誕生日の食卓
テーブルいっぱいのごちそうと、家族で食べるには、大きすぎるケーキ。
それが、シンの持つ誕生日のイメージだった。
テーブルの周りには、父さんと母さんとマユと、そうして俺と。
そんな、ほのかにオレンジがかったイメージ。
もう二度と味わうことのない、あたたかな食卓。
「そこで、困った顔したところで一気にこう・・・・」
チャイムが鳴って、授業が終わって。
家路に着く同級生に混じりながら、シンは今夜のシミュレーションに余念がなかった。
今日はシンの誕生日だ。
しかし、同棲中の恋人は、たぶん絶対どー考えても、そんなこと覚えちゃいないだろう。
なにせ、自分の誕生日すら忘れているような人なのだ。
それはそれで悲しいけれど、シンはもうそんなこと、とっくに諦めている。
そんなことも含めて、アスラン・ザラなのだ。
ならば、そんな恋人の特性を、精一杯利用しなくてはもったいない。
「プレゼントって言えば、上乗ってくれるかな。口もいいかも・・・・」
ぶつぶつと呟いていると。
「アスカ、口に出てるぞー」
と同級生にからかわれ。
「うるせぇ、悔しかったら乗って口でしてくれる恋人つくってみろよ！」
馬鹿な切れ方をして、女の子たちに嫌われた。
アスランと同棲を始めて、もう半年経つ。
家族を失ってから、ひたすら走り続けていたシンを、アスランは思い切り引き止めて、年相応の学校に放り込んだ。
『お前はもっと、ゆっくり世界を見た方がいい』
彼の言うことが訳わからないのは、いつものことだ。
訳がわからないのに、何故か変に正しいのも。
だからシンは、大人しく学校に通っている。
ちょっと、悔しいけれど。
「あれ？・・・あ、ただいまー」
家の鍵を開けようとして、間違って閉めて。開かないドアに腹を立ててから、既に鍵が開いていたことに気がついた。
今日は珍しくアスランの方が先に帰っているらしい。
誰かのいる家へ帰るのは、ちょっと、ほっとする。
「あ・・・」
何食わぬ顔でドアを開けたら、いい匂いがした。
肉と油とスパイスと。それは、食事の用意が整っていることを示していた。
一緒に住み始めた頃は、食事は当番制にしたのだけれど、アスランの帰りがあまりにも遅いので、そのうちシンが全部作るようになった。
それでも、時折早く帰ったとき、アスランはこうして食事を作ってくれることがある。
鳥の油、から揚げの匂いだ。コンソメとトマトの香りは、きっとアスランが好きで得意な、ロールキャベツを煮込んでる。香ばしく焼けたマヨネーズはなんだろう。凄く、豪華な感じ。
シンは、わくわくしながらキッチンへ回り込んだ。
「アスランさん、ご飯作ってくれた？」
「ああ。もうすぐできる」
デニムのエプロンは共用だ。シンがすると丁度いいのに、アスランがするとちょっと短い。
悔しいけれど、可愛いから許す。
「これ出してくれ。後は待ってろ」
言い方は偉そうだけど、新妻みたいなその様子に、シンは嬉しくなって、突き出された温野菜のサラダを受け取って、ダイニングへ運んだ。
オレンジ色の、落ち着いた照明の下には、いつも二人で囲むテーブル。
「うわぁ・・・」
そこに、あったものは。
テーブルいっぱいのごちそうと、二人で食べるには、大きすぎるケーキ。
シンのイメージする、シンの欲しかった。
誕生日の食卓、そのままの。
「ケーキがな・・・もうワンサイズ小さいのがあったはずなんだが、売り切れだったんだ。でかいけど、お前なら食べられるだろう？」
焦げ目の付いたマヨネーズは、ジャガイモとベーコンの重ね焼き。
それを無理やり作った空きスペースに並べたアスランは、呆然としたシンの手からサラダを取り上げて、その隣へと置いた。
「誕生日、おめでとう、シン。ローソクは１８本でいいんだよな。火をつけるのは、どれか皿を空けてからにしよう」
さっさと席に着いたアスランは、ちょいちょい、とシンを手招いた。
まるで、当たり前のように。
当たり前のように、誕生日の食卓に、シンを招く。
テーブルいっぱいのごちそうと、家族で食べるには、大きすぎるケーキ。
シンの持つ、誕生日のイメージ。
テーブルの側には、シンを手招くひと。
ほのかなオレンジに調整された照明。
もう二度と、味わうことのできないはずだった、あたたかな食卓。
「う・・・」
今度は、アスランが驚く番だった。
「何、お前、泣いて・・・」
「泣いてませんよっ！」
慌てて拭っても、ばれてしまった涙を、シンは違う意味にすり替える。
「アンタが俺の誕生日覚えててくれるなんて、思わなくってっ」
すり替えたつもりが、替っていなくて。
「俺だって、人の命日ばかり覚えているわけじゃないさ」
