やればできる子
「うわぁ！ナニやってんですかアスランさん！！」
いきなりシンに怒鳴られて、アスランはきょとんと手を止めた。
時は朝、場所は台所、クッキングヒーターの前だ。
フライパンをその上に置いて、スイッチを入れているのはいい。
問題は、その中身だ。
「卵そのまんま置いちゃダメですよ！割らなくちゃ！！」
殻のままの卵が四つ、端に寄って転がっている。
幸い乗せてすぐなのだろう、とりあえず何ともなっていないことにほっとして、シンはすぐにヒーターのスイッチを切った。
ていうか、このまんま加熱したらどうなってたんだろ。
割れてた？もしかして爆発？？
「割ったら、茹で卵にならないだろう？」
シンの心配なぞどこ吹く風で、押し退けられたアスランはご不満げ。
「茹でるから茹で卵なんでしょう！」
「・・・・ああ、そうか」
意外な正論に納得し、アスランはにこにことシンの頭を撫でた。
「お前、賢いなぁ」
「え、まあ」
一瞬、喜びかけて、我に返って。
「こんなん賢いって言わないんですよ！・・・ええと」
それから、ぴったりくる言葉を見つけて、シンは怒鳴った。
「常識って言うんです！！」
それから、じゃあ俺は非常識かと、アスランにぼかんと殴られた。
一緒に暮らして、初めてわかることがある。
ひとつ、べつにシた翌朝じゃなくっても、寝起きがあんまり良くないこと。
ふたつ、シャワーよりも、湯を溜めた風呂が好きなこと。
みっつ、料理が、ぜんぜん全くできないこと。
「まあ、できそうもないなぁとは思ってましたけど。まさかここまでとは」
「今まで、やったことがなかったんだよ」
シンの作った目玉焼きを平らげて、アスランはずるずるとコーヒーをすすった。
「やればできるような言いっぷりですよね・・・」
やっぱり自分が焼いたトーストの、最後の一枚にかぶりつき、シンはジト目でアスランを見る。
トースターは、ポップアップだとシンの食欲に間に合わないので、四枚焼ける大きいやつを、買い換えるという友人に譲ってもらった。
トースト焼くくらい出来るだろうと思ってやってもらおうとしたら、アスランは見事にパンを重ねて一度に八枚焼こうとした。
こりゃダメだな、と、シンは思う。
もうメシは俺が作る。
じゃなきゃ、外で食うか買ってくる。
そう、心に決めていると。
「できると思うぞ」
アスランは、さらりとそう言って。
「とりあえず、茹で卵と目玉焼きの作り方を教えてくれ」
飲み干したコーヒーカップをシンクに放り込み、冷蔵庫から、卵をパックごと取り出した。
「・・・・もう、腹いっぱいなんですけど」
シンはげんなりしながらも、それでも少し嬉しそうに立ち上がる。
だって、『俺がアスランさんに教えてあげる』なんて、こんなシチュエーション初めてだ。
できなくてむっとしているアスランさんを、どうやってなだめてあげようか。
それから、これから生産される食べられない卵を、どうやって始末しようか。
そんなことを考えていたら楽しくなって、シンはうきうきと、すっかりやる気のアスランの隣に立った。
「ええと、とりあえず・・・卵の割り方から、かな」
「それくらいできるぞ・・・あ」
「言ってるそばから潰さないでくださいもったいないーーっ！」
「・・・なんてこと、やってたのになぁ」
「何か文句があるのか？」
今日の夕食は、ご飯に肉じゃが、具沢山の味噌汁、大根サラダ、豚肉の味噌焼き。
全部、アスランの手作りだ。
「いえ、ないです。・・・・いただきます」
「いただきます」
しゃきしゃきの大根サラダ、おいしいなぁ。野菜って苦手だったけど、アスランさんが作ってくれるようになってから、俺、なんでも美味しく食べられるようになった気がする。
「肉、どうだ？初めて作ってみたんだが」
「凄い美味いです」
豚肉に、甘いくせになんだかスパイシーな味噌味がよく染みていて、ご飯と食べると、もうそれだけで幸せになれる味だった。
あ、付け合わせのキャベツにも味噌染みて美味い。
「ホント、はじめ卵も割れなかったヒトが作ったとは思えないです」
思わず漏れた一言に。
「何か、文句があるのか？」
アスランの声が怖くなって。
「いえ、ないです」
シンは、ふるふると首を振って。
それから、味噌汁の椀を取り上げた。
器用で凝り性、その上まじめ。
マニュアルを完璧にこなすのが得意で、たまに方向変だけど、応用だってかなり利く。味覚だって悪くない。
よく考えたらアスランさん、ちゃんとやったら、料理上手くなって当たり前だったんだよな。
薄味に作ってあるけれど、具の出汁が利いているそれをすすりながら、シンは思った。
毎日美味しいものが食べられるのは嬉しいんだけど、その前を知っているぶん、なんか、こう。
「ああシン、俺、明日は遅いから。鍋に肉じゃがが残ってて、冷蔵庫に大根漬けたのと、焼くだけにした鮭が入ってる」
飯、炊けるようにセットしていくから・・・と言うアスランに、シンはこくんと頷いた。
なんか、こう。
悔しいんだけども。
「俺、アスランさんと一緒になって良かったなぁ・・・」
しみじみと言ってしまったシンに、アスランは、ちょっと赤くなって。
それからちいさく、
「ばかやろう」
と、つぶやいた。