あったかい手 ２
「ふん、誘ってくる貴様も悪くはないか」
「誘ってるわけじゃ、な・・・んんっ」
うるさい口に噛み付いてふさぐと、イザークはアスランの腰を抱き寄せるついでに、重心を移して細い背中をソファへと倒した。
「っ、ここでする気か・・・？」
「貴様が誘ったんだろうが」
「だから、誘ってな・・・、うわやめ」
「やめて欲しかったら、本気で抵抗するんだな」
「なに言・・・っ、あっ」
シャツの下に這い込んだ手のひらに、アスランはたまらず声を上げた。
イザークは、この体を知り尽くしている。
緩く胸を撫でながら、しかし爪先で敏感な場所を引っ掛けていくやりかたは、アスランの熱を、否応なく上げていく。
「んんっ・・・あっ」
「相変わらず敏感だな。俺がいない間、あのバカ犬にサカられたりしてるのか？」
「ばかい・・・シンは、ちがっ・・・」
「貴様は違っても、向こうはどうかわからんぞ」
手早く服を脱がせながら、イザークはアスランのほの赤く染まった肌と、しなやかな肢体を、目でも楽しんだ。
こんな旨そうな肉を目の前にぶら下げられ、それでもずっと我慢しているのだ。あの犬も、以外に躾がなっているじゃないか。
「だから、違うと」
「ふん、そういうことにしておいてもいい」
流され易いアスランのことだ、その方が、イザークも安心というもの。
戦場を退いても、この男を力ずくで押し倒せる人間など、自身を含めてそうはいない。
口ではうるさく言いながら、アスランの腕は、本気でイザークを殴らないし、ばたつく足は、必殺の蹴りを放つことはない。
それが、イザークの機嫌を良くしていく。
さわりと脇を撫で上げれば、切なげな吐息が洩れる。
敏感な肌に煽られて、立ち上がってきた前を指先でなぞり、どうしてやろうかとイザークは口元を歪ませた。
すると、大人しく喘いでいたアスランが、翠の瞳をきらめかせ、不意に起き上がってキスを仕掛けてきた。
「んっ・・・ん」
挑むようなキス。
互いの舌が、まるで競うように相手の口腔を探り、絡み合い、感じ合う。
そんなキスのさなかに、アスランの手は、やっと観念したのかと、密かに笑ったイザークの下肢に伸びて。
「んんっ・・・ふ、んくっ」
手探りでベルトを外し、ファスナーを引き下ろし。
そうして、長い、器用な指がイザークのものに触れ、慣れた手つきで半ば反応しかけていたそれを、自分の望む大きさに育てていく。
それに応えてやるように、イザークもアスランの腰を軽く引いて浮かせ、その奥へと指を伸ばした。
「っ、濡らせ、馬鹿・・・」
「濡らさなくても入るだろうが」
実際、アスランの中はイザークの指をずるりと受け入れて、熱く粘膜を絡み付かせていた。
「入っても、痛っ、い」
その声が苦しげなのが、痛みだけのせいではないことを、イザークは知っている。
「嘘をつけ、中はぐちゃぐちゃだぞ」
「それは、お前が弄るからっ」
言ってしまってから、ばっと頬を染める迂闊さを、嘲笑うことなく愛しいと思うようになったのは、何時のことだったか。
「俺が弄るから、何だ？」
「っあ！」
指を増やし、感じる場所を擦り上げ、締め付けてこようとするそこを押し広げながら、イザークは揺れる肢体と、指をあたためる彼の体温を楽しんだ。
ああ、本当に、こいつは気持ちいい。
うっかり口元を緩ませてから、すぐさまそれを引き締めて、イザークはしっとりと濡れた指をそこから引き抜いた。
「乗れよ」
楽しそうな薄氷色の瞳を、ちらりと覗き込んだアスランは、震えそうになる膝を、ごまかしながらぐっと立てた。
イザークに散々弄りまわされたそこは、濡れて、疼いて。
彼を、欲しがって。
再び触れたイザークのものは、さっきよりも熱くて、アスランを満足させる。
それを、欲しい場所にあてがい、促す隙を与えないままに、アスランはすぐさま腰を落とした。
「あ・・・・っ」
押し開かれる痛みも、快楽のスパイス。
耳元で荒く吐かれた、イザークの吐息が嬉しくて。もっと寄越せとばかりに腰を揺すりながら、何かまた、やくたいもないことを言おうとしている唇にむしゃぶりつく。
うるさく言われるのは、嫌いではないけれど。
今はそれよりも、気持ちのいいキスが欲しい。
繋がっているときだけ許される、彼の、遠慮のない熱が欲しい。
「ん、んっ・・・あぁ・・・・」
熱く、淫らなアスランの中に、久しぶりだったイザークは危うく持っていかれそうになり、しかしプライドにかけて踏みとどまった。
それを、熟れて敏感になった内で感じ取り、アスランは思わず笑みをこぼす。
「イきたいなら・・・さっさと、イったら・・・どうだ？」
その言葉に、イザークもまた、笑い。
「フン、へたくそっ！そんなんで・・・イけるかっ」