そう、悲しげな笑みを見せられてしまい、悔しくなって、俯いて。
でも、目の端に映るテーブルは、やっぱり嬉しくて。
「・・・嬉しいです」
そう呟いたシンに、アスランは、今度は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
それがまた、シンには嬉しい。
また出て来そうになる涙をなんとか押し殺し、少し上ずった声で甘えてみせた。
「じゃあ、プレゼントは？」
「あ・・・・」
瞬いた翠の目。
ちょっとマヌケで、可愛い。
「すまない。忘れてた」
「あんたさー」
本気であきれ、それからシンは気を取り直して、しょげ返るアスランの首にしがみ付いた。
頬が触れる。
あったかくていい匂い。気持ちいい。
「いいよ、もう」
テーブルいっぱいのごちそう。
家族で食べるには、大きすぎるケーキ。
シンの欲しかった、「誕生日の食卓」。
それをもう、もらったから。
でも。
ちょっとした欲が頭を持ち上げる。
だってやっぱり、ずっと計画してたんだし。
「ごめん」
申し訳無さそうにぽんぽんと頭を撫でる手が、その欲を後押しした。
「じゃあ、さ。あんたくださいよ」
一拍置いて、腕の中の体がぽうっと熱くなった。
すぐにわかってくれて嬉しい。
「誕生日とかじゃなくてもするだろう、お前」
「するけどさ・・・ダメ？」
情けない声でそうねだる。
乗ってとか口でしてとか、そんなこと言わないから。
だから、あんたを抱きたいな。
キスして、ぎゅってして。
いっぱいいっぱい、繋がりたいな。
赤い瞳に間近でねだられ、アスランは緩くため息をついた。
ああ、自分は彼にこんなに甘い。
「それ、全部食べたらな」
テーブルの上を指差した、彼のお許しの言葉に、シンは飛び上がって喜んだ。
「やーった！ってこれ全部ですか？動けなくなっちゃいますよ！」
「ケーキは一切れでいいよ」
「わかりました。いただきまーす」
向かい合って、手を合わせて。
そうして、加減というものを知らない恋人の、腕によりをかけた料理の数々を、シンは残らず堪能した。
もちろん、全部美味しかった。
シンの恋人は、料理も上手いけどベッドでだって凄い。
何が凄いかというと・・・ええと、いろいろ凄い。
こういう時しか見られない、白い腿の内側なんか見ただけで、シンはもうどきどきして止まらなくなる。
なのに。
「シン・・・腹出てる」
笑いをこらえたアスランは、そう言って今度こそくつくつと笑い始めた。
「全部食えって言ったのアンタだろ！」
「いやだって・・・本当に全部食べるとは・・・」
「笑うな！」
怒鳴った勢いに任せてがばりと圧し掛かると、まだ笑いにふるふると震えているアスランは、それでも大人しく下敷きになった。
こんなところが可愛いと思う。
「で、どうして欲しい。乗って欲しいのか？それとも口か？」
こんなところが、敵わないと思う。
「・・・どっちもしてください」
自然とむくれた声になったのは、仕方がないことだろう。
「わかった」
それでもアスランは、笑いの残りを唇に纏わせたまま、そう頷いてくれた。
アスランの口は、熱く濡れていて気持ちいい。
下と違って、意図的にシンを気持ちよくさせてくれるのも、イイ。
「んっ・・・」
喉の奥まで含まれて、たっぷりと吸われたかと思うとけぷりと吐き出して。今度は袋をしゃぶってくれたりもする。その眺めも、凄くイイ。
「んんん？」
うっとりとそれに感じ入っていると、また先端を咥えたアスランが、上目遣いにこちらを見た。
不明瞭な問いは、恐らく『どうした？』だろう。
「いえ・・・すっごく、気持ちいいです」
そう言うと、翠の瞳がふうっと笑む。
それからまた、ちゅるりとそれを飲み込んで。
「んっ、んっ」
上手な上手なアスランが、あんまり一生懸命ご奉仕してくれるものだから、若いシンはたまらずに、その喉にとぷりと吐き出してしまった。
「うわ、すいません！」
あんまり奥で出すと、むせたアスランに怒られてしまう。
慌てたシンに、しかし上手に飲み込んだアスランは「平気だ」と言って首を振ってみせた。
けろりとしているのに、口の端には白い粘液。イヤラシイ。
「あとは、上に乗るんだったか？」
しかもその上、ベッドに座り込んだシンの上に、のしのしと乗って来ようとするものだから、シンはふるふると首を振った。
「いえ、もう十分です！」
この上乗られてしまったら、なんだかシンの方が襲われているみたいだ。
「そうか？」
首を傾げたアスランの、うっすらと傷の浮いた肩を押して、シーツの上に倒す。
傷だらけの、シンよりもまだ、しっかりとしたアスランの体。
