夜の風 −アスラン−
何故、目が覚めたのか、わからない。
『安全な場所』にいるアスランが、夜中に目を覚ますことなど、稀なことだ。
腕に感じる、少年のぬくもり。
それが、心地良く肌をくすぐったのを感じて。
アスランは、愛おしいそれに応えるために、重い瞼を、無理やりに開いた。
「・・・・どうした？」
まず見えたのは、青い夜の闇の中、鮮やかに光る、赤い瞳。
いつも、必死な光を放つ。
綺麗なきれいな、シンの、瞳。
「・・・・ちょっと、寒くて」
他よりもあたたかい、少年に触れた腕の上に、ふわり、と、冷たい空気が舞い降りる。
ああ、と、アスランは思った。
もう、夏も、終りだ。
「窓、閉めるか？」
「でも、閉めたらきっと暑いよ」
甘えたような、シンの声。
知らず、笑みがこぼれそうになる。
「そうだな」
呟くことで、それを、隠して。
アスランはそっと目を細めた。
窓からさす、青い光をちらりと弾き、赤い瞳が、まるで甘い甘い飴玉のように、とろりと光ってきれいだった。
心なしか、甘い、良い匂いさえするようだ。
それは、窓から舞い込む夜風の匂いか。
それとも、いまだ幼い少年の放つ匂いか。
その匂いに誘われるように、アスランは少年の細い体に手を伸ばした。
細いけれど、強い。
そうして熱い、シンの体。
抱いた熱。
愛おしい、それ。
目を閉じて。
青い闇も、赤い光も、その瞼の下に、閉じ込めて。
アスランは、少年のぬくもりを、腕いっぱい、体いっぱいに味わった。
胸にあふれる何かがある。
泣きたくなるような、何か。
悲しみに似たそれは、しかし、まったく逆のベクトルを持つ。
それでも同じ。
同じ、何か。
少年を抱いた腕を。
ぬくもりにすり寄せた頬を。
窓から舞い込む冷えた空気が、そっと、撫でていく。
どうして。
どうしてこの子なのか、アスランは知らない。
わからない。
それでも、こうして。
シンの気配になら、夜中にだって目が覚める。
その体を胸に抱けば、灯った熱に、夜風の冷気さえ忘れた。
この熱は、君がくれた熱。
アスラン一人では、決して生み出せない熱。
そうして、いつか、この子を幸せにしてくれる誰かに、手渡さなければならない、熱。
可愛いシン。
いとしい、シン。
誰よりも、何よりも。
大切なたいせつな、シン。
それを、彼に言うことはないけれど。
彼の、『やさしくてあたたかな』、未来のために。
俺は、お前にそれを与えることは出来ないから。
青い光の差す窓から、冷たい風が、舞い込んできた。
眠るアスランの腕の中で。
少年が、ほんのわずかに身じろいで。
夜風のような、吐息を吐いた。