夜
頭が、痛い。
だぁん、と、突っ伏していた簡易デスクを叩かれ、アスランはため息をついて身を起こした。
がんがんと、まだ、振動が頭の中で響いている。
「あいつら・・・・っ」
がんっ
よくもってるな、この机。
そんなことを、ぼんやり考える。
「あんな、あんなっ」
シンの憤りは、アスランもよくわかる。
累々たる屍の山。
人として扱われていなかったのが明白の、子供の死体。たくさんの。
思わず目を閉じさせてやったあの子は、ちょうど、別れた時のキラと同じくらいの年頃だった。
頭痛に吐き気が加わって、アスランは思わず目を閉じる。
しかし、そうしても目裏に映るのは、夕映えの景色。
親友と、愛しいと思った少女と、自分が不幸にした、女性と。
何が正しいのかわからない。
キラに戦って欲しくない。
オーブに、戦って欲しくない。
大切な人を失う悲しみを、もう誰にも味あわせたくない。
それでも、戦うことが必要なら、その罪は、俺が負えばいい。
戦うことは必要だ。
それでも、彼らが戦う必要はないはずだ。
何が、正しいのかはわからないけれど。
俺は、間違ったことは言っていない。
言っていない、はずだ。
頭が痛い。
酷く疲れているせいだと、わかっている。
休みたいけれど、今は待機だ。何があるかわからない。
目を開けても、現実は変わらない。
今度は、子供たちのなれの果てがちらつくだけだ。
こんなことは、止めさせなければならない。
止めさせるには。
戦うしか。
がんっ、がっしゃん
振り向くと、シンが苛立ちのままに機材のコンテナを蹴りつけていた。
「シン、座れ」
まわりに迷惑をかけるな。
そう命令するアスランに、シンは怒りをぶつける相手を見つけたとばかりに噛み付いた。
「あんた、なんでそんな落ち着いてんだよっ」
落ち着いている、というよりも、怒る気力もないだけだ。
流石にそれは言えないから。
「今お前がここで騒いで何になる。落ち着け、シン。今は待機中だ。何かあった時に、冷静に対処できないぞ」
「それでも人間かよあんたっ！」
がっ、と、また机を揺らした衝撃に、アスランは一度、目を閉じた。
ああ、彼は。
ほんとうに人間らしい。
「・・・・シン」
「なんだよ」
既に敬語も忘れた後輩を見上げ。
「お前、レイのところに行って来い」
「はぁ？」
言葉を失った、シンの拳。
あちこちにぶつけた怒りのために、真っ赤になったそれを見て、アスランは思う。
彼の憤りは、よくわかる。
たぶん、彼はとても人間らしくて、やさしいのだ。
でなければ、あの光景に、こんなにも憤ることはないだろう。
ならば。
「彼は、とても辛そうだったんだろう？辛いときには、誰かに側にいてもらうと、少しは和らぐものだ」
そうして、誰かにいてもらった記憶は、後になっても助けてくれるものだ。
やさしい人たちの面影が浮かぶ。
たとえ、心が離れても、記憶が変わることはないから。
「それで、お前も頭冷やして来い。ここには俺がいるから、何かあったらすぐに呼ぶよ」
この少年が、あの同期の仲間をとても大切に思っていることは知っている。羨ましいと思うほどに。
弱っている友人の前で、怒り続けられるほど、彼が愚かだとは思わない。
それで、レイのためにもなるなら、これほど良いことはない。
しかし少年は、憮然とした顔をして、乱暴にアスランの隣の椅子を引くと、そこにどっかりと座り込んだ。
あまりの勢いに、椅子がぎいっ、と悲鳴をあげる。
「シン？」
大人しくなってくれたのはいいが、人の話を聞いているのだろうかこいつは。
そういぶかしんでいると、シンは自分の膝を見ながら、低く、言った。
「レイ、ああいうとき、側に人、近づけないから」
その声に篭る無力感。
「・・・・そうか」
そういう人間も、いる。
現に、アスランがそうだった。
それでも、親しい人間なら。
そう思って、やめた。
それ以上を言う権利が、自分にはない。
「それに」
また、怒った声で。
少なくとも、アスランにはそう聞こえる声で。
「あんた、辛そうだ」
そう言って、椅子の背もたれを掴み、座ったままアスランに肩が触れるほどの距離まで引きずってきて。
そのまま、そこで脚を組んだ。
「辛いときは、誰かに側にいてもらうといいんだろ」
まっすぐに、アスランを睨む、赤い瞳。
肩先から、厚い軍服越しに伝わるかすかな体温。
不意に、涙がこぼれそうになり、慌てて目を伏せた。
「ああ。・・・・ありがとう」
頭は、まだ、痛むけれど。
辛さは、なくなることがないけれど。
それでも。
「艦長！モビルスーツ１、ガイアです」
二人は同時に椅子を蹴り、自分の愛機に駆けていく。
そう、今。
俺たちは、戦うしか、ない。