void
ドアを開けると、すぐさま迎えた燈色の視線に、アスランの足は自然と竦んだ。
「どうしたのだね？入りたまえ」
しかし、促す声に逆らえず。
白いブーツを、沈むような絨毯の上へと進ませる。
部屋にあるのは、大きなベッドと落ち着いた作りのソファセット。
そこに寛いだ、長い巻き毛の、男。
プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルだった。
彼と共にミネルバに乗っていた頃、その私室に呼ばれたことが何度かあった。
その時の記憶と。
更に向こうにある、捨てたはずの記憶が、アスランの背筋を震わせる。
「失礼、します」
その震えが、返した声にも伝染して。
そんな青年の初心な様子に、ギルバートは薄く笑みを洩らした。
「そう緊張するものではないよ。・・・どうかね？」
数歩の距離を取って立ち止まったアスランに、弄んでいたグラスを差し出すと、彼は困ったような顔をして首を振る。
「いえ、私は」
「いける口だと聞いたのだがね」
一体誰から、と思ったのだが、アスランはただ、困ったように立ち尽くすだけだった。
ギルバートはそれにも特に気分を害した風もなく。
「固いね。しかし、そんなところが相手を煽るのだということを、君は学んだ方がいい」
その言葉に戸惑うアスランを笑顔で一瞥すると、ギルバートは酒盃をテーブルへと戻した。
そうして、その視線だけで、青年をベッドへと促す。
アスランはそれに、抗う術を持たなかった。
「あ・・・・っく、は、ぁ・・・・・っ」
密やかな喘ぎが、シーツの波に紛れるさまを、ギルバートは目を細めて見守っていた。
服はそのまま、というのは、ギルバートの指示だ。
だから、アスランは。
赤い軍服の前を肌蹴て。
スラックスの、前だけを開けて。
取り出したものを、自分の指で、扱いていた。
自慰を強要されるのは、初めてではない。
見られることには慣れている。
しかし、慣れていることと、それに羞恥を感じなくなることは、まだ若い青年には、全く違うことのようだった。
「んくっ・・・・」
「声を出しても良いのだよ？その方が、君も楽だろう」
とたん、ぱさぱさと音を立てて首が振られる。
そんなことは予想のうちだ。
その魅力的な仕草を見るために、そう声を掛けたのだから、当然だ。
「仕方が、ないね」
その言葉に何を感じたのか、アスランはっと顔を上げた。
「手が止まっているよ？」
しかし、すぐに指摘を受けて、顔を伏せて『作業』に戻る。
それは、もうすっかり立ち上がり、先端から洩れる粘液に、引き下ろされた下着はもとより、中途半端に開かれた、赤いスラックスさえも濡らしていた。
そこに、ギルバートの視線が突き刺さるのを感じながら、アスランの指は、ぎこちない動きで己のものを弄っていた。
自分の手の動きよりも。
その視線に、感じる。
感じて、乱れて。
いやらしく、喘いで。
そういう風に、できている。
そんなことは、ギルバートもとうに知っているのだろう。
伏せたままの顔に指を滑らせ、産毛だけに触れるような、かすかな接触で頬を撫で。
そんな些細な愛撫にも感じて、いっそう顔を伏せてしまったアスランの、赤くなった耳元へ、そっと、言葉を吹き込んだ。
「そのまま・・・後ろも、してみなさい」
びく、と、アスランの肩が震えた。
緑の瞳が、恐る恐る、という様子で男を見上げる。
それから、また困ったように顔を伏せて。
それでもアスランは、そろそろと手を後ろにもって行き。
前を開けていただけのスラックスを、膝上まで引き下げて、膝を抱いて蹲るような姿勢をつくった。
自分で後ろに触れるのは、初めてではない。
無理な姿勢で双丘の肉を割ると、自らの洩らしたものでぬめった指は、いとも簡単に目的の場所を探り出す。
