うでまくら
目が覚めた。
ら、なんだかとってもあったかかった。
すごく、シアワセな匂いもする。
もう少し、寝てたいな。
ダメかな。
ええっと、時計・・・
やっとのことで、目を開けて。
枕元にある時計の表示を探そうと、シンは頭を巡らせる。
すると、時計よりも先に、ピンク色の唇が目に入った。
さら、と、頬を滑る心地よい肌。
柔らかな寝息が、額にかかって。
ああ、アスランさん、寝ててもすっごく気持ちいいなぁ。
半ボケのシンは、えへへ、と、だらしない笑みをこぼして。
それから。
それから。
・・・えっと。
ええっと。
その時になって、シンはやっと。
アスランに腕枕された挙げ句、しっかりと抱き込まれて眠っていたことに気づいたのだった。
今朝から、シンの機嫌が悪い。
おかしいな、とアスランは思う。
シた後の朝ならば、たいてい頭に羽根でも生えたのかと思うくらいのはしゃぎっぷりで、できれば彼との関係は内密にしておきたいアスランとしては、頭の痛い話だったというのに。
今日は、自分よりも先に起きだして、さっさと部屋へ帰ってしまった。
朝食時も訓練時も目を合わさずに、捕まえようとしたらてってけと逃げられた。
・・・何なんだ？
困惑したアスランは、しかしこういう時、相手を上手く捕まえる、というような器用さを持ち合わせていなかったので。
困惑したまま、数日、実質シンは放りっぱなしになった。
何なんだよあのヒトは！
シンは怒っていた。
こんだけ無視しまくったら、いっくらなんでも気づくだろ！
アスランが聞いたなら、あまりの理不尽さにぽかんとしそうな理屈でもって、シンはずっと、怒っていた。
しかし、怒って３日目。
相変わらず、アスランからのアクションはない。
ここは俺が折れるとこなのかな。
さすがにシンもどうにかしなくちゃと思い始めたけれど、そんな駆け引きっぽいことなんて、今まで一度もしたことない。
どうしたらいいかわからない。
わからなくて、もう一日。
そこで初めて、アスランからのアクションがあった。
「そういえばお前、何怒ってるんだ？」
片手には整備ログ。
もう片手には、小型端末。しかも開きっぱなし。
今まで、ヨウランと３人で、インパルスのデータの話をしていた。
そのヨウランがいなくなったところを見計らったあたり、アスランとしては珍しくかなり気を使ったのだが、もちろん、シンにはそんなことはわからない。
「なんで・・・」
「うん」
アスランは、やっと教えてもらえると耳を傾ける。
本当に、彼にしては珍しく、人の話を聞く姿勢だった。
そうして当然、それもシンにはわからない。
「なんで！こんなトコでそんなついでみたいに！」
突然上がった大声に、向こうに行ったヨウランが、エイブス班長と振り返った。
ザクのコックピットに、首を突っ込んでいたヴィーノも振り返った。
作業用のクレーンを、移動させていた他の整備士も振り返った。
「・・・こんなところで大声を上げるのは、いいのか？」
呆れたようなアスランの声。
「アンタのせいだろうが！！」
なんだ、いつものケンカか。
振り返ったみんなが、自分の作業にもどっていく。
それがまた、シンには気に食わない。
俺、こんな一生懸命なのに。
なんでみんな！！
うぐ・・・と、今にも泣きそうな顔で自分を睨む部下で恋人を、一体どう思ったのか。
アスランはひとつ、大きなおおきなため息をついて。
「だからアンタは何・・・っ！」
また喚き出すシンの首根っこを掴むと、
「すみません、コレ何とかしてきます」
そう、整備士たちに声をかけて。
そうなる前になんとかしてやれよ。
そう、総ツッコミ食らっていることなど、まったく知らないままに、シンを引きずって行く。
「コレって何なんだよ！」
そう、シンの一吠えが聞こえてから、がこんとハンガーのドアが閉まった。
とりあえず、引きずり込むのは自分の部屋。
ドアを閉めたら、鍵もかける。
そうして、シンを床に放り出して、アスランはそこで腕を組んだ。
「一体何なんだ、お前は」
「アンタこそ何なんですか！？」
あ、とうとう泣き出した。
「俺・・・っ、俺、怒ってんですよ！わかってますか！？」
ぐしぐしと涙を拭いながら、ぎゃあぎゃあとわめきたてるシンに。
「一体、何を怒ってるんだ」
空気を読まないアスランは、単刀直入に聞いた。
「・・・っ、アンタって人はーーーっ！」
飛びかかられて、ほぼ反射で殴り倒し。
床に伸びたシンを、のぞき込んで聞く。
「だから、何を怒ってるんだ。言ってくれないとわからないぞ」
「わかれよ！」
「無茶を言うな」
どこまで行ってもアスラン・ザラ。子供の言い分など聞くわけがない。
そのぶん、シンが大人になった。
子供なりに、ほんのちょっぴり。
「だから！」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、もう４日、まともに話をしていない恋人に。
「アンタ、俺に腕枕なんかして！」
そう噛みつくと、彼はあっさりと頷いた。
「ああ、したな」
「だ・・・抱いて寝てて！」
「ああ」
こくん、こくん。
ごくごく普通に頷いて。
そうして、「だから？」とわかりやすく顔に出し、シンの言葉を待つアスランに。
「そんなの、俺がしたいのにーー！」
やっとのことでそう吠えると、アスランはそのまま、へこりと首を傾げて止まった。
「は？」
えっと。
ええっと。
そうして暫し、考えて。
「だから・・・何なんだ？」
わからなかったので、聞いた。
「そ・・・・っ」
シンはもう、呼吸困難寸前で。
「そんなの決まってるだろ！俺がしたかったのに、アンタにされたらすっげームカつくに決まってんだろ！！」
吠えながら、やっとのことで立ち上がったシンを。
アスランは、そのまま、また、がこんとぶん殴った。
「っ！何するんですか！」
三たび床にひっくり返り、じたじたと暴れる恋人に、ふんぞり返ったアスランは、超、上から目線で叱りつけた。
「そんなくだらないことで大騒ぎするな！」
「くだ・・・っ、くだらないって何ですか！」
そう言って、懲りずに立ち上がったシンの襟首をがっしと掴み締め。
「したいならすればいいだろう！俺は別に嫌だとは言ってない！」
そう言って、アスランはシンをベッドに放り投げた。
「・・・・・」
ばすんと背中をベッドにぶつけ、きょとんとアスランを見上げたシンは。
「いいんですか？」
あまりにあまりな急展開に、とりあえず聞いてみると。
「いや、ダメだな」
そうあっさりと返されて、ぶちんとキレた。
「なんでですか！？」
言うことコロコロ変わりすぎだこの人ー！
しかしアスランは、しれっとドアの方を見て。
「まだ仕事中だ。お前をなんとかすると言って出てきたんだった」
そう言えば、そうだったような気もするが、シンだってシたい盛りなのだ。
「なんとかしてくれないんですか」
その声は、もの凄くものすごく情けなく、響いて。
「・・・夜にな」
ため息混じりに呟くと、シンにがばりと抱きつかれた。
「ホントですね？約束ですよ！」
今度は、アスランも殴り倒さなかった。
翌朝。
一晩、アスランの枕にした腕は痺れて、あんまり寝た気はしなかったけれど、それでもシンはご満悦だった。
もっともすぐに、「潰しそうで怖いからもうしない」と言われて、また機嫌を急降下させるのだけれど。
それはまた、別のお話。