青い花火
「なんで、サイオンは青いのに、青い色が出ないんだろう・・・」
呟いたジョミーに、ブルーは軽く首を傾げた。
「サイオンの色とこれは関係ない、と、思うが」
「でもさ、サイオンそのままで出せばいい訳でしょう？・・・あ、そうか！」
「ああ、なるほど。・・・・しかし、ほどほどにしておきたまえ。この方が、君の負担が大きいだろう」
「どっちにしろ、僕のサイオン駄々漏れですし。それがちょっと強くなるだけで・・・よーし、これでいこう」
「・・・・何をしているんですか、あなた方は」
唐突に割って入ったハーレイの声に、ジョミーはびくんと身をすくませて、ブルーはやあ、と当然のように挨拶をした。
「そろそろ訓練の時間だな、ジョミー。立て続けになるが、大丈夫かい？」
「ええっ、あ、はいっ！」
動揺しまくる少年に、「では、頑張りたまえ」と手を振って。
ブルーは、寝台の上から背の高い友人を見上げた。
「すまないが、ハーレイ。今見たことは、内緒にしておいてくれないか」
「かまいませんが」
それから、キャプテン・ハーレイは「ありがと！」と破顔した、幼いソルジャーを見下ろして。
「通常の訓練も、これくらい真剣にやって欲しいものです」
そう言った彼の声は、内容とは裏腹に、少しばかり、楽しそうな色が混じっていた。
ソルジャー・ブルーが青の間を出るのは、随分と久方ぶりのことだった。
取り囲む皆に挨拶をしながら、彼は緩やかにブリッジ下の広場へと向かう。
ブルーがそこへ向かうものだから、自然と人々の足もそこへ向き。
既に、薄闇に支配される時間だというのに、そこには人だかりができていた。
「お体の方は、よろしいのですか？」
エラ女史が控えめにそう問うと、ブルーは笑って頷いた。
本当は少し辛いのだけれど、そんなことはおくびにも出さない。
「ブルー！」
いつもなら、ブルーの側を離れないはずのジョミーが、少し小高い丘の上に立って、ブルーを呼んだ。
それに、応えて頷くと。
ぱあっと、あたりが明るくなった。
その、初めの一輪を見ることが出来たのは、あらかじめ知っていたブルーのみ。
知っていたと言えなくもないハーレイも、タイミングがわからずに見損なった。
それを予測していたジョミーは、会心の一発を最初に放っていたのだけれど。
続いて放たれた光の花も、負けず劣らず美しかった。
白い、純粋な光が、ある一転を中心に、細かく散って広がった。
広がりきったところで、その光は、赤く変わってそうして消える。
消えた後には、青く立ち上る柔らかな光が、残像を写して揺らめいていた。
「花火・・・」
記憶の消去を受けていない、幼い少女がそう呟く。
それに応えるように、今度は緑の光が放たれ散った。
正確には、それは花火ではない。
ジョミーがサイオンで作った、きらきらと輝くだけの光。
それでもその光は、美しい花を描き、時折途中で色を変えながら、何度も何度も放たれて。
それは、少女の記憶と寸分違わぬ、美しい、花火だった。
『僕を迎え入れてくれたみんなに、感謝を込めて』
そう伝えられた思念は、彼の照れのせいなのか、捕まえようと思わなければ、捕まえられない微かなもの。
最後まで青が出ないんだ、と、二人で研究した色は、光を包んで常に揺らめく。
『あなたみたいに』
と、それはブルーにだけ、伝えられた言葉。
物理的な力ならともかく、思念の扱いは苦手としていた彼も、このくらいならば出来るよういなっていた。
ジョミーが、発射点になっている、丘の上から下りて来る。
それでも、花火は上がり続ける。
理論的には、仕掛けさえしてしまえば、ジョミーが発射点にいる必要はない。・・・はずだ。
サイオンでこんなことをしようと考える者は今まで存在せず、ジョミーのおぼつかない理論なので、定かではなかったのだけれど。
「できたじゃないか」
少年に笑いかけると、彼は照れくさそうに笑って、ブルーの横に寄り添った。
一緒に見たくて頑張った、自分への密かなご褒美だ。
「本当は、音も再現したかったんですけど。でもここじゃ、敵襲と勘違いして怖いかと思って」
そんな心遣いが出来るようになった後継者の頬に、ブルーは皆が上ばかりを見ていることを確認して、そっとキスを落とした。
驚いて見開かれた緑の瞳。
その輝きと、同じ色の花が、あたりを染めた。
続いて上がる花の色を、ジョミーは意識をして変えてみせた。
赤い赤い、恋しい人の瞳と、同じ色の、花に。
その光を見上げながら、ブルーはジョミーに小声で問うた。
「あの色は、もう出来ないのかい？」
「すみません、あれ一回が限界です。力自体はそんなに使わないんだけど、集中力が…・ああでももう一回くらいなら」
「いや、いいよ」
最初に上がった、一発の花火。
ブルーだけが見ることのできた、それ。
ジョミーが頑張って頑張って、たった一回上げることのできた、青い花火。
「僕だけのものにしておくのも、悪くない」
「・・・・うん」
ブルーの、ささやかな独占欲に感動してしまったジョミーは、まともに答えることが出来なくて。
一生懸命、天を見上げた。
にせものの空に上がる、にせものの花火。
それでも綺麗な。
空の花を。