そこは、まるで待ちきれないとでも言うかのようにひくひくとうごめいていた。
「その姿勢では、苦しいだろう」
「いい、え。大丈夫です」
そう言う声は、潰れてくぐもり、既にかなり苦しそうだ。
ギルバートはくすくすと笑うと、優雅な仕草でヘッドボードを指し示した。
「そこに寄りかかるといい。こちらに向けて、ね」
何を向けて、とは言わず、ギルバートは優しげな笑みを浮かべて、付け加える。
「ああ、裾は少し上げた方がいい。そのままでは、せっかくしていても見えないからね」
「・・・・・・」
わずかに頬を歪めたアスランは、それでも従順に、木製のヘッドボードに胸を預け、膝に力を入れて腰を上げた。
それから、わずかに思案するように首を傾げて、意を決したように、赤い上着の裾を掴み上げ、震える唇に挟む。
ザフトの長い軍服も、そうまですれば腰の上までめくれ上がり、小さな尻が、ギルバートの前にあらわになる。
上がりきらなかった片裾が、わずかに垂れ下がっているのが、余計に情を誘った。
「よくそんなことを知っているね。誰に教えられたのだい？」
アスランは、厚い生地を噛んで首を振り、それには答えなかった。
ギルバートは、とうにその答えを知っているのだから。
足に絡まったスラックスは、いい加減邪魔なので片足を抜いた。
ギルバートもそれは咎めない。
そのまま、アスランは右手を自分の脚の間から差し込み。
先ほど探り当てた、小さな入り口へと、触れた。
「ん、くっ・・・」
指先に付いた粘液を、入り口になすり付けるようにして濡らし、そうして小さく息を吐いてから、アスランは己の中へと、自らの指を差し込んでいく。
熱い粘膜が、待ちかねたようにそれを包み、きゅ、と締まった入り口に、離すまいとするかのような力がこもる。
自分で自分の、一番恥ずかしい場所を慰める。
その淫らな行為と、見られる羞恥の快感に、アスランの肌はほの赤く染まり。
感じる腰は、感じるままに。誘う仕草でゆらゆらと揺れた。
「感じているね」
その様子をじっくりと鑑賞している男の声には、はっきりとした笑いが見て取れる。
とたん、伏せられていた顔がわずかに上がり、乱れた髪の間から、緑の瞳が恨めしげな、しかし熱に蕩けた視線をよこした。
彼自身には自覚はないのだろう、その艶やかなさまにまた笑い、ギルバートは彼のその視線に誘われるように、腕を伸ばして。
震える赤服の背中を、意図を持って、撫でた。
「ふ・・・っ、んっ」
とたんに強張る敏感な体。
恐らく、弾みで中にある指を動かしてしまったのだろう。
するすると、着たままの上着がシーツを擦り、腰が揺れ、膝が震えるさまをありありと伝えてくれた。
「その調子だ」
言われて。
もう一度、ギルバートを睨んだアスランは、それでも彼の望むままに。
そうして、自分の体の望むままに、中の指を動かしだす。
「んっ、んっ、ふ・・・・っ、ぐ、んっ・・・・」
指先に力を込めて襞を擦り、感じる場所を探してうごめかす。
やがて、指一本では足りなくなり、中を慰める長い指を、一度引き出して二本に増やす。
無意識に閉まろうとする入り口をこじ開けて、襞を開き、それでも物足りなくて、腰を振る。
「ふ・・・っ」
軍服の裾を噛み締めて、淫らな声を必死で塞ぐ。
しかし、その裾を噛んでいることで、アスランが自ら慰めている秘所は、何の遮るものもなく、ギルバートの前に曝されているのだ。
その矛盾が、いっそう深い快楽に、アスランを落とし込んでいく。
二本、三本と増やした指は、それでもまだ足りなくて、四本目をこじ込もうとするのに、指を増やせば自然、抜き差しは浅くなり、焦れた奥が切なく疼いた。
