翠玉の種子
あたたかな、肌だった。
たった一度だけ触れたそれは、ただ心地良く幸福な記憶だけをシンに残し。
そうしてシンは。
それを、壊した。
「っ、わあああぁぁぁっ！」
自分の叫びで、夢から覚める。
覚めたはずなのに、夢に見た光景は、脳裏に焼き付いたままだった。
生々しい、血と泥の匂い。
引き裂かれた体。
目の前に転がった、血まみれの腕。
あのとき、シンをあたたかく包んだ腕が。
千切れて。
実際は、彼の死体を見ていない。
しかしそれは、家族の死のイメージと共に、シンの中で、凝って。
硬く硬く、凝って。
「ぐ、ぅ・・・」
吐き気がして、バスルームに駆け込む。
胃液の匂いに余計辛くなって、しこたま、吐いた。
「使え」
さし出されたタオルに、我に返る。
白いタオルの向こうで、レイの青い目が心配そうに細められていた。
「あ・・・ありがと」
慌てて口をすすぎ、受け取ったタオルで拭う。
あの血と泥の匂いは、綺麗に消えていた。
ただ、シンの胸の内。
何か、硬いものが、コトリと落ちる。
「お前は、良くやった」
レイの腕が伸びて、するりとシンの肩を包んだ。
あたたかい、腕。
心地良い記憶を刺激するそれに、シンは思わず縋りつく。
「彼らに、これ以上罪を重ねさせないためには、討つしかなかった。お前は、彼らも、ザフトも、そして彼らによって殺されるはずだった人々も守ったんだ」
「守った・・・？」
「ああ。お前が守ったんだ」
レイの、心地良いぬくもりが、言葉が。
疲れたシンの心に、やさしく、染みた。
「レイ・・・」
抱きしめた体は、あたたかくシンを包み。
あの心地良く幸福な記憶を、すり替えていく。
シンの胸に落ちた、翠玉の種子が。
血と泥の中で、長い冬を越えようと、震えた。