あれから、シンはアスランにくっついて歩くようになった。

「あのな、シン。張り付かれても俺は・・・」

部屋まで入り込んで、キーボードを叩く手元を覗き込む少年の頭に、アスランは戸惑ったように声をかける。

「わかってますよ。俺が勝手にくっついてるだけです」

勝手にくっついて、チャンス窺ってるだけです。

そうまでは言わずに、シンはアスランのデスクチェアの足元へ座り込んだ。

「でも、かまってくれたっていいじゃないですか」

わかってないだろう。それは。

「暇なら訓練でもしてろよ」

「暇じゃないんです、あなたといたいんです」

見上げたデスクの上から、大きなため息が聞こえた。

「・・・・いたいなら、大人しくしてろ」

意外な言葉に、むしろ弱気になって、おずおずと、聞いてみる。

「大人しくしてれば、いていいですか？」

「かまってる暇はないぞ」

画面から目を離さずに言われ、膝立ちになって一緒に画面を覗き込んだ。

スクロールされているのは、たぶんMSのOSだ。

パイロットなのに、この人はMSの整備にやたらと自分の手をかける。

しかも、自分の機だけでなく、シンたちの分まで。

「えと、あの、手伝います？」

明らかにアスランには関係ない、レールガンの制御プログラムを見つけ、シンは思わず口を出した。

そうだ、そうすればここにいる理由ができるじゃないか。

「・・・・・・頼む」

少し考えてから、アスランは引出しから携帯用らしい端末を引っ張り出した。

起動して、今開いてるのと似たような画面を開いて。

「とりあえず、この中から使えそうなデータ落としてくれ」

「はい」

椅子を引っ張ってきて、隣に座って、仕事手伝って。

それだけで、もの凄く嬉しい。

しかし、開いたデータの内容を理解して、シンは思わず手を止めた。

「えっと、アスランさん、これ・・・」

なんか、エネルギーカウント違うんだけど。フリーダムとか、ジャスティスとか、うわ、ニュートロンジャマーキャンセラー・・・・

「ああ。俺達がこのデータ持ってて問題になっても困るし、停戦後は廃棄しても良かったんだが。幼馴染がもったいないって、オーブのコロニー経由してアカデミーの学生用バンクに突っ込んだんだ。ザフトじゃ、あそこが一番セキュリティが甘いらしい。もともとがザフト機なんだから、ザフトにある分には問題ないだろう？まあ、機密だったデータはみんな公表されたから、見つかってもイタズラで済むと思ってたんだが・・・誰も開けてないんだな。ああシン、必要なのは既存ソフトじゃない。改造した方で・・・・そう、それ。最高のMS乗りでもある天才が組んだプログラムだ。使わなければ損だろう」

