呼気が漏れて出た。
「ん・・・・っ」
その息には、たっぷりした熱が籠もっていて。
瞼を上げずとも、英治の気配が笑っているのが、わかった。
自分の体が、この行為を喜んでいる。
加速していく英治の欲求を、受け入れることに快感を感じてしまっている。
その事実を受け入れるには、思いのほか抵抗がなかったのは。
「・・・英治」
伏せていた瞳を緩慢に上げる。
「何？おねだり？」
想像通りの、英治の笑顔。
それは、歪んだ欲望をありありと見せているというのに、あの雨の中見たそれよりも、ずっといいと思った。
ずっと、好きだと、思った。
「・・・・・・・・ああ」
不自由な首で頷くと、喉が圧迫されて息が途切れた。
背中で、縄と青竹が、ぎい、と音を立てる。
「どうして欲しいか、言ってごらん」
喜々とした英治の声。
答える前に漏れた吐息は、熱く濡れてかすれていた。
「・・・・・っ、入れて、くれ・・・・」
英治はそれを、叶えてやった。
従順に喘ぎ泣く玲二の姿は、とても、とても可愛かった。