前を行く花月が、急に立ち止まった。

下を見て、あたりを見回し、そして、思い切り天を仰ぐ。

肩まで伸びた髪が、一瞬ふわりと空に舞い、リン、と鈴の音が響いた。

「何をしている？」

いつも十兵衛の意表を突く花月だが、この行動は明らかに不審なものだった。

あたりに危険な気配はない。

花月が何にこんなにも反応しているのかがわからない。

「空だ！十兵衛」

しかし、花月は十兵衛の心配をよそに、実に嬉しそうに言ったのだった。

見上げれば、確かに遙か上方、ビルとビルとの隙間に、青い空と白い雲が見える。

増殖し、癒着したビル群の中で生きる十兵衛たちには、久方ぶりに見る空。

それは、白い雲と共に、遙か遠い世界だった。

「・・・・ああ。青いな」

「うん。それでね、十兵衛」

花月は、足元を指差す。

コンクリートの割れ目を覆う、赤く錆びた鉄板の上。

昨日降った雨が、わずかに溜まったその水溜りに。

「・・・空、だな」

「でしょ」

小さな水溜りに、小さな空が。

鉄板の歪みと、水の量と。そんなわずかづつの偶然が重なって、ふたりの足元に現れた、それは地上の空。

赤茶けた青、沈む白。

しかしそれは、今、自分たちだけの空。

「きれいだね」

「ああ」

そう応えて十兵衛が覗き込むと、その影になって、空は消えてしまった。

「だめだよ十兵衛、もう少しさがらないと」

「そうだな、すまない」

一歩さがって。

ふたりで、空を見た。

飽きることなく、地上の空を。

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