「こ・・・のっ」
罵り合った唇で、また、熱い口付けを繰り返す。
交じり合う体液。交じり合う体温。交じり合う、体。
それでも、決して、交じり合うことのない存在。
それが嬉しくて、心地良くて。
「あ・・・っ」
「っ、ク」
達した後も、体も離さず、互いにイタズラするような愛撫でじゃれ合った。
「次は、ベッド・・・」
「かまわんだろう、ここで」
「かまう・・・っン、シーツより、これ乾かないんだぞ」
地の厚いソファカバーを掴み締め、ちいさく喘いだアスランは、不意にドアの向こうに気配を感じた。
身に染み付いた軍人の習性は、ほとんど無意識でそちらに意識を向け。
イザークも、それは同じなのだろう。アスランの首筋に唇を押し当てながら、視線だけが、開いたドアを向いていた。
片手に持ったカップに、コーヒーでも足しに来たのだろう。ドアを開けたシンは、一瞬だけ、固まって。
「あんたたち・・・隠せよちょっとは！」
怒鳴った少年の声は、しかし密かに半泣きだった。
「ん・・・いいだろ、別に。もう家族みたいなものだし」
アスランは、そう言いつつも、さすがに恥ずかしいのか、イザークの上からずるりと下りる。
幸い、アスランの体の影になり、その場所まで少年の目に曝されることはなかったが、ちゅく・・・と濡れた音と、甘く艶づいたため息が聞こえてしまい、シンはいたたまれなさを大声で隠した。
「家族でも隠すんですよ普通！」
しかし、彼はろくに家族を持たなかったアスランに、それを説く無意味さを、未だにわかっていない。
苦々しく舌打ちしながら、イザークはアスランを小突き、シンに怒鳴り返した。
「そーいう問題か、ボケ。てかわかってんなら出てけシン！」
「言われなくても出て行きますよこんな家！」
なんだかお決まりなセリフを吐いて、本当に玄関から飛び出して行ってしまったシンの背中を見送って、イザークはため息をつき。
アスランは。
一度、ぽかんとしてから、ふうっと花開くように、笑った。
「何ヤニ下がってやがる」
不機嫌そうなイザークの声に、更に、笑みを深くして。
「いや、だって。家って、出て行くって」
アスランの可愛い仔犬は、確かに、そう言った。
「あいつ、ここを家だと思ってくれてるんだな」
「そう思うなら、迎えに行ってやれ」
床に落ちていたシャツを拾い、アスランに放ったイザークは、そのまま深く、ソファに沈み。
アスランは頷いて、手早く身支度を整えた。
なんだか、もの凄く子供じみたことをした、と、シンは激しく落ち込んでいた。
しかも、今いるのは、誰もいない夜の児童公園。街灯の当たらない、滑り台の足元で。
もう、子供の家出以外のナニモノでもない。
だって、プラントは、治安対策に余念がないのだ。カードも持たずに出てきたシンが、下手な場所をうろつけば、たちまち職質されてアスランやイザークに迷惑がかかる。
「・・・かけてやればいいだろ」
呟いてみても、本気でない声は、弱くて。
シンは、抱えた膝の間に頭を突っ込んで、低くうなった。
わかってはいても、この気持ちはどうしようもない。
アスランに。
実は、かなり憧れていたのだ。
綺麗で強くて格好良くて。
ワケワカンナイことばかり言っていたけれど、それでも自分の言うことを理解しないシンに、何度も何度も語りかけてくれて。
シンのことを、いつも、気にかけてくれて。
裏切られたと思った時は本当に悲しかったし、いつもああだこうだと言う彼がいないと、どうしようもなく寂しかった。
たぶん、好きなんだと。
気がついたのは、彼がイザークのものだと知った後だったけれど。
それでも、変わらず差し伸べてくれる手は、あったかくて。
寂しいシンに、それはとても、得がたいものだったのだ。
シンがなくしてしまったもの。
ずっと、欲しかったもの。
それを、彼は持っていて。
でもそれは、シンだけのものじゃ、ない。
「ち、くしょ・・・・」
イザークの上で、艶やかに乱れていた彼の姿。
そこは、シンの入り込めない場所。
あの、ふたりだけの・・・
涙が出てきそうになって、ごまかすためにがんがんと滑り台の柱を叩く。
コーディネイターのお子様が、いくら暴れても壊れない遊具は、しっかりとシンの拳を叩き返し。
「っ、てぇ・・・」
余計泣きたくなって、今度は頭をぶっつける。
今度こそ、涙が出た。
「痛くないか、お前それ」
「うわぁっ」
いきなり後ろから聞こえた声に飛び上がると、涙を隠す間もなく、夜をも見通す翠の瞳に覗き込まれた。
「あ、んた、なんでここっ」
いくらなんでも、見つかるには早すぎる。細かい機械が大好きなこの人のことだ、もしかして発信機か何か付けられてないか俺！？
混乱のままに、訳のわからない方へ飛んだシンの思考を、アスランはあっさりと叩き切った。
