Home, Sweet Home
コトが終わるといつも、すうすうと眠ってしまう人だから、たまに起きていてくれるとなんだか嬉しい。
軽くキスして、あちこち触れて、他愛のない話をして、また、キスをして。
いちゃいちゃするっていうのかな、こういうの。
楽しい。
指を絡めて、キスして、もっと欲しくなって、指先に舌を絡めて。その手を好きにさせてくれるアスランに、ふとシンは聞いてみたくなった。
その優しくて強い腕で、シンの欲しいものを、欲しいだけ与えてくれる人に。
「アスランさん、欲しいものってあります？」
ちょっとした好奇心に、アスランは簡単に答えた。
「家、が欲しいな」
「その年でそんなもの欲しいんですか」
相変わらず、度し難い人だ。
「欲しくないか、うち」
「いえ、別に・・・」
そんなこと、考えたこともなかった。
「欲しくないのか、そうか・・・」
少し、残念そうに言って。
「お前は強いんだな」
少し細められた瞳が、ここでない遠くを見た。
「俺はダメだよ。帰る場所が・・・欲しい」
ああ、そうか。
House（家）じゃなくて、Home（うち）。
自分と同じ、帰る場所をなくした人だから。
きっと、そういうことなんだろう。
そういえば、婚約者がいるって聞いた。
ずっとオーブにいて、プラントに来たらすぐに志願したからよくは知らないけど、ヴィーノやヨウランがよく言ってる。みんなのアイドルだって。
映像だって見たことある。
キレイな・・・可愛い、女の子だった。
そっか。
この人は、そういう人と、新しいうちを・・・家族を、作るんだ。
「・・・・シン？」
アスランが、絡み合ったままの指を、そっと握ってくれた。
それから、甘えるようにシンの肩にすり寄って、腕を回して、緩く抱いてくる。
こうしてるのが、俺の我侭だって知ってる。
優しい人だから。
弱い、人だから。
だから俺の伸ばした腕に、こうして応えてくれているだけだから。
もし戦場で、その命を失うことがなければ、きっとそのうち。
この人は、この人のうちを手に入れるんだ。
そこに、俺はいない。
思い出す家族の顔は、何故かぼやけて。
シンは、アスランの体をぎゅうっと抱きしめた。
「シン」
アスランは、そんなシンの背中を優しく抱いた。
「プラントでも、地球でも、月でもいい。ここが俺のうちだと言って、帰れる場所が欲しい」
シンは、ますます強くアスランにしがみついた。
「お前に必要なくても、俺は、欲しい」
あ。
やばい。
もしかして、これ。
別れ話？
シンは驚いて、腕を解くとアスランの顔を覗き込んだ。
緑の瞳が、どこか夢見るような光をたたえていた。
「だから、どこかにうちを持とう」
腕が伸びて、シンの髪に触れて。
「・・・お前と俺が、帰れる場所に」
「・・・・・」
お前と俺が、と、アスランは言った。
シンは、自分のひどい思い違いに気がついた。
アスランの言う『うち』にいるのは、プラントの歌姫ではなくて。
可愛い、女の子じゃなくて。
「・・・俺の、家族になってくれるってこと、ですか」
「ああ、いいなそれ」
思ってもみなかった、というふうに笑う人の側に、かくんと力の抜けた肘が落ちる。
「それ、プロポーズみたいですよ」
冗談のような言い方をして、シンはアスランの胸元に額を押し付けた。
涙を隠すために。
「・・・・」
額に直接感じる鼓動が、一拍遅れて跳ね上がる。
触れた肌も、熱くなって。
彼が、そんな意味を持って言ったわけではないことが、よくわかった。
ただ彼は、シンと家を持ちたいと、そう言っただけで。
それでも、アスランはシンの言葉を否定せずに。
「・・・・そういうことに、なるのかな」
照れた声。
最中の啼き声よりも、もっと、可愛い声。
「・・・・・・・・シン？」
戦争で、家族を失った。
帰る場所を、なくしてしまった。
この人も、俺も。
その傷を、舐め合っているだけだと思っていたけれど。
この腕に包まれていれば、俺は安心できたし。
俺を包んでいれば、この人は安心できるだけだと思っていたけれど。
そこは、どこより安心できる場所で。
帰りたい、場所で。
「・・・・・ここ・・・・・・・」
「何だ？」
なんて、優しい声を出すんだろう。
「ここ、が、いいです」
「シン？」
そんな声で、名前を呼ばないで欲しい。
「ここが、いいです。場所なんかどこだっていい。俺は、ここに、帰りたいです」
アスランの胸にしがみついたまま、シンは嗚咽に引っかかる言葉を、必死に紡ぐ。
「アスランさんのところに、俺は帰りたい・・・・」
シンの言葉に、アスランは目を伏せて、彼の髪にキスをした。
「それは、ＯＫと取っていいのかな」
「めちゃめちゃＯＫです・・・っていうか、できれば俺からしたかったなぁプロポーズ！」
がばりと顔を上げて。
泣き顔なのは、もうこの際仕方がない。
誓いのキスをするには、顔を見なければいけないのだから。
唇が触れる前の。
その人の幸福そうな笑顔は、永くシンの心に刻まれていた。