そして戦う明日のために
アスランの指の動きに従い、キーボードのたてる忙しない音が聞こえる。
計器類は、すべて待機の状態で主の指示を待ち、時折、控えめに赤いランプを明滅させて、自己診断の結果を知らせている。
必要最低限に照明を落としたコックピットの中は、様々な機械たちのたてる、小さな囁き声で溢れていた。
アスランは今、ジャスティスのコックピットの中で、戦うための準備をしていた。
地球連合と。
そうして、ザフトと。
戦うための、準備をしていた。
小さな作業用ディスプレイの中、更新中の記号が瞬く。
キーを叩く手を止めて、表示されたパーセンテージが上がっていくのを待ちながら。
前もって作っておいたファイルをめくり、アスランはふと、その手を止めた。
今、自分の腕を包んでいるのは、白と青を基調にした軍服。
何故、赤ではないのかと、似合ってきたと言われるようになった今でも、不思議に思う。
ほんの少し前までは、自分は赤い軍服を着て、赤い軍服に囲まれて過ごしていた。
それが、一番良い方法だと、思っていた。
そう、この作業は、彼らと戦うための準備でもあるのだ。
赤い軍服を着た彼と、戦うための準備でも、あるのだ。
メインカメラ、チェック終了。異常なし。
赤いランプが瞬いて消える。
その赤い色だけが、アスランの瞼裏に残って。
そうして、鮮烈な色のまま、再び瞬いた。
脳裏を焼く、警告の色。
赤い色の、瞳の記憶。
シン。
指を宙に彷徨わせたまま、アスランは、今は暗いメインディスプレイを見上げた。
明日。
あした。
俺は、再びこのディスプレイに彼の機体を映し。
そうして、彼と戦うのだろうか。
このレバーを引き、この引き金を引き。
彼を。
彼の機体を、撃ち落とすのだろうか。
ずくりと胸が痛み、アスランは彷徨っていた手で、そこを押さえた。
胸が痛い。それは、比喩的表現ではない。
いまだ癒えきらない、左肺と肋骨が訴える痛みだった。
そこに手を当てても、厚く巻かれた包帯に阻まれて、熱も鼓動も感じない。
そこが、自分の一部であるという実感は、ただ、ずくずくと疼く痛みだけ。
時折乱れる、呼吸だけ。
俺は、シンにも。
彼にも、こんな痛みを味あわせるのだろうか。
アスランは、胸に当てた手を見下ろした。
いや、痛みだけならばまだましだ。
自分はこうして、まだ、立って、望むもののために戦うことができるのだから。
もう二度と、立つことも、戦うこともできなくなっていった戦友たちを思う。
ミゲル。ニコル。ハイネ。
ＭＳで負けるということは、そういうことだ。
何度も生き延びた自分の方が、おかしいのだ。
そう、アスランは少なくとも二度、確実に負けている。
しかし、そのうちの一度は、ほんの小さな怪我すら負わなかったのだ。
空に翻る青い翼。
今もまた、あの白い機体に乗る親友。
あの時、彼ができたこと。
あれが、自分のできるのなら。
「・・・・・」
アスランは無言で作業に戻った。
右腕の反応速度がなかなか合わない。
遅すぎても、速過ぎても駄目だ。
自分の腕のように、動かせなくては、駄目だ。
この赤い腕は、俺の腕。
この腕で、俺は、お前を落とす。
これが終わったら、脚部のチューニングもしなければ。
まだ、何度も乗っていない機体。
乗って慣らす時間がないのなら、こうやって合わせていくしかない。
この武器を、手足のように動かすために。
この武器で、誰よりも強くあるために。
この武器で、彼を殺してしまわないように。
この武器で、彼を助けることができるように。
赤い光が明滅する。
脚部センサー、チェック終了。異常なし。
その光に照らされて、アスランの制服が、ほんのひと時、赤く染まった。
血塗れることなどあるはずのない、ＭＳパイロットの軍服が、赤く染まった。
オールグリーン。オールセンサーＯＫ。
駆動系のチェックに入ります。
青い表示に視線だけを移し、アスランはまた、キーを叩く。
彼と戦う明日のために。