夜明け色
「アスランさんの髪って、夜明けの空みたいな色ですね」
不意に、シンがそう言った。
他に誰もいない、夜の休憩室。
飲み物のボトルを持ったまま、少し呆然とシンを見ていたアスランは、すぐに何かに合点がいったように、「ああ」と、頷いた。
「シンは、地球育ちだったな」
「はい。そうです」
子犬がしっぽを振るように、シンは嬉しげに頷く。
他の、プラント育ちのコーディネイターより、人類の発生した地球に詳しいこと。
それは、自慢というほどの事はないけれど、シンにとって少しだけ嬉しいことだったから。
「そんなふうに言われたのは、二人目だ」
「誰です？」
一人目、がいなければ、自分はすごく特別になれたかもしれないのに｡
そう思って聞くと、アスランははぐらかすように笑って言った。
「地球の、友達だよ。宇宙育ちの人は、そんなことは言わない。たいていこの色は、
「・・・あんな混ざりものの多い石、あなたには似合いません」
言った声は、自分で思ったよりもむくれていて、子供っぽかったと、シンはすぐに後悔した。
「質の良い物は、そうでもないんだが・・・そうだな」
やわらかく目を細める表情、シンにはできない、少し大人の顔。
「夜明けの空の方が、気持ちよさそうでいいな」
そうだろう、と、シンは思う。
プラントや月居住区の、小さく閉じ込められた大気のプリズムは、こんなに深い青を創りださない。
深い闇から解放された空が、世界に光を満たす前、ほんのひと時見せる青。
それを知るのは、地球育ちの、特権。
「アスランさんは、見たことがあるんですか？」
彼は、プラントの生まれのはずだ。たぶん。
それでも、２年だけいたオーブで見たのだろうか。
胸が、ちりちりと痛む｡
シンが見た空だって、オーブのものだけれど。
「ああ。ほんの、数えるほどだが」
そう言った彼の瞳は柔らかで、此処にはない、何かを見ていた。
それに、シンは嫉妬する。
ぐい、と腕を取って引き寄せ、許しも得ずにキスをする。
翠の瞳がふっ、と閉じて、シンの無作法を咎めずに、細い体が腕に収まった。
ゆっくりと、互いの口腔を味わった後、再び開かれた瞳は、先ほどよりも、ずっと波の多い湖水の面。
その波も、すぐに治まってしまうから。
だから彼の瞳は、いつも深山の奥深く、隠された湖の色をしていると、シンは思った。
そうして何のためらいもなく、それを口にする。
「アスランさんの目って・・・・深い湖みたいな翠ですよね」
言ってから、少女趣味だったかと、また後悔する。
この人といると、いつもこんなことばかりだ。
しかしアスランは、ふわりと笑って何事もなさげに、シンの天敵の名を口にした。
「カガリも、そこまでは言わなかったな」
「待ってください、一人目ってアスハですか！？」
「・・・・・」
ちょっと申し訳なさげに、あらぬ方を見た湖水の翠。
それが意外に幼く見えて可愛かったから、今回だけなかったことにしてもいいかと、シンは思った。
「・・・・詩人になれると思うぞ、シン」
「俺がなりたいのは、あなたみたいなトップガンです」
いつも翻弄されてばかりだから、こうやって隙をつけるのは、嬉しい。
「大好きですよ、夜明けの青も、湖水の翠も」
「
「あなたは石じゃない」
そんな、固くて冷たいものじゃない。
「そんなことを言うのは・・・お前だけだよ」
「誉めてるんですよね、それ」
ああ、と頷いた頬が少し赤かったのが可愛くて、やっぱりとっても大好きで｡
再びキスを仕掛けたシンは、夜明け色の髪を、大切に梳いた。
さらさらと、つかみ所のないそれは、持ち主にとてもよく似て。
まるで、夜明けの空のように、気持ちよかった｡