それなのに、もの凄く色っぽくて、そそる。
「はい。それにやっぱり、アンタにも気持ちよくなって欲しいし」
「俺は、これで十分なんだがな」
そう言ったアスランは、シンの背にしなやかな腕をまわして、きゅうっと抱きしめてくれた。
触れ合う素肌。感じる体温。
あの綺麗な手が、今、自分の背中を抱いていてくれている。
でもシンは、それで十分だと言うには、少し、欲張りなのだ。
「アスランさぁん」
情けない声が勝手に出て、くすくすと笑われてしまった。悔しい。
「まったくお前は・・・」
笑いながら腕の力を緩めてくれたその人の、笑んだままの唇に、キスをする。
キスは、随分上手くなった。
こっちだって。
「んっ・・・」
シンを受け入れてくれる場所を、そっとなぞる。
そこはもうひくついていて、あんただって欲しいんじゃないか、と、シンも可笑しくなった。
「アスランさん、ちょっと離して。ローション・・・」
「そういう物は、始める前に用意しとけ」
「はあーい」
でも、まだまだみたいだ。くそ。
仕切りなおして、キスをして。そこをゆっくりと柔らかくしていく。
気は急いて仕方がないけれど、でもだって、ちゃんとしないと辛いのはアスランさんなんだもの。
ちゃんと、しなくちゃ。
「んっ・・・あ・・・・・・」
ローションを纏わせた指で、そっとそっと開いていくと、シンを飲んでくれるそこは、ふんわりと綻んでいく。
アスランの腰がゆるりとうねって、ほの赤く染まった脚が空を蹴った。
前のモノも、もう形を成して勃っている。
「シン、もう・・・」
濡れた翠の瞳と、うっすらと赤い目元。
そんな目で見られたら、もうたまらない。
「は・・・いっ」
シンはアスランの膝裏を掴み、思い切り良く大きく広げた。
そんなところはまだまだだな、と苦笑したアスランは、しかしすぐに大きく喘がされた。
「あっ・・・あ、あぅン・・・・」
アスランの中に、ゆっくりと、シンは自分を収めていく。
シンに初めての快楽を教えてくれたそこは、今も、最高の快楽を味あわせてくれる。
そうして、アスランにも。
「アスランさん・・・・」
「ああっ、は、ぁ、シン・・・っ」
心ごと、体ごと、望まれて繋がる悦び。
それは、何物にも換えがたくて。
そうして、何よりも気持ちがいい。
「あ・・・っ、シ・・・・んンっ」
奥まで届いて、仰け反って。
思わず固く食い締めた彼が、まるで逆襲するかのようにずるりと退いた。
熟れ切って、感じ易くなった襞を擦られる快感に、アスランはふるふると首を振る。
「やっ・・・」
「あ・・・痛かった？ごめん」
違う、と、もう一度振られた首の、細い顎を掴まれた。
次に来るものを予想して、反射のように口が開く。
違わず下りた口付けは、予想よりもずっと深く。甘く、アスランを酔わせた。
「ご、め。ちょっ・・・我慢できない」
貪り合うようなキスが不意に終わって、必死に酸素を取り込んでいると、ボンヤリとした頭にそう囁かれて。
うん、と頷いて、アスランは、きゅっとシンを抱きしめた。
胸に湧く愛しさに、知らず、ため息が洩れる。
この子が、生まれて来てくれたこと。
それに、どうしようもなく感謝する。
「シン・・・・」
とたん、激しく揺り動かされて。
「あ、あ、ああっ・・・・」
思わず逃げた腰を、しっかりと掴まれて。
容赦なく与えられる快感に、我を失うその一瞬。
アスランが見たものは、シンの瞳が嬉しげに笑む、その、真紅の色だった。
「あ・・・乗るの忘れてたな」
快楽を分かち合って、上りつめて。
抱き合って、キスをして、余韻に浸りながら。
唐突にアスランが上げた声に、シンは思わずその人の胸に突っ伏してしまった。
今頃、何を言い出すかな、この人は。
「乗るか？」
しかも、シンがうんと言ったら、本当に乗る気らしい。
義理堅いというか、情緒がないというか。
でも、そんなところも大好きだ。
「じゃあ、後でまたして下さい」
言うと。
「ああ、わかった」
アスランは、ふわんと笑って。
それからもう一度、半分寝言のような声で。
「・・・・おめでとう、シン」
そうしてアスランは、シンの肩に懐くと、やがて穏やかな寝息を吐き出した。
その、緩やかな音を聞きながら。
ゆっくりと上下する、その人の体を抱きながら。
シンは、幸福を噛み締める。
ずっと、欲しかったものは。
誕生日を祝ってくれるひと。
ずっとずっと祝ってくれるひと。
一緒に食卓を囲んで、笑ってくれるひと。
シンを、愛してくれる、家族。
「アスラン、さん・・・・」
それを手に入れたシンは、きゅうきゅうとその人を抱きしめて、一緒に眠る。
シンの愛する、