ゆめ
ふわふわと、やさしい愛撫に身を任せていた。
頬に触れ、髪に触れ。
そっと、背を撫でて。
「ん・・・」
ああ、あれは夢だったんだと思った。
そういえば、あの後もよく、こんな夢を見た。
あの時は、アスランがキラを殺す夢だったけれど。
今日見たのは、キラがアスランを討つ夢だったけれど。
夢なんだから、関係ない。
だって、キラはここにいる。
ここにいて、アスランを、愛してくれている。
「キ、ラ・・・・」
愛撫の手に縋ろうと、無理やり意識を浮上させる。
怖い夢を見たんだと。
そう訴えて。
やさしいキスの、慰めをもらいたかった。
「アスランさん・・・・」
かなしそうな声。
なに？
お前、なんでそんなふうに俺を呼・・・・
「アスラン、さん」
やさしいキス。
でも、それはキラのじゃなくて。
大好きな、幼馴染のじゃなくて。
「シ、ン・・・・・・」
夢が、醒めれば。
悪夢は現実だった。
機体は、キラに落とされた。
このキスは、シンがくれたもので。
キラはいない。
キラとこんな関係だったのは、戦中のほんの一時だったのに。
なんで、まだこんな。
シンの唇が、アスランの頬に触れる。
髪を緩く撫でられて、背中を抱いた細い腕に、やさしい力がこもった。
慰撫。
いつも、シンがくれる、そして奪っていく激しい情熱ではなくて。
ただ、与えられるだけの。
こんなものをもらっても、俺は何も返せないのに。
キラの去った胸の内には、もう、他者に対する、かけらの情も残っていないのに。
恐れるように瞼を開き、見上げたのは、赤い瞳。
ああ、ほんとうに。
あの、夜明け色じゃない。
それでも、その唇は心地よくて。
その指先は、やさしくて。
与えられるものを、ただ貪る自分の浅ましさに、涙が出た。
ただ、静かに涙を流すアスランの、震える体を抱き込んで。
シンは、その耳元で囁いた。
「あんた、すごく、かわいそう」
そんなわけは、ない。
戦争で、命を落とした罪もない人々。
ユニウスセブンにいた母。
まだ15だったニコル。
存在のすべてをひっくり返されたキラ。
国という重圧を、背負わなければならなくなったカガリ。
目の前で家族を亡くし、ひとり
彼らにくらべれば。
自分など。
でも。
シンの手が、そっと髪を撫でる。
触れた肌はあたたかい。
涙が止まらず、小さく、嗚咽さえ洩れた。
それを、キスでなだめられ。
やさしいキスでなだめられ。
今だけ。
今だけ、『かわいそう』になってもいいだろうか。
慰撫され、与えられることを許される存在でいていいだろうか。
今だけ。
キラに与えられた傷を、シンに曝して。
痛むそれを、舐めてもらってもいいだろうか。
今だけ。
「アスランさん、かわいそうだ」
シンは、流れる涙を舐め取って。
髪に、頬に、唇に。
何度もそっと、唇を落として。
触れるのは、ゆっくりやさしく。
少しでも、彼を癒せるように。
今だけでも。
この、かわいそうなひとを、慰められるように。
どうしても、ちからの足りない自分には。
まだ、これだけしかできないから。
シンの手のひらが、アスランの背をゆっくりと撫でる。
やさしいキス。
今だけでも。
ただ、やさしいだけの夢を。
この、かわいそうなひとに。