空へ手向ける
「ちょっと、付き合ってくれないか」
そうアスランから電話がかかってきて、シンはその場で小躍りした。
仕事が終わったばかりだったから、同僚がヘンな目で見てるけど気にしない。
アスランさんとデートだ！
「俺、今仕事終わったんです。あんたは？」
「俺は今日休みだよ」
「じゃあ、迎え行きます」
ちゃり、とストラップを鳴らして携帯を握り直し、シンはわくわくしながら聞いた。
「それで、どこ行くんですか？」
「ええと・・・どこだろうな」
それでも、アスランはアスランだった。
「なんですかそれ！？」
「シン・・・電話口で怒鳴るな」
「そーじゃないだろ！」
もう一度怒鳴ってから、気を取り直して。
「どこだかわかんないのに付き合えってんですか？わけわかんねえ」
「そうか。なら、いい」
「わーーーっ、ちょっ、待っ」
ぶつ、と切れた携帯をまじまじと見下ろして、それから慌ててリダイヤルする。
すぐに出てくれなかったからヤバイと思ったけれど、それでも７コール目で、やっと、ふつ、とコール音が切れた。
「待ってくださいよ！だからどこ付き合えって！？」
「だからいいと言っただろう」
スピーカーの向こうの声は、ものすごくわかりやすくむっとしてる。
大人げないなぁこの人は！
自分のことを棚に上げ、シンは、自分が「大人になってやる」ことにした。
「だから、付き合いますから。どこ？」
それでもバカにしたような声が出て、やばいかな、と思ったけれど、アスランの声は、さっき聞いた困惑した響きで、さっき聞いたものと、同じ答えが帰ってきた。
「・・・どこだろうな」
「アンタって人はーー！！」
叫んでから、ふとあたりを見回した。
すぐに我に返れるようになった自分が偉い。
同僚たちに視線が痛い。
携帯の向こうの沈黙が怖い。
・・・えっと。
「とりあえず、アンタん家行くから！一人でどっか行かないで下さいよ！」
それだけを叫ぶと、シンはぶっつりと通話を切って、携帯をバックに放り込んだ。
「お疲れしたーー！」
そうして、勢い良く駆け出していた。
アスランの家は、シンの家に近い。
つまり、シンの仕事場からも、近い。
プラント並みの狭さとは言わなくても、オーブは小さな島の集まった国だ。同じ島の同じ企業で仕事をすれば、自然とそうなる。ていうか、それしかない。
アスランはてっきり、本島の方の本部でこき使われるだろうと思っていたのに、シンと同じ工場勤務だ。完っ全に宝の持ち腐れ。何考えてるんだ、モルゲンレーテ。
政治取引だの何だのに、まったく興味のないシンは、今でもそう思っている。
まあ、アスランさん楽しそうだからいいんだけどさ。
一緒に住もうというのは断られたけれど、それでも強請り倒してもらった合い鍵で、ドアを開けて。
「アスランさーん！いる？」
変に律儀なアスランは、多少怒らせても行くと言えば逃げてしまうことはない。
それを知っているから、ずかずかと部屋に入っていく。
シンの部屋より、一部屋多い２ＤＫ。趣味の仕事部屋（？）以外は、シンの部屋よりもずっと綺麗だ。
アスランは、リビングの椅子に座り込んでいた。
どこかに付き合えと人に電話をしておきながら、特に準備をした様子もない。
「で、何なんですか？」
「来いとは言ってないぞ」
「でも付きあえって言ったじゃないですか、はじめに！」
噛みついたシンに、ため息をついて。
アスランは、やっと大人げなさを自覚して、じゃあ座れとテーブルを挟んで向かいの椅子を指さした。
「・・・どうしたものかな」
「それ俺のセリフですよぉ・・・」
シンがテーブルに突っ伏す。
悪かった、と、アスランが謝る。
沈黙が、落ちる。
それに耐えられなくなるのは、いつもシンの方だ。
「えっと、だから何なんですか？」
「・・・・いや」
アスランが明後日を向いて、でも、今度は何かを考えているふうだったから、シンも怒らずに言葉を待った。
