何のはずみで、そんな話になったのかはよくわからない。

 

珍しく、MAKUBEXも十兵衛もいなかった。

「雷帝」天野銀次と、絃の花月。

VOLTSのリーダーと四天王の一人が、なんとなく崩れかけた吹き抜けなどを見上げながら、どうでもいいような話をしていた、はずだった。

 

「で、さ。それで俺、初めて雷帝になったんだ」

何故だか、初めて、人を殺したときの話になっていた。

無限城の中で、それは自慢話として語られることが多かったが、この二人にはそれは当てはまらない。

悲しいような、諦めたような。そんな顔をして、二人は話を続ける。

 

「じゃあ、僕たちはその子に感謝しなくてはいけませんね」

遠く、高い天井のその上を見上げるようにして、花月は言った。

「なんで？」

銀次には、その意味がよくわからない。

「その子がそこであなたを庇って死んでくれたおかげで、今、僕たちの前にあなたがいるのだから」

それは、銀次にとって、思ってもみない言葉だった。

「カヅッちゃん！」

人を殺すこと、傷つけることを好まず、恐らくVOLTSの誰よりも優しくある、そうするだけの実力さえ手に入れている花月の言葉とは、到底思えなかった。

「無神経なことを言っているのはわかっています。ただ、これは僕の本音です。そして、VOLTSの四天王として、このロウアータウンを守る者の一人として、僕は間違ったことは言っていない」

花月の言葉は、どこまでも強い。

見かけに騙されてはいけない。彼は、必要とあらば、VOLTS屈指の力を振るう男なのだから。

「その子ひとりの犠牲のおかげで。銀次さんが「雷帝」であるということだけで、どれだけの子供が、死をまぬがれたか・・・」

そんなことは、言われるまで気が付かなかった。しかし、それよりも、彼女の死を、花月が喜んでいるようなその言葉が腹立たしかった。

 

裏切られたとさえ、思った。

 

「花月！」

いつもの、くだけた呼び名ではなく、正しく自分の名を呼んだ雷帝から、花月はすうっと目をそらす。

「それだけで・・・・どれだけ、僕が救われたか」

言葉が、急に弱くなった。

 

自分が、花月を救った？

 

銀次は、急速に冷静さを取り戻す。

 

化け物じみた自分さえいなければ、この無限城ロウアータウンを掌握していたに違いない男を、自分が救った？

 

 

「銀次さん、その子の亡骸は、どこへ？」

静かな声で、静かな表情で花月は言う。

それが、たった二つの年の差なのか、自分と花月の差なのかさえ、銀次にはわからない。

「サウスエリアの４階に、木とか植わってるの、知ってる?」

やっとそれだけを言った銀次に、花月はやっと柔らかい表情を見せた。

「ええ。空中庭園の跡ですね・・・そこに？」

「うん。そうしろって、天子峰がさ」

実際、それは大変な作業だった。

しかし、銀次はそれを苦だとは思わなかった。

ただ、彼女の顔に土をかけたあの瞬間の、もう一度彼女の死を味わうかのような思いだけが、辛かった。

白い頬に、黒い土。

その瞬間が、脳裏に焼きついている。

花月は、それを知っているかのように、静かに、しずかに、言ったのだった。

「お墓参り、行ってもいいですか？」

「オハカマイリ？」

その意味することのわからない銀次は、そのままオウム返しに尋ねる。

「ああ、銀次さんは無限城育ちでしたね。死んだ人を埋めた場所・・・お墓をつくった場所に、行くんです」

「行ってどうすんの？」

「人それぞれですね。でも、僕はその子にお礼を言いたいから」

銀次は、じっと花月の横顔を見つめた。その視線に気づかない花月ではないのに、彼の視線は、足元に固定されたまま。

「銀次さんを守ってくれて、ありがとう、と」

言って、花月は立ち上がった。

以前見た狂気など、どこにもない。

穏やかな姿。

「案内する」

銀次も、思わず立ち上がっていた。

「いえ、場所さえ教えてもらえれば、僕一人で行きますから」

花月は困ったような顔をして、やっと銀次を見てくれた。

「俺もしたいんだ。オハカマイリ。・・・俺もまだ、ありがとうって言ってないし」

だってそんなこと、天子峰は教えてくれなかった。

死んだ人を埋めた場所で、その人にお礼を言うなんて。

「はい」

笑った花月の瞳は、少しだけ龍華に似ているような気がした。

 

「銀次さん、その子の名前は？」

その子の、名前。

もう、何年も前に死んだ。

自分の盾となって死んだ少女の名を聞かれるなどと、思ってもみなかった。

「龍華。・・・ええと、春、龍華」

「チェン、ロンファ。可愛い子だったんでしょうね」

「そりゃあね」

銀次は、先に立って歩き出した。

「初めて、守りたいって思った子なんだ」

その後を、花月が追う。

「初恋ですか？」

「そんなんじゃないよ」

龍華の話をしながら、迷路のような通路を行く。

 

 

「あれ、銀次さん、花月クン、どこ行くの？」

途中、床に座り込んだままパソコンを操るマクベスに会った。

「俺の友達の、オハカマイリ行くんだ」

「おはかまいり・・・お墓参り、か。待ってください、僕も行きます！」

 

「ああ、こんなところにいたのか。どこへ行くんだ？」

花月を探していたらしい、十兵衛に会った。

「銀次さんの恩人の、お墓参りに行くんだ」

「そうか、俺も行こう」

 

「何やってんだ、ゾロゾロと」

崩れ落ちた壁の向こうの、空を見上げる士度に会った。

「友達のオハカマイリ！士度も行く？」

「誰が」

「えー、行こうよ」

「何で墓参りでそんなに楽しそうなんだよ、おめぇらは」

 

楽しそう。

 

士度に言われて、銀次は楽しい自分に驚いた。

死んだ、龍華を埋めた場所へ行くところなのに。

 

思わず振り返ると、花月が笑っていた。

笑って、銀次を見ていた。

あの、狂気じみた笑いではなくて、花のような笑み。

 

見れば、マクベスも十兵衛も笑っていた。

士度さえ、口元には苦笑いが浮かんでいる。

 

そうか、と、銀次は思った。

なにが、「そう」なのかは、よくわからなかったけれど。

 

「うん！だから士度も行こうよ」

「何がだからなん・・・っ、おい引っ張るな銀次！！」

 

よく、わからないけど。

龍華にありがとうが言いたかった。

その、墓標の前で、彼女にお礼が言いたかった。

 

 

子供たちを助けてくれてありがとう。

花月を救ってくれてありがとう。

 

 

「寄り道していってもいいですか？確かこの上に、花が咲いていたと思うんですケド」

「何か、火をつけるんだよね」

「線香なんざねえっ」

「笑師が持っていたぞ」

「え、なんで！？」

 

 

 

 

そして。

 

彼らに出会わせてくれて、

ありがとう。

 

 

 

 

 

そう、言いたかった。