人間に､なりたいと思う。

師匠(創り主)に言われたからではない。

今の自分に不自由があるわけでもない。

ただ。

これと、同じものになりたいと思う。

無意味に。

おずおずと伸ばされた指が､狩衣の越しの肩をたどり、肘まで下りてきたところで、慌てたように引き戻された。

大きな瞳が、おどおどとこちらを見ている。

何度体を重ねても、変わらない初々しい様子が、泰明の体を熱くする。

引かれたまま、宙に浮いていた白い手を取り、口付ける。

細い、という意味においてだけ、泰明と同じ指は、しかし泰明のものとはまったく違っていた。

その先端を吸う。

「や、やすあきどの・・・・・」

柔らかな指。

柔らかな永泉。

泰明とは、違う。

「おまえは、柔らかいな」

言葉にすると、白い手がほの紅く染まり、熱を持った。

この、さらに奥。

これから曝される肌も、同じ色をしているのかと思うと、泰明は早く見たくてたまらなくなった。

永泉はあたたかくて柔らかくて可愛らしくて、泰明とは、全然違っていた。

永泉は人間だから。

泰明はヒトガタだから、仕方がないのだけれど。

「泰明殿、あの、何か、お悩みでもあるのですか？」

灯台の明かりが、藍色の髪の陰影を、ちらちらとつくっては消す。それをぼんやりと見ていた泰明は、傍らに横たわったままの永泉の髪に、じかに触れた。

「おまえは、柔らかいな」

「え・・・あ・・・あの、すみません・・・・」

泰明が質問に直接答えてくれないことはよくあることなので、永泉は思わず謝った。

そして、直接答えてくれなくても、それが問いに関係することであると知っているので、続きに聞き入る。

「何故謝る？私は、柔らかい方がいい」

泰明は自分の腕に触れ、それから永泉の髪に指を戻した。

「人間とは、柔らかいものなのだろう？」

泰明は、永泉以外と触れ合うことはほとんどない。

「いえ、あの・・・男ならば普通、泰明殿くらいは硬いと思うのですが・・・・」

友雅に、抱き上げられたことがある。天真に、ふざけて押さえ込まれたことがある。

どちらにしても、泰明ほど骨ばってはいなかったけれど、同じことだ。

自分が柔すぎるだけ。

永泉は、少し、落ち込んだ。

「そうなのか？しかし、私はおまえと同じがいい」

子供のような言葉に、永泉は落ち込んでもいられずに、笑ってしまう。

こんな時、このすばらしいひとが、まだ子供のような年なのだと実感する。

「でも、泰明殿・・・」

身を起こした永泉の、白い肩。

「泰明殿と、私は、違う人間ですから・・・」

同じようには、なれませんよ？

わずかに傾げられた細い頚が、うつくしいと泰明は思った。

「私は、人間ではない」

「ええと、あの・・・それは、そういうふうに、違ったりもいたしますけれど」

細い指が伸ばされて、泰明の骨ばった腕にからみつく。

今度はためらわず、きゅう、と身を寄せた永泉の、あたたかさ。柔らかさ。

「泰明殿は、お強くて、頭がよくて、たくさんのことができます。私は、あの、できることが、あまりありませんから・・・だから、泰明殿が、私と違ってよかったと思います」

よく考えて、言葉を選ぶ。泰明は、言葉をとても大切にするから。

時々、そうは思えなくなるときもあるけれど。

「それに・・・」

泰明の胸元に額を押し付けた永泉の、体の中でも特に柔らかいところへと、勝手に手が伸びる。

「同じだったら、その、あの・・・んっ」

自分の腕の中で、ふるふると震える永泉。

「こんなに、好きになったりしません・・・・」

永泉は、わかっていない。

そう、泰明は思った。

わかっていない。

いないのに。

「そうか」

それが嬉しくて、泰明はもう一度、その白い体に口付けた。

自分と違う体は、あたたかくて柔らかくて可愛らしかった。

人間に、なれなくとも良いと思った。

これと、同じでなくて良いと思った。

大好きだから。

自分と違う、永泉が。