赤
ぶつ、と、まず、皮膚を突き破る感触。
表皮から真皮へ。皮下組織。そうして、やがて筋肉へ。
筋繊維を切り裂いていく手応えは、鍛えている玲二だからこその心地よさだ。
白く、滑らかな胸に、英治のつけた赤い傷が、ナイフを動かすごとに長く続いて。
溢れる赤い血。この一滴一滴までもが自分のものだと思うと、身震いがするほど気持ちいい。
これは、ボクの。
ボクの、玲二だ。
「・・・・・っ」
ごつ、と、刃先に肋骨が当たる。
その衝撃に、思わず笑みがこぼれる。
冷たいナイフが、肺に近づいたせいだろう、今までほぼ無反応だった玲二がわずかに身じろいだ。
それはそうだろう。
身を切り裂かれる痛みは感じなくとも、肺や気管を傷つけられて、息ができなくなれば玲二だって苦しい。
それこそ、死ぬほどね。
そりゃ、そんなことじゃ死にはしない体だけど、ボクだって玲二を殺そうとは思っていない。
一回やって思ったよ。ああいうのは、何回もやったらダメだって。
一度味あわせて、それから後は、その恐怖を利用した方が、ずっとずっと効果的だ。
またやるのは、最後の手段。
もちろん、またボクに逆らうようなコトをしたら、当然やってあげるけどね。
でも、今の玲二はとってもイイコ。
ざく、ざくと肉を裂かれる感触に眉をひそめ、それでも英治の好きなようにさせてくれる。
「・・・・英治」
「なんだい？」
青白く整った玲二の頬に、彼の血を付けて汚す。
ああ、なんてキレイなんだろう。
「そろそろ、ぼうっとしてきた」
「でも、まだ失血死するほどじゃないだろ？」
そのくらい、ボクだってわかるサ。
その答えで諦めたのだろう、玲二は目を伏せて、また、大人しくなった。
確かにね。
玲二の胸からこぼれた血が、シーツに落ちてずいぶんと赤い。
ああ、なんだかこのシーツに嫉妬してきたな。
ボクだって、玲二の赤が、もっと欲しいんだ。
「血が足りないなら、今度、レバ刺しでもおごるからサ」
「火が通っている方がいい」
「ボクは、生の方がおいしいと思うけどナァ」
軽口を叩き合いながら、それでもこれ以上大きな血管を傷つけないように。
あまり、シーツに血をこぼさないようにと肩から腕の肉を裂き。
そこで、英治ははたと気が付いた。
「玲二はおいしいかな？」
刃先の向きを変え、腕の肉を薄く削ぐ。
脂肪層がほとんどない。
綺麗な、赤い肉。
そうして、それをひとかけ、口に入れて咀嚼した。
「おい・・・」
「ん、おいしい。でも少し塩味が欲しいかな」
ごくん、と飲み込んでの感想に、玲二は呆れた声を出した。
「ヴァーダントのナノマシンが、どう影響しても知らないぞ」
マキナやナノマシンについては、まだ未知の事柄が多いのだ。
プリテンダーのファクターである英治が、ヴァーダントのナノマシンを含む玲二の肉を取り入れて、何があるかわからない。
しかし、英治はキョトンと玲二を見下ろした後、馬鹿にしたようにけらけらと笑った。
「馬鹿だナァ、玲二」
そうして、血の付いた指先で、玲二の唇にゆるゆると触れ。
それから、べったりと・・・・傷をつけていない場所にも、血を塗り広げるように、胸から腹へ。更にその下へと手のひらを滑らせた。
「お前、ボクの散々飲んでて何ともないじゃないか」
だから大丈夫、と軽く請け合う英治の声に、玲二も頷かざるを得なかった。
確かに、玲二は英治の精液を幾度も嚥下し、また、それ以上の回数、体内で射精されている。
そのことにより、何の変調も感じられない。
「・・・そうだな」
なるほど、と、納得した様子の玲二に、英治は薄く微笑みかける。
「そうだよ」
まったく、玲二はサァ。
そうつぶやきながら、英治はもう一切れ、今度は大きく玲二の肉を切り取った。
滴る赤に目を細め、それを口へと持っていく。
刃物で切り裂く感触もたまらないけれど。
直接歯で噛み裂くのは、もっと、もっと気持ちがいい。
そうして。
既に、ファクターの回復力でもって、閉じ始めた胸の傷から。
自ら付けた血の跡を辿るように、薄く、内臓を傷つけぬようにとナイフの先を滑らせた。
「ふ・・・・・っ」
「ああ、カンジちゃったのかい？」
玲二の反応を揶揄しながら、傷口をのぞき込んだ英治は、自らの仕業に満足する。
腹膜の、ほんのわずか手前でとどまった傷は、玲二が息をするたびに、緩く、緩く開閉する。
うん。カンペキ。
この腹膜を切り裂いて、玲二の腸を引きずり出すのは、とってもとっても楽しかったんだけどサ。
アレやると、出血多くてしばらく起きられなくなっちゃうんだもの。
今日はこれからヤりたいし、意識を失われてもつまらない。
そう、思ったとたんに。
ぶつ、と、太股まで達していたナイフの先が、筋肉の心地よさとは少し違う手応えを返してきた。
血しぶきが、英治の肘まで汚してくる。
あーあ。
動脈ヤっちゃった・・・
しまったナァと思いつつ、ナイフをそこから引き抜いて。
あまりの出血の多さに、半分意識をなくしかけている玲二の顔をのぞき込む。
心臓は、まだ動いている。
傷の修復速度が異常に上がる。
青い玲二の相棒が、必死になっている様が見えて、英治は楽しくなって笑う。
いいやもう、このまんまヤっちゃおう。
玲二は死体になってても、ものすごくキモチイイんだし、サ。
光をなくしかけた玲二の瞳が、それでも自分を映していることに気づき。
英治は、ほんとうに。
ほんとうにうれしくて、笑った。