たいしたことじゃ、ない。
そこは、窓の大きな、行政府の執務室のひとつだった。
机に影にうずくまったアスランは、口腔内のものの気持ち悪さに、とにかく吐き気を押さえることを考えていた。
自然と喉が鳴って、それを、相手は嬉しそうにあげつらう。
「美味しいのかい？」
そんなわけ、あるか。
それでも、文字通り口を塞がれたアスランは黙々と「作業」を続けるしかない。
喉奥から染み出してくる苦味。
ぐい、と髪を掴まれて、いっそう深く飲み込まされ。
この馬鹿。そんな奥に・・・
思う間もなく、注ぎ込まれる。
慌てて喉を閉めても、苦しいのには変わりなく。
「ぐふっ・・・くっ・・・・」
咳き込んで吐き出せば、それが気に入らなかったのか腹を蹴られて転がされた。
加減を知らない力に息が詰まり、とどめのように喉を踏まれる。
この程度の力、跳ね除けるなど、相手がナチュラルでなくてもアスランには容易だったけれど。
それでも相手は、セイランの後継ぎだ。
アスハ家に雇われた護衛であるアスランが彼に逆らえば、カガリの立場はいっそう悪くなる。
彼女にこれ以上迷惑をかけるくらいなら、これくらいのことは、なんでもない。
「まったく・・・カガリも、護衛くらいちゃんと躾て欲しいものだよ」
「・・・・すみません」
喉から靴底をどかされて、咳き込みながら起き上がると、彼とうっかり目が合った。
子供が、与えられたオモチャを見る目だった。
「まあいい。僕は寛大だからね。それより君、さっさと立ちたまえ、みっともない」
「・・・・・」
立ち上がれば、すぐに体を反転させられる。
彼に背を向けて、机に手を付く姿勢。
何を求められているかはわかり切っているから、そのまま大人しく、腰を突き出して。
「うーん。何か、面白くないね」
しかし彼はそう呟くと、ぽん、とわざとらしく手を打った。
「そうだ、自分で脱いで見せてくれたまえ、うん」
残酷な、子供の顔。
「下だけでいいよ。ほら、さっさとしないか」
癇の強い声に、促されるまま、ベルトに手を伸ばす。
かちゃかちゃという音が、少しだけ耳に痛かった。
明るい日の光の下、下肢を曝すのは、何かが、もう少し痛い。
どうということはないのだけれど。
ジャケットの裾をたくし上げ、もう片方の手を机に付くなり、奇妙に柔かい手が、腰を掴むのがわかった。
「う、ぁ・・・・」
慣らしもせずに挿れるのは、自分だって痛いだろうに。
「こら、ちゃんと緩めろ」
無理に決まっている。
それでも、この無理やりな行為に慣らされた体は、血を流しながらも受け入れて。
所詮、この程度の輩だ。
痛みを無視することは慣れている。
気持ち悪いのは、まあ、仕方がない。
少しの間、我慢するだけだ。
たいしたことでは、ない。
そして、そのまま。体の中を、気持ちの悪い熱が行き来する。
「う、ぁ・・・・」
無理やり奥を押し開き、中の襞を摩擦して、アスランに、苦しい声を上げさせて。
溢れた血が、内腿を滑っていく感触に気づいたとたん、気持ち悪さに拍車が掛かった。
「ちゃんと腰を振らなくちゃダメだろう？」
「は・・・っ、あっ、ぁク・・・・っ」
自分で動けば、力の入ったそこが、自然と中のものを締め付ける。
生々しく感じる肉。吐きそうだ。
そう思って、ジャケットをきつく握り締めた拳を、生ぬるい手に掴まれた。
「君も、楽しまないとね」
ばかやろう。
この状態で、どうやって楽しめと。
それでも、逆らうことは許されないから。
のろのろと、その手を前にまわす。
ぱさりと落ちた裾は、うっとうしげにめくり上げられ、いっそう曝された腰の奥、深く抉られる苦しさに息を詰めて。
触れた、自分のものは、ただ痛みと気持ち悪さに縮こまったままだった。
それに、何故かほっとして。
しかし、突き上げられた弾みで、ソレを握り締めてしまえば。
「んっ・・・」
「そうそう。やっぱり感じてる時の方が、中もいいねぇ」
勃ち上がってくるもの。
それにつられるように、ただ気持ちの悪いだけだった体内の動きが、少しづつ、違って感じられてくる。
「っふ、ん・・・」
思わず身をくねらせると、背後から嘲う声が聞こえた。
「なんで、こんなところで感じるのかね。それもやっぱり、簡単に気持ちよくなるように遺伝子弄ってるのかなぁ・・・こんなに血も出てるのに」
脚をつたう血をすくい上げた手が、べたべたとアスランの白い頬を汚す。
「ふ、んっ、ぅ・・・・」
