あるはずのない理由
寝入りばなの腹の上に、どすんと重みが落ちてきた。
決して慣れたくないのに慣れてしまったその感触に、皆本は一気に眠気を吹き飛ばして。
「だから、お前は」
肺に残った息で、なんとかそこまで言うと、重みのせいで吸いにくい息をなんとか吸って、やっとのことで突っ込んだ。
「なんで僕んとこ来るんだよ！」
「えー、たまにはこういうのもいいかなあって」
しかし、腹の上に乗った兵部はしれっとそう返した。
何のダメージも受けていないどころか、なんか楽しそうだ。
「たまにじゃねえだろ！」
この間来たのは、確か先週だった。
全然全くたまにじゃない。
「週イチじゃん、たまにじゃん」
「そうじゃなくて！」
『じゃん』言うな！も突っ込みたいが、ぶっちゃけ呼吸がままならない。
早く降りろ。
「なんで僕んとこなんだって話だ！お前んとこにもいろいろいるじゃないか！」
そこまで言うだけでゼイゼイと息を切らせる皆本に、兵部は明後日の方向にキレた。
「自分の子供に手を出せるか！お前とは違うんだ僕は！」
「人聞きの悪いこと言うなぁ！」
全く持って噛み合わない。
そんなことは、もう随分前からわかっている。
なので兵部は、矛先を変えた。
「ぐだぐだ言う割にはソノ気じゃねえかよ」
ぐりり、と、乗り上がった尻で皆本の股間を刺激する。
この体が、どれほど気持ちがいいのかを知ってしまっている皆本のそれは、彼の体温を感じたそのときから、もう力を持ち始めていた。
「誰のせいだ、誰の」
「へぇ」
兵部の声音が変わった。
見かけ通りの子供じみた声から、ぞくり、と背筋を震わせるような、艶を持ったそれに。
「僕の、せいなんだ？」
ニイ、と笑った薄い唇。
とろりとした闇を湛えた瞳が、意図を持って皆本を映す。
うっ・・・と言葉を失った皆本は、しかし腹の上の体をひっくり返し、ベッドの上に倒して言い放った。
「そうだよ、お前のせいだ！」
普段は悪意の塊のくせに、こういう時ばかり、自分のせいに『してくれる』こいつが腹立たしい。
それを、ただの性衝動に置き換えてしまっている、こいつ自身も腹立たしい。
そうして。
全部、それに押しつけてしまっている自分が、一番。
「そーだよなー、気持ちいいもんなー、僕のカラダｖ」
見上げる兵部の瞳には、楽しそうな色しかなかった。
少なくとも、皆本には見えなかった。
「だから、シようぜ」
そう言った唇に落とすキスは。
ただの欲のためにしては、甘過ぎるものだった。
「っ、はぁっ」
かすれた喘ぎが不意に上がり、皆本の欲を刺激した。
素直に反応した皆本のものは、兵部の中で大きさを増して、いっそう彼を追いつめた。
「ひぅ・・・っ」
悲鳴じみた声を洩らす兵部の中は、それに耐えられないかのように締め付けて。
しかし、容易に受け止める。
「な、に、でかくして・・・・」
睨み上げてくる闇色の瞳は、こんな状況だと酷く可愛らしく映る。
『なに』って、ヒトにしょっちゅう乗っかって来て、それがわからない愚かさも、また。
「お前がそんな声出すからだろ」
「そんな、声って、っやぁっ！」
一度、激しく出し入れしてやれば、想像どおりの声が上がって。
「こんな声」
「っの、インケン眼鏡・・・っ」
ああ、とうとう泣き出した。
トレードマークの学ランを剥がれ、白い脚を大きく開いて男を迎え入れて。
あの、兵部京介が、こんなに可愛らしく泣くなんて、誰が想像するだろう。
「悪かったよ」
ちゅ、ちゅ、と宥めるようにキスしてやれば、きゅう、と唇に吸いついてくる。
一緒に中も絡み付き、彼がどれだけキスが好きかを物語った。
キスが好きで、セックスが好き。
エスパーが好きで、薫が好きで。
そうして、ノーマルが大嫌い。
こいつのことは、これくらいしか知らない。
知らない、ままでいい。
「んふ・・・っ」
彼の好きなように、ゆっくりと動きながら、キスを解いて呼吸を楽にしてやる。
髪を掻いて額を露わにし、目立つ傷跡に口付けるといやいやと首を振る。
「や、め」
「いいだろ、別に」
皆本の息も上がっている。限界が近い。
腰の奥からとろけそうに気持ちがよくて、この体の中に、吐き出したくてたまらない。
兵部のものも、互いの熱の篭もった体の間で大きくなって震えているから、それに手を添えてやって。
「んっ、んゃっ」
猫のような声に軽く笑うと、互いに上り詰めるために動き出した。
これじゃあまるで、恋人同士のセックスだ、と。
思うだけの余裕は、振り払った。
行為の名残を肌に残し、銀色の髪をかき上げる彼は、不本意ながら、とても美しかった。
「なんだかんだで、体の相性はいいんだよなぁ」
その口を閉じれば、だが。
「体の相性言うな」
「だってイイだろ？」
最中はあんなに可愛いのに、なんで前後はこんなに可愛くないのか。
兵部京介だからか、そうか。
「勘弁してくれ・・・」
「はははっ」
そう笑うと、兵部は満腹の猫の仕草でするりとベッドから滑り降りた。
ひゅぱ、と慣れた仕草で学ランを纏う彼に、皆本は無駄とわかってい注意を促す。
「テレポートでばっか着替えると、体が鈍るぞ」
昔、葵によくしたそれは、賢い彼女にはもう必要ない。
この年寄りにするばかりだ。
「これでしなけりゃ、真木にさせるし」
「ああそうかよ・・・」
がっくりとうなだれた皆本の頭の上で、兵部はくすりと笑って。
「じゃあ、またね皆本クン」
「もう来んな！」
その声を背に、ひゅぱっとテレポートで消えた兵部の残像に、皆本は重ねて呟いた。
「もう、来んなよ・・・」
そうは言っても、兵部はまた、来週中には来るのだろうし。
なんだかんだと言いつつも、自分はそれを受け入れてしまうのだ。
しかし。
これからも、皆本は『なんで来る』と問い続けなければならなかったし。
兵部もその理由を、快楽のための言い続けなければならないのだ。
そうでなければ。
求め続けていた未来は得られないのだと、二人とも、知ってしまっているのだから。