「MSのことになると、異様にイキイキしますねあんた」

「・・・・仕事だからな」

嘘ばっかり。

それでも、イキイキとキーボードを叩くアスランをみていると、シンも嬉しくなるから。

大人しく、手伝うことにすした。

すぐ隣に座っている、大好きな人の気配。

時々、シンの方にまで手を出して。

ちょっと指触っただけで、ドキドキすんの、わかってないんだろうなぁ。

ちくしょう。

何やかにやと余計なことを考えてはいても、二人がかりでしているものだから、程なくそれは終わってしまい。

「ありがとう、助かった・・・もう帰っていいぞ」

「はい！」

彼の笑顔に嬉しくなって、はっきり答えて帰ろうとして。

「・・・だから追い出さないでくださいよ」

危うく、シンは踏みとどまった。

「いや、追い出したわけじゃないんだが」

じゃあ無意識か。余計タチ悪い。

「あなたもちょっと休んだらどうですか・・・いつからやってんです」

えい、と後ろから首に抱きつけば、こらやめろ、と軽い声とともに、ぺしんと頭をひっぱたかれた。

「痛いですよ」

仕返しに、首をがっちりホールドすると、ふい、と視界が回った。

「うぇ」

背中に衝撃があって、ヘンな声が出る。

見上げたのは天井のライトと、陰になった端正な顔。

「何するんだ」

「こっちのセリフですよ」

いきなり投げることないじゃないか。

あ、でもこの体勢いいかも。

手を伸ばすと、また簡単に首を捕まえられた。

それに呆れた顔をしただけの人に、腹筋半分腕力半分で顔近づけて。

ちゅ。

唇、やらかくてあったかい。

鉄拳制裁上等。

それでもお釣りが来るキスだ。

すぐに飛んでくるだろう拳に備え、離した口をきゅっと噛み締めたシンだったが、来たのは手のひらで、しかもビンタじゃなかった。

「いいかげんにしろよ、お前」

手のひらで、ぐいーっと顔を押され、ごん、と床に頭が当たる。それはそれでかなり痛いのは、恐らく双方共に誤算だ。

「いーじゃないですかキスくらい。もっといろいろしたでしょう」

心底困った、という顔をした人の首に、えい、としがみ付き直して。

「いろいろって、あれはな・・・・」

困ってる困ってる。もう一押しってトコかな。

「頼んでもしてくれないって、また議長に相談しますけど」

これは、テキメンだった。

「脅迫する気か、お前は」

大きく見開かれた、翠の瞳。

そんなびっくりすることないだろ。

「キョーハクでもなんでもしますよ。それに、あんた俺のこと、ちょっとは気に入ってるでしょう」

自惚れ半分だけど、でもちょっとわかって来た気がする。

この人、誰にでも優しいけど、どうでもいい奴に、こんなふうにかまってくれたりしない。

「・・・・でも、好きとかじゃ、ないんだよ」

トーンを落とした声が、切なげでなんかセクシーだ。

すまなそうに、覗き込んでくる瞳にドキドキする。

「でも、してもイイくらいは好きだろ」

強気で行くと、ぺし、と額を叩かれた。

「だから、困るんだろうが」

「え、マジですか！」

びっくりした。

自分で言っておいて、かなりびっくりした。

「やりィ！大好き！」

跳ね起きて、膝を付いているアスランに、しっかりと抱きつく。

その背中をぽんぽんと叩いて、アスランは心底情けなさそうな声を出した。

「なんだか・・・最低な人間になった気がするんだが・・・・」

「あんた真面目過ぎんですよ」

言って、もう一度キスすると、するりと頭を抱いて、応えてくれた。

この人、キス上手い。

絡まる舌に、アタマぽうっとしてきそうだ。

なんかこうしてると、ホントに恋人になったみたいで嬉しい。

角度を変えて、何度もキスして。

背中とか頭とか、たくさん撫でてもらって。

唇が離れたとき、糸を引いた唾液がもったいなくて、その人の口ごとぺろりと舐めると、犬みたいだな、と笑った。

「ほら、立てよ。いつまでも床に座り込んで、本当に犬みたいだぞ」

「あなたがひっくり返したんですよ・・・・はれ？」

先に立ったアスランの手に引かれ、立とうとするのが上手くいかない。

「お前・・・あれで腰砕けたのか？」

呆れたようなアスランの声に、恥ずかしくて仕方がない。

「あんたが上手過ぎるんです！」

「お前が弱いんだろ」

言い切って、まるで荷物のように、片手で抱え上げられた。

そのまま、ぽい、とベッドに放られて。

甘い期待に胸を高鳴らせていると。

「なんでソコで仕事の続きですかあんたは！」

何事もなかったかのように、開いたままだった画面に向かった人に向かって、シンは思い切り枕を投げた。

信じらんねぇこの人！

当然枕は受け止められて、ぽん、と軽く投げ返され。

戻ってきたそれ越しに彼を睨むと、アスランはしょうがないな、というふうに笑っていた。

「終わったら、かまってやるから」

だからそこで大人しくしてろ、と。

言われた声が、また腰にクる。

「嘘つきませんよね」

「あたりまえだろ」

「かまってくれるって、抱いてくれるってことですよね」

「・・・・・」

思わず黙った正直者に、シンは、また、枕をブン投げた。

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