その疼きを少しでも慰めるために、指の届く範囲はめちゃくちゃに愛撫され、伸びきった襞が、過ぎた擦過に悲鳴を上げた。
「ん、くっ・・・」
しかし、それさえも自身を高める刺激に過ぎないのだ。
焦れったい。
決定的ではない、緩慢な刺激。
それでも、堅いヘッドボードに育ちきったものをこすり付ければ、男の性は頂点を目指して駆け上がる。
疼くばかりの後ろを、置き去りにして。
「ふ、くぅ・・・っ」
落ち着いた木目の柱と、目の細かいシーツの上に、濃い白濁が飛び散った。
たった一回イつただけだというのに、アスランはがっくりと膝を付き、布地を話して開いた唇から、荒い息を何度もついた。
苦しい。
息が、苦しい。
体も辛いし、頭もぼうっとする。
それに、何より。
満足できないままの、後ろが。
「ぁ・・・・くる、し・・・・」
無意識に、甘えの混じったかすれ声。
首をよじり、こちらに向けられた緑の瞳は、とろんと蕩けて涙を含み、艶やかに濡れていた。
それが、上目遣いに男を映し、二度、三度と瞬けば、長い睫毛に涙が散った。
まったく。
これがすべて無意識だというのだから嫌になる。
ギルバートは、苦笑しながらその身に向かって手を伸ばした。
いくら余裕を見せていても、男ならば、伸ばさずにはいられない何かが、彼にはあった。
これはもう、存在自体で男を誘う、魔性の生き物としか言いようがない。
この魔性を作り上げた男に、内心舌打ちをしながら。
それでも、その魔性にわずかばかりの抵抗を、と、ギルバートは、その手にぽうっと見入るアスランに、意地の悪い声をかけた。
「どうして欲しいのかな？」
そんなことは、すっかりわかりきった上で、だ。
「ぁ・・・・」
わずかに躊躇したアスランは、それでも望みを口にする。
「入れて・・・ください・・・・・」
そのまま、ギルバートから伸ばされた手に、アスランはきゅう、としがみ付いた。
引き寄せられ、肩に頬を摺り寄せると、ちいさくほう、と息をつく。
彼に、逆らえない理由はいろいろとある。
権力や恩義とという、簡単でわかりやすい理由から。
誰かに似ているこのぬくもりに、安堵してしまう。そんな自分でも納得のいかない理由まで、いろいろと。
その理由のひとつに、この快楽が含まれてしまうことを、アスラン自身は認めたくはないのだけれど。
「ふ、あ・・・・ぅ！」
自分で散々弄り回し、開ききって濡れたそこに、ギルバートのものが突き刺さる。
彼の上に跨り、座り込むこの姿勢では、望むよりも奥の奥、苦しい場所まで届いてしまう。
しかし、その苦しささえ気持ちよくて。
身の内を、いっぱいに満たされる快感に、アスランはギルバートにしがみ付き、身も世もなく泣き悶えた。
「あ・・・あ・・・・っ、や、ああ・・・ぁ！」
焦れきった襞は、男の楔に擦られて、歓喜するようにうごめいて。
ずるずると飲み込み、まとわりつき、もっともっとと誘い込む。
「いやらしい、中だね。さすがの私ももっていかれそうだ」
そう囁きながらも、ギルバートはその襞の誘いを振り切るように、一際深く腰を打ち。
「あぅ！」
高く鳴いて仰け反った身を、シーツの上に引きずり倒し、我が物のように蹂躙する。
「はっ、あっ、ああっ、ふ、く、あんっ！」
女のように穿たれて、快楽に泣き叫びながら、アスランの脳裏には、誰かの影がちらついていた。
それは、もうとうに捨てたはずの。
しかし、忘れ得ない人の、影。
「あっ、あっ、ああっ！」
それを払拭するかのように、ギルバートの巧みな動きが、アスランの中を埋め尽くしていく。
意識がだんだん白くなる。
もう、打ち据えられ、擦り立てられる体の中と、吐き出したくてたまらない、昂ぶりの他はどうでもよくて。
しがみ付いた男のぬくもりも。
どこかにあったはずの、父の影も、どこにも。
どこにも、なかった。