赤い星、青い星
ぐい、と銀色の前髪を掴み上げると、失われた右目の上の、分厚いガーゼがあらわになった。
すぐさま深く侵入り込めば、尖った顎が浮いて、高い嬌声がほとばしる。
「っ、ああ…っ！」
かすれて歪んだ、甘い声。
その響きに、煽られる。
自身を心地よく締め付ける肉を掻き分け、細く白い四肢を掴み締め。
キース・アニアンは、自らの下で淫らにのたうつ存在を、奇妙な思いで見下ろしていた。
タイプ・ブルー・オリジン
伝説とさえ言われた、敵の首領が、ここにいる。
ここにいて。
キースの前で、脚を開いて彼を飲み込み、腰を振って悦んでさえ、いる。
ばらばらになったメギドの残骸の中で、マツカに彼の存在を探索させたとき、キースはその肉体の、わずかな残骸でも手に入れられれば幸いだと思っていたのだ。
ブルー・オリジンの細胞サンプル、それさえ手に入れられればと、そう思っていたのだ。
それが、どうだ。
周囲に、流された血の玉を浮かせながら、それでもそいつは装甲壁だったものの陰に隠れ、捕獲しようとしたマツカの思念に、弱々しいながらも抵抗の意思さえ見せたのだ。
「ふ、ぁ…っ」
激しく中をかき回せば、腰が跳ねて、痩せた背中が浮く。
ほどけかけていた包帯が、とうとうその役目を放棄して、右目の上と同じように、肩や胸に開いた穴の上、むき出しのガーゼが現われる。
それが落ちずにそのままあるのは、彼の体液で張り付いているからだ。
血とリンパ液の生々しい匂いに、汗のそれが混じると、奇妙に甘く香り。
キースの意思を、狂わせる。
「んっ、あ…・・」
動きをやさしくしてやれば、片方だけ残った、赤い瞳がゆるりと開く。
それと同じほどに赤い唇が、緩く開いたままなのが艶かしい。
それから。
髪を掴むために開放された、細い腕が、ふい、と、浮いて。
キースの頬に。
触れようとして。
止められた。
「心理探査をしても、何も出てこんぞ、化け物め」
掴んで止めた手首はキースの指に余り、きつく掴むと手のひらに爪が食い込む。
なにせ、これはタイプ・ブルー・オリジンだ。アンチサイオンデバイスがあるとはいえ、それが効いているとは、もとより思っていない。
人間であるキースには、明確には捉えられないが、行為を始めてからずっと、頭蓋の内側を何かが這うような、むず痒い感覚があった。
原因は、こいつだ。
心理探査システムの、あの強烈な痛みとは違う。
あの、金髪のタイプ・ブルーが行った、締め付けられるような苦しさもない。
しかし、確かに今、この男はキースに心理探査、もしくはそれに近いものを行おうとしていた。
「最中、くらい、気を緩めてもよさそうな、っ！ものだが、ね」
赤い唇が、ゆらりと歪む。
年古りた、化け物の笑み。
それに応えて、キースも笑う。
冷たい、機械の、笑み。
「甘いな。私の深層心理に掛けられた心理防壁は、意識を失っても破れんよ」
「そう、か。…・んあ、ぅ」
目論見が破れたはずだというのに、全く残念そうでなくブルーは言う。
そうして、キースのものを味わうように、ゆるりと腰をまわし、甘く呻いた。
それが、余裕なのか、諦めなのか。
それを見極めるために、キースは組み敷いた体に身を倒し、細められた赤い瞳を覗き込んだ。
わずかな表情の変化、体の反応。
それらをもっと、感じるために。
そのために、再び上げられた手のひらが、頬に触れることも許した。
見るからに冷たそうな手が、触れてみれば、交合による熱を孕んでいるのが不思議だった。
「君の、地球を…見せてくれないか」
快楽にかすれた甘い声と共に、赤い瞳がちいさく笑んだ。
それは、先ほどの狡猾な笑いとは違う。
