年下の恋人
「誕生日おめでとう、シン」
そう言ったアスランに、シンは問答無用で飛びついた。
即座に殴り倒されるやりとりは、何故にお互い懲りないのかよくわからない。
「お前な、人前で・・・」
「だって、嬉しかったんですよ」
ぶん殴られた頭を抱え、シンはすっかり涙目だ。
その様子にちょっと怯んで、しかし拳は握ったまま。
「だいたい、そんなに嬉しいものなのか？もう２３だろう？」」
アスランがそう言うと、シンは涙目のまま、今度はむくれた。
「誕生日がっていうか、アンタがおめでとうって言ってくれんのが嬉しいんですけどね」
「・・・・」
そこでやっと、アスランは拳を解いて。
それから、うろうろと視線をさまよわせた。
何やってんだこの人は、と、呆れたシンの涙がやっと引っ込んできたところで。
「・・・・そうか」
そう呟いたアスランは、さっきぶん殴ったシンの頭をぐりぐりと撫でたので。
「痛い！痛いって！コブになってんですよぐりぐりすんな！！」
また涙を滲ませて、シンはぎゃあぎゃあ喚く羽目になった。
とりあえず、飯をおごってやろうと言うので、シンはほてほてとアスランの後を付いて行く。
オーブの長い日がやっと沈んだ頃合いで、飲食街の看板が、夕空に奇妙に映えて見えた。
二人の勤めるモルゲンレーテの実験施設が近いせいで、シンは何度も知り合いに呼び止められ、そのうち何人かに「おめでとう」と言われていた。
何だ、俺の他にも言ってくれる奴いるんじゃないか。
それでもシンは、そのうちの誰にも飛びつかなかった。
そんなことに優越感を感じる自分に、アスランはちょっとだけ落ち込んだ。
「何アンタオチてるんですか？」
シンは、こんな変なところで聡い。
「何でわかるんだ？」
試しに聞いてみると。
「だって、地面見てんじゃん」
至極簡単な答が返ってきた。
自分の単純さに、また少し落ち込む。
「あのさ、誕生日だってのに隣でオチてられると、うっとうしいってかムカつくんですけど」
「・・・・・・」
今度は黙って拳を振り上げたアスランに、まだコブの直っていないシンは必死で頭をかばう。
「わぁっ！いいだろちょっと調子乗るくらい！ほら！店！あそこだろ！」
ちょっとごちそう、という時にいつも使う店が近づいて、シンはてってけとそちらへ向かう。
その後を、ため息をついたアスランはゆっくりと追った。
なんで俺、あんなのがいいんだろう。
長年の疑問は、たぶん、一生解けないままだろう。
ちょっとごちそう、と言っても、アスランにとってそれは化学薬品の匂いのしないロールキャベツであり、シンにとっては鉄板で出てくるステーキだ。
がっふがっふと肉を食らうシンは、成長期とそう変わらない食欲を維持している。
これで体型変わらないんだから、どういう構造をしてるんだろう。
もしかして消化器悪いんじゃないか。
そんなアスランの心配をよそに、シンは楽しそうにしゃべりながら肉の塊を飲み込んだ。
「・・・それに、これから２ヶ月、俺とアンタ一つ違いですよ」
何が「それに」なのかを、アスランはばっちり聞き損なった。
でも、その前の話題は付け合わせのポテトの話だったから、全然関係ないということも、十分にあり得る話だった。
「一つ違いっていったらアレですよ、ほとんど同い年ってことじゃないですか！」
どういう理屈かわからないが、シンの中ではそういうことになっているらしい。
アスランは曖昧に首を傾げつつ、柔らかく煮込まれたキャベツを飲み込んだ。
「こないだ演習で一緒になった奴、同い年だと思ってたら、いっこ下だったんですよ！」
「シン、それは」
お前が実際より、一歳分子供なのでは。
そうも思ってみたのだが、十代の頃はともかくとして、もう一歳や二歳の違いはそう変わらないか、と思ってしまったので、アスランはそのまま口をつぐんだ。
一歳くらい上でも下でも、大人は大人だし、子供は子供だ。
俺はどっちなんだろうなぁと思いながら皿のソースをパンで拭い。
それでも残ったパンをシンに差し出すと、「サンキュー」とうれしそうに笑って、何もつけずに頬張った。
その、少し膨らんだ頬を見て、アスランはぼんやり考える。
たとえば。
シンが自分と同い年だったなら、この関係性は変わっていただろうか。
同い年のシン、を想像して、アスランはへこりと首を傾げる。
なんだか、年齢というバカでもわかる明確なアドバンテージがない分、面倒くさいことになっていたような。
「何考えてんですか？」
「いや」
あすらんは、ふるりと首を振って、それからじっとシンを見た。
アスランに見つめられて、フォークを握ったままのシンは、どきどきしながら見返した。
そんなシンに、アスランはちいさく、ふうっと笑って。
「お前が年下で良かったなと」
そう、柔らかな声で言ってくれたけれど。
「何なんですかそれ！」
もちろんそれは、シンにとってはがっつり地雷だった。
いい雰囲気はとたんにブチ壊れ、しかしアスランはそんなものにはこだわらない。
「ん」
フォークに刺さったまま、ぼたぼたとソースをこぼす肉。
癖毛なのか寝癖なのか、未だに判然としない跳ねた髪。
一生懸命睨んでくる、きらきらとした赤い瞳。
それらにうんうんと頷いて。
「恋人は、可愛いのに限るだろう」
そんなふうに、何か当たり前にモテる男みたいに言うから。
「可愛いって言うな！」
お約束のようにがなってから、シンはぷんぷんと膨れながらフォークの肉に食らいついた。
その様子を楽しく眺めながら。
アスランは、またバレて怒らせないように、こっそりと笑った。
うん、やっぱりシンは可愛い。
いつまで経っても可愛い。
年下の恋人。
「あ、アンタ笑ってるだろ！笑うなっつの！」
アスランの、可愛い、恋人。