首を振って嫌がれば、相手を更に喜ばせてしまうことくらい、わかっている。
中を抉られるたびに、声が出てしまっても。
前を、硬くしてしまっても。
わかっては、いる。
しかし、相手の思うようにしなければ、ただでさえ苦しいカガリの立場を、もっと悪くしてしまいかねないから。
自分が、そんなことをするわけにはいかないから。
「くっ、ふっ、ああっ・・・」
アスランは、苦しい息を吐きながら、自分のものをその手で。ユウナのものを、痛めつけられた内で受け止めた。
「まったく、カガリもなんでこんなのがいいのか。悪趣味だね」
自分の吐き出したものを、ハンカチで始末しようとすると、口に運ぶことを強要された。
挙げ句に、彼の後始末も、その口でさせられて。
自分の血と、彼の精液にまみれたそれを、ぺちゃぺちゃと舐め取る自分は、彼には淫売以外の何者にも見えていないのだろう。
「自分の中に入っていたものを舐めるのが、そんなに嬉しいのかい？」
早く解放されたい一心の、必死な舌の動きをそう評された。
そう。自分は。
貶めて。踏みつけて楽しい、ただのオモチャ。
「くっ・・・」
やっと解放された口で、最後に指についた血を舐め取らせたセイランは、一度、執務机に背を預け座り込んだアスランを、上から下までじっくりと眺めてから。
「フン」
満足げに笑って、出て行った。
パタン、とドアの閉まる音がして、初めてアスランの緑の目から、ほろりと涙がこぼれ落ちた。
こんなことは、たいしたことじゃない。
それなのに、涙をこぼす自分が情けなかった。
「く、そ・・・」
ぐいぐいと涙を拭い、とにかく血と精液で濡れた下肢をなんとかしようと、先ほど奪われたハンカチを、机の上から引きずりおろす。
そんな小さな布切れて、どうにかできる汚れではないのだけれど。
適当に拭って、スラックスを穿いてしまえば、気付かれずに済むだろう。
起き上がりかけて襞が緩み、絨毯の上に、注がれたものがはたはたと落ちる。
これも、後始末しないと・・・
アスランがそう思い、小さく息をついた時だった。
カチャリとドアノブのまわる音がした。
アスランは、びくりと身を強張らせる。
誰だ。
セイラン家の者ならば、問題はない。ユウナは気付いていないようだが、これはセイラン家のスキャンダルにもなる。事を荒立てるようなことはしないだろう。
問題は、他の氏族の者だった場合だ。
オーブでは、家は重要な意味を持つ。
アスハと、セイランと。
双方の名に、傷がつくことを、喜ぶ者は多い・・・
なんとかやり過ごせないかと身を縮めた弾みで、爪先が脱ぎ捨てられたスラックスに引っかかった。
カチャ、と、ベルトの金具がかすかな音を立てる。
足音が、真っ直ぐに近づいてくる。
しまった・・・
机の向こう、息を飲む気配。
アスランは思い切って、頭上を見上げた。
状況把握が出来なければ、どんな手も打てないから。
「・・・キサカさん」
そうして、そこに見知った顔を見て、アスランはほっと息をついた。
覗き込んでいたのは、顔なじみのカガリの側近だった。
先の大戦の折から、ずっとカガリの護衛をしていた、いわばアスランの先輩に当たる者だ。
カガリ第一の彼ならば、知られても特に問題はない。
カガリに知らせることも、騒ぎ立てることもないだろう。
「まったく、セイランの若君も無茶をする」
「はあ。・・・・え、あ、どうして」
どうして、それを知っている？
アスランの問いに、キサカは表情を動かさずに、答えた。
「先ほど、ここを出て行くあいつを見かけてな。奇妙に機嫌が良さ気だったので、何をやらかしたのかと思えば・・・大丈夫か？」
動じないキサカの声に、アスランは羞恥に身を竦める。
真昼の、こんな明るい部屋で。
恥ずかしい姿を曝している恥ずかしさが、頬を赤く染めた。
「は、い。大丈夫です」
腕を伸ばしてスラックスを掴み、下肢の始末もせずに穿いてしまおうと立ち上がろうとして。
「つっ・・・」
「無理をしない方がいい」
よろめいて、抱き止められ、いたたまれなさに泣きたくなった。
事務的に接してくれているとはいえ、見知った相手なのだ。
こんな風にいたわられるのは、死にたいほどに恥ずかしい。
「いえ、しかし・・・」
「こっちだ」
ひょい、と抱き上げられ、下ろせと訴えようとして、諦める。
実際、足腰が立たないのだ。子供じみた意地を張っても仕方がない。
「すみません」