やわらかな、笑み。
今、そんなものを自分に見せて、どうしようというのか。
何を、たくらんでいる？
ほんのわずかの間だけ逡巡したキースは、しかしまた冷たい笑みを浮かべてその手を取った。
あの女は、確か、こうして。
「いいだろう。見るがいい」
こうして、私に青い星を、見せた。
私の中にもある、あの地球を。
「・・・・・っ」
キースの下の、ブルーの肢体が硬く強張る。
キースを飲んだ下肢の肉が、彼を絞ってふるふると戦慄いた。
そうだ。
見ろ。
この。
赤い星、を。
貴様の望んだ、青い星などどこにもない。
あるのは、赤茶けた大地と、毒の海。
生命を拒む、赤い星。
それだけだ。
たったひとつの赤い瞳に、じわり、と涙が滲んだ。
キースの笑みが、深くなる。
そうだ。
絶望しろ。
そうして。
そうして・・・？
長い睫毛がふるりと揺れて、赤い瞳が閉じられる。
快楽に染まったその縁から、こぼれ落ちる、透明な涙。
わずかに喘ぐ、赤い唇。
震える睫毛。
白い頬。
そこに浮かんだ悲しみは、深くはあっても、激しくはなかった。
深い諦観に、快楽の色の乗ったその表情に、キースの望む、絶望はない。
赤い唇が、ひとつ、喘ぎ。
そうして、ちいさく、ああ、とだけ、呟いた。
それだけ、だった。
「貴様・・・わかって」
わかっていたのか？
青い星など、ないことを。
それを確認するために。
こんなことを、許したのか？
「・・・そうだよ」
キースの表層に浮かんだ問いに、そう答え。
涙に濡れた、赤い瞳が開かれる。
たったひとつの、稀有な紅玉。
それはまるで、あの、赤い地球（ほし）のような。
ただただ、かなしい、赤。
「・・・それでも」
そうして、その赤が、笑んで。
「さすがに・・・ショック、だな・・・・・」
そう言って、長くその星に憧れていたというミュウの長は、自らを貫く男を抱き寄せた。
喉元にすり寄せられた、銀の髪の柔らかさ。
頭蓋の裏が、チリチリする。
彼は今も、キースの記憶の中にある、赤い星を見ているのだ。
憧れた星の、変わり果てた姿を、じっと。
じっと、見て。
「・・・・っ！」
不意にずるりと抜き出され、ブルーはびくりと身を竦ませた。
そうしてすかさず突き込まれ、声を上げてその感覚を逃がす。
「ふ、あ！・・・ぅ」
瞬間、彼の中にあった星が、ゆらりとぶれて、歪んで見えた。
しかしすぐに、意識を戻して。
下肢を蕩かす感覚と、彼の地球を見る意思を切り離す。
再び見えた、故郷の星。
それは。
「き、み・・・・は」
思わず見上げた、キースの瞳。
氷のような、薄い青。
それよりも、もっと、深い。
深い青が。
脳裏に。
キースの記憶の赤い星は、彼の意識の青い星に、一瞬のうちにすり替えられていた。
ブルーの憧れた、青い地球（テラ）。
ひと目、目にすることが出来たならと、願い続けた夢の星。
既に、存在しない故郷への郷愁に、ブルーは再び涙した。
その体を抱き留めて。
キースは、その白い体へと、再びの律動を刻みはじめる。
「っ、あ、あ…・ぁ」
ゆっくりとそこを揺すってやれば、中の襞がさざめいて、与えられる快感を、あまさず飲んで、歓喜する。
長く、細い指が、キースの髪を強く掻き、堪える意思のない淫らな声が、絶えることなくほとばしり。
ブルーは、彼の与える快楽に乱れた。
キースの地球に、抱かれて果てる。
その幸福を、味わった。
夢見つづけた青い星。
取り戻したばかりの予知のヴィジョンが、その青に、ふわりと重なって。
それをキースに伝えるために、ブルーは彼にしがみついた。
青い星は、未来（そこ）にある。
そこに、確かに、あるんだよ、と。