脱ぎ散らされた赤い軍服を、白い、綺麗な手が拾い上げていく。

「あ、いいですよ、俺拾います」

「なら、脱ぎ散らかすなよ・・・」

そう言って、アスランは拾ったシンの服を、一枚一枚ベッドへ上げていった。

いつもきびきびと動く腕が、情事の後のせいだろうか、酷く気だるげなのが、シンの目を心地良く引いていた。

その腕が、赤いスラックスを拾い上げた時、ぱさりと音を立てて、ポケットから何かが転がり落ちた。

「あ・・・」

それは、ピンク色の携帯電話。

シンの、妹の形見。

「ああ、すまない」

それが、シンの大切なものだと知っているアスランは、慌てて拾い上げようとするけれど、シンが先に手を伸ばし、取り上げてしまう。

「ね、アスランさん」

「なんだ？」

ぱくり、と開いた携帯電話。

明かりを落とした部屋に、淡く輝くそれに映っていたのは、幼いシンと、彼に面差しの似た少女の写真だった。

「俺の妹です」

「・・・そうか・・・・・」

ぱちり、と、画面が変わって。

「こっちが、父さんと母さん」

「・・・うん」

「これ、家です」

「うん。・・・・シン？」

「何？」

じっと見つめていた画面から視線を上げると、翠の瞳と目が合った。

綺麗だな、と、シンは思う。

「いいのか？俺なんかに見せて」

「うん。あんたに見て欲しくってさ」

そう言って、シンは、はたりと携帯を閉じた。

シンの、大切なアスランだから。

シンの、大切な人たちのことを、知って欲しかったんだ。

「ねえ、あんたの家族の写真とかって、ないの？」

そう聞いたとき、シンは、当然見せてもらえるものだと思っていた。

アスランさんの家族。俺、見たい。

しかしアスランはゆっくりと首を振って、少し悲しげな視線を空へと投げた。

「いや、俺は・・・」

「ダメ？」

しゅん、と、落ち込んだシンの顔。それに、慌てる。

「いや、ダメだとかそういうんじゃない。ただ・・・」

ただ。

「ないんだよ。一枚も。先の大戦で、全部なくしてしまったから」

え、と、シンは思った。

そんな、と、思った。

「プラントの家もなくなってしまったようだし・・・宿舎にあったものも、全部処分されてしまったし。すまないな。お前のは見せてくれたのに」

今度は、アスランがしゅんとして。

今度は、シンが慌てた。

「いえ・・・すいません、俺の方こそ」

ちょっと考えればわかるはずなのに。

この人、単身でオーブに行って、今度はやっぱり身一つで、ザフトに来たんだから。

「良かったら、もっと見せてくれないか」

そのシンの肩に、アスランがそっと身を寄せた。

伝わる、ぬくもり。

シンはこくりと頷いて、また、幸せな思い出を開いた。

大切だった人たちを、大切な人に、見てもらいたい。

「これ、携帯買ったばっかりの時、撮ってくれって言われて、俺が撮ったんです。これは、宿題やってるの邪魔されて」

覗き込むアスランの、やさしい気配。

少しだけ顔を上げれば、微笑む口元が、見えて。

「・・・あ、そうだ」

シンはそう呟いて、かたかたと携帯を操作する。

「アスランさん、こっち見て」

「何だ？」

「俺じゃないですよ。携帯」

「え？」

ぱしゃ。

合成されたシャッター音。

「へへっ」

シンは、撮ったばかりの写真を、早速画面に映して見せた。

きょとんと見開かれた翠の瞳に、ちいさく開いた赤い唇。

人形めいた容貌に、その表情が、命を吹き込んで。

隣に映った自分の、自慢げな笑顔。

当たり前だ。だって、こんな人が、俺の恋人なんだから。

「よく撮れてる」

嬉しげなシンの声に、アスランの呆然とした声が被さった。

「・・・・いいのか？」

「何が？」

写真に夢中だったシンは、ふい、と彼を見上げて驚いた。

「そんな大事なもので、俺の写真なんか撮って、いいのか？」

沈痛とさえいえるような表情で、そんなことを言う人に。

「当たり前じゃないですか」

そう、答えながら。

シンはまた、良いことを思いついた。

「この写真、プリントアウトしてあげますね。そうしたら・・・大切にして、くれますか？」

見上げた恋人の、打って変わった嬉しげな笑顔。

「ああ。今度こそなくさないように、肌身離さず持っているよ」

その言葉に、シンも、笑った。

そうして、その約束は。

確かに、果たされるのだ。

「・・・キラ」

声を出すのも辛いだろうに。アスランは、また無理やりに顔を上げて、キラを呼んだ。

「アスラン、無理しちゃダメだよ」

キラに、そう言われて。しかし、包帯だらけの少年は、言葉を紡ぐことをやめない。

「俺、の、軍服の、中。胸の・・・ポケット。写、真が・・・なかった、か・・・？」

「うん。これのこと？」

ベッドサイドの引き出しから、くしゃくしゃによれて、血と海水に変色した、一枚の写真が取り出された。

写っているのは、間抜けな顔をした自分と、嬉しそうな少年。

「あ・・・」

ほっとした様子のアスランに、キラもほっとして、問いかける。

「大事なものなの？」

「ああ」

「なくさなくて、良かったね」

「ああ」

大切な人との、大切な写真。

たった一枚残された、それは、幸せの記憶。

それを、記憶の中だけで、終わらせないために。

俺は、お前とでも戦うよ、シン。

写真の中の、幸せそうな少年に、アスランはそう、誓い直す。

写真も、そうしてお前も。

俺は、絶対なくさない。

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