「いや」
連れて行かれたのは、部屋付きの小さなシャワールームだった。
汚れた下肢だけをざっと流し、さっさと衣類をつけようとしたアスランを、しかしキサカは制して言う。
「傷を見せてみろ。血が止まっていない」
「いえ、でも・・・・」
スラックスは黒だから、多少は血で汚れてもわからない。
そう思ったアスランは首を振ったが、キサカはそれを許さなかった。
「君に何かあった場合、カガリがどうするかを考えた方がいい。きちんと手当てをしなければ、後に響くぞ」
いちいち最もな彼の言葉に、アスランは唇を噛んだ。
どうして。
どうして、俺はこう・・・
止まりかけた涙が、再びあふれてくる。
ほろほろと流れ落ちて、止まらない。
「・・・すみません」
それを慌てて拭い、頭を下げるアスランを見下ろし、キサカはひどく静かな声で言った。
「気にすることはない。子供は、大人には甘えるものだ」
「・・・・・はい」
子供。
その言葉に、見下す響きはなくて。
アスランは、こらえていた嗚咽をひくひくとこぼしてしまった。
最後に、こんな風に泣いたのは、一体いつのことだったのだろう。
少なくとも、アスランの記憶には、なかった。
簡易浴槽に縋って膝を付き、足を開いて素直に傷付けられた場所を見せる。
羞恥が消えることはないけれど、それでも彼の手に身をゆだねることに、もう戸惑いはない。
「酷いな」
呟きは、意外なほど近くで聞こえた。
尻の肉を開かれて、裂けた入り口に触れられるのがわかって。
彼の太い指を思い出し、アスランはきゅっと目を閉じた。
とたん、それが侵入ってきて。
傷ついた襞を押し開き、残滓をかき出し。やっと引き抜かれて息をつけば、すぐさま冷たいなにかを纏って戻ってきて。
「くっ・・・」
「染みるか？」
「い・・・え」
しかし、上がってしまった声と、強張った体でアスランの辛さを察したのだろう。キサカはいったん指を抜き、少し待ってから再びその指で、ゆっくりと薬を塗り付けた。
「くっ、ぅ・・・・」
ゆっくり、ゆっくり。
傷ついた襞も、薬が馴染んでくればそう酷い痛みを訴えることもなくなってくる。
代わりに。
「・・・ふっ・・・・・・」
薬でぬめる、太い指。
それが、中でうごめいて。
いけない。
これは、手当てなのに。
緊張の糸が緩んだせいか、体が、勝手に。
「ん、ぁ・・・」
再び薬をすくい上げ、ぬめった指にある一点を触れられて、アスランはひく、と身を震わせた。
声を慌ててかみ殺し、顔を伏せてはみたけれど。
それでも、手当てをする者に、その状態は伝わってしまって。
「・・・・・どうする？」
緩く力を持ってしまった前に、絡む指。ふるふると首を振るアスランは、新たに涙をこぼすけれど。
キサカは、アスランの感じる場所をゆるゆると刺激して、前をそっとその大きな手で包み込んだ。
「あ・・・」
的確に触れる指と、搾り取るために動く手のひら。
抗う気力もない体は、ただふるふると震えるばかりで。
「ふっ、ン、ぁ・・・・・」
身をよじったその一瞬、とくとくと吐き出してしまい、アスランは小さく泣き声を上げた。
「ひ・・・んっ・・・」
今、この人に軽蔑されることは、何故だか、どうしようもなく悲しいことのように思われたのだ。
「気にするな。仕方のないことだ」
だから、そう言われて、湯で流した手で髪を撫でられ、酷く安堵する自分がいた。
なんとか身支度を整え終わった頃、やっと立てるようになったアスランは、それでもしっかりと背筋を伸ばして礼儀正しく、キサカに向かって礼を言った。
「ありがとうございました」
キサカは何かを言いたげにしていたが、それでも「いや」と、首を振っただけだった。
「首長会の会議は夕方までかかるようだ。どこかで休んでいるといい」
「はい。待機室で大人しくしています」
なんとなく、右手がむずむずとした。
敬礼をしたくなっていることに気がついて、アスランは軽く苦笑する。
しかし、代わりに、深く頭を下げることにした。
「失礼します」
そう言うと、ふらつく足を叱咤して、ドアへと歩みを進めていく。
大丈夫。
俺は、大丈夫。
あんなことは、たいしたことじゃない。
それに。
まだ、こうして立ち上がることが出来るから。
まだ、こうやって助けてくれる人がいるから。
ドアを開けて、前へと踏み出す。
大丈夫。
たいしたことじゃない。
大丈・・・夫。
だいじょうぶ・・・・？