そのくらいには、大人になった、つもりだ。
「友人の、命日なんだが。墓参りに行けなくて。それで」
なら、電話かけてくるなよ、とは、シンは思わなかった。
忙しさにかまけて、夜のニュースを見て思い出した終戦記念日。レイの死んだ日だ、と思った時の、あのどうしていいかわからない気持ちを思いだしたからだ。
「なんで行けないんですか？」
「プラントにあるんだよ。・・・どのみち、遺体は入ってない墓だけどな」
アスランは、いろいろな意味で今はプラント立ち入り禁止に近い状態になっている。確かにそれは行けないだろう。
レイのお墓は、どこかにあるんだろうか。
あっても、アスランさんの友達と同じ、そこには、遺体を入れることはできないのだけれど。
崩壊していくメサイアを思いだし、シンの胸はきゅう、と痛んだ。
「ヘリオポリス崩壊を知っているか？」
「えっと・・・・って、それアンタが参加した作戦じゃん。あれって今日？」
「ああ」
シンも詳しくは知らないけれど、崩壊したコロニーで死んだなら、遺体の回収は困難だっただろうと思う。
「一人は、同室の奴だったんだ。目の前で頭を打ち抜かれて・・・・」
「え、でもアンタMSパイロットじゃん」
思わず出た言葉を、シンはすぐに後悔して。
「その、MSを奪う途中でな」
アスランの苦い笑いに、ぎゅーっと奥歯を噛んだ。
「確かに、俺はMSパイロットだったから。ああやって人が死ぬのを見るのは初めてだった。それが、ラスティだなんて・・・・」
言って、自分の尾手のひらを見つめているアスラン。
ラスティっていうのは、その友達の名前なんだろうな。
今まで、聞いたこともなかった。
話して、くれなかった。
「俺も、随分殺した。引き金を引くだけで、簡単にラスティみたいに吹っ飛ぶんだ」
なんだか背中がぞわぞわして、シンはもの凄く暴れたくなった。
久しぶりの衝動。
拳を握って我慢する。
暴れて泣いたら、たぶんアスランがぶん殴って止めてくれる。
それで少しすっきりする。
でも、そうしたら。
そうしたら今、アスランはシンのことでいっぱいになって、友達のことがどこかへ行ってしまう。
そんな、不器用な人だと知っている。
こみ上げた涙と記憶を、拳を握って我慢する。
ごめん、父さん、母さん、マユ。
ステラ、レイ。
「それから、隊の先輩も・・・最後に通信していたのは、俺だったよ」
ぎゅっと握った拳を開く。
ちょっと痛い関節。
気が付いたら、歯を食いしばっていた顎も痛い。
「・・・・えっとっ」
だから、声を出したら顎ががくがくした。
でも、かまっていられなかった。
「海、行きましょう海！」
シンは、何かといえば海に行きたがるから、アスランが呆れた顔をする。
でも。
「ほら、あれですよ。空が一番見えるから！」
彼らの消えた場所が、いちばん、見えるから。
そう言い募ったシンに、アスランも表情を緩めた。
甘く、苦く、緩めた。
「・・・・そうだな」
「じゃ、決まりだ！」
勢いよくシンが立ち上がると、アスランものっそりとついてきた。
シンはその手を、ぎゅっと、握った。
亜熱帯の遅い夕暮れ空を眺めながら、シンはアスランの語る「友達」の話を聞いた。
それは、どこかで聞いた断片に繋がるものだったり、まったく初めて聞くものだったりした。
潮風になぶられる、アスランの髪を綺麗だと思った。
握った手の、消えることのない操縦慣だこ。
引き金を引く指。
シンと手をつないでくれる指。
生きている手のあたたかさ。
宇宙のどこか、冷たく静かに凍っているだろう友人たち。
引き寄せられて、キスをする。
潮の音が、うるさくて、落ち着く。
「お前がいて、良かった」
アスランの言葉に。
仰いだ空の色に。
今はもういない友達に。
「うん、俺も」
シンは、泣いてしまわないように歯を食いしばった。
やっぱり少し、顎が痛かったけれど、アスランがまた、甘苦そうに笑っていたから、我慢した。