「がんがん凄い音がしたから、すぐにわかったぞ」
ああ、そうですか。
がっくりとうなだれたシンの目の前に、差し出されたのは、アスランの白い、大きな手。
「帰ろう、シン」
あったかそうな手。
あったかい、手。
その手の温度を、シンは、もう知ってしまっている。
「もう、リビングではしないよ。イザークにも言っておく。でも言っておくが、今日はあいつがあそこではじめたんだからな」
「そんなこと聞いてませんよ」
「・・・ごめん」
呟いたアスランは、手を取ってくれないシンの横に、すとんと座り込んだ。
シンは、彼の靴とズボンの裾から、わずかに覗いてしまった素足から、目をそらす。
「俺、邪魔ですよね、やっぱり」
「邪魔なんかじゃない」
否定してくれるのがわかっていて、言ってしまったのだと、やり取りの後に気がついて、更に落ち込んだ。
俺は、この人に甘えている。
しかしアスランは、シンの心など知らぬげに、どこか遠くを見たまま、シンの肩に、そのあたたかな手を置いた。
「お前がいるから、俺はイザークと暮らしていけるんだ」
夜温の設定は、省エネのためか意外に低い。冷えた体に、彼の手だけが、あたたかい。
「お前を、利用しているのかもしれない。すまない」
「なんで」
なんで、そんなことを言うんだよ、あんた。
振り向いた先の、彼の瞳。それは、やっぱり遠くを向いていて。
それは、あまりに遠く。まるで、この世にないものを、見ているようで。
「俺は、本当はあいつに寄りかかりたくて仕方がないんだ。寄りかかって、溺れて、あいつ以外、何もいらなくなりたいと・・・ずっと、思っている」
それは、なんて熱烈な告白なんだろう。
しかし、そう言ったアスランの声は、酷く疲れているようだった。
「あいつは、そんな俺でもきっと受け止めてくれるだろう。でも、それじゃ駄目なんだ。・・・あいつが好きになったアスラン・ザラは、誰かに寄りかかりきってしまうような人間じゃない」
苦しい告白。疲れた声。遠くを見たまま、動かない視線。
「俺が、俺でいるためには、二人きりじゃ駄目なんだ。・・・もちろん、誰でもいいわけじゃない。シン、お前だから、俺は側にいて欲しい」
その視線が、ふうっと、ここに戻ってきて。
確かにシンを映した、翠の瞳が。遠くの街灯の光に、わずかに瞬く。
「なんか・・・おかしいですよ、それ」
「ああ、そうだな」
戦争が、あった。
出会って、別れて。戦って戦って戦って。
惑い、さ迷い。間違って。
何もかもが歪み、壊れて、壊してしまったけれど。
「俺たちは、たぶん、はじめからおかしかったし・・・」
はじめからおかしかった俺たちは、歪んでいく世界の中、歪みながらも、想いを抱きつづけ。
おかしな恋は、おかしいままに。奇跡のように、壊れることなく。
だからアスランは、今、イザークと共に、在れる。
「でも、今、この世界で、おかしくないものなんてないんじゃないのか？」
そんなこと。
シンだって、とうに知っている。
「行こう」
肩にあった手が、するりと下りて、そっと、シンの手を包んだ。
「アスラン、手、あったかい」
「冷たくないか？」
「ううん、あったかいです」
そうして、どちらからともなく立ち上がり。
「あんたの手、ずっと、あったかそうだって思ってたんです」
付け上がって噛み付いて、ぎゃーぎゃー言って終いには殺す気で戦って。
それでも、変わらず差し伸べられた手。
「やっぱり、あったかかった」
そう。俺も、どこかおかしい。
でも。
ぱたぱたと尻尾を振るように、シンはアスランに手を引かれて歩き出す。
このあったかい手が、変わらず差し伸べられるなら。
べつに、おかしくたってかまわない。
「遅いぞ！」
手を繋いだまま帰り着いた家の前には、イザークがひどく不機嫌そうに立っていた。
「え・・・イザーク、待っててくれたんだ」
とても待っていてくれたという風情ではないのだが、イザークは否定もせずに、さっさと玄関のドアを開けた。
「あんまり遅いんで、貴様がシンにほだされて押し倒されてないかと思っただけだ」
言って、ふと振り向くと。シンと手を繋いだままのアスランの首を、ぐい、と引き寄せて。
シンに、よく見える角度で、たっぷりと、濃厚なキスをした。
そうして、目を丸くして固まってしまった少年に、ニヤリと笑い。
「こいつは、俺のだぞ」
そうして、ぽんと、あったかい手で、シンの頭を叩いた。
「イザーク、大人気ない・・・」
「うるさい」
言い合いながらドアをくぐる二人。思わず頭に手をやったシンも、もう片方の手をアスランに引かれて、家へと入っていく。
あったかい手。
あったかい場所。
ここが、俺の家。
俺の居場所。
終