「あぅ・・・あ・・・・あん・・・・・」

彼を打ち付けられる度、はしたない声が口をついた。

受け入れ続けた体の奥は、もうどろどろに溶けて次を待っている。

彼の腰に絡めた脚が、互いの汗で滑り、その感触にも感じてしまう。

「やんっ・・・・・」

強く押し伏せられ、戒められて、そのまま彼の良いように掻き混ぜられて。

「や、あ、あ、あっ、ああああぁ・・・・・・・」

「・・・・・っ!!」

虫の声。

自分の部屋の、几帳の柄。

汗で張り付いた夜着。

下肢の、濡れた感触・・・・

夢？

「私は、なんという・・・・・」

青い闇の中、永泉は呟いた。

握りしめた単に、青く陰る雫が、数滴、落ちて消えた。

最近、永泉に会っていない。

泰明は、堀川の暗い水面に目を向けた。

八葉の務めは終わったが、仲間、というものだった者たちとはよく会っている。

友雅などは、困惑させられることも多いが、自分の知らないことをいろいろと教えてくれるので面白い。

そして、永泉は。

会えば、必ず声をかける。

ひとつの考えに固執するきらいはあるが、意外と頭がよく、何よりも自分とはまったく違う発想でものを考えるので、話をする価値がある。

特に話すことがなくても、あれが側にいると心地よい。玄武の波動が静かに共鳴を起こし、自分の力を高めてくれるのがわかる。

それが、まったく姿を見なくなった。

病でも起こしたのだろうか。そういえば自分の不調を隠す癖があった。

行ってみようか。

見上げれば、三日月が山の端に沈もうとしていた。御室に着く頃には、随分と遅くなるだろう。

符を、いくつか持って行くか・・・・

泰明は、屋敷に取って返した。

久しぶりに見る永泉は、少し痩せて見えた。

やはり、病だろうか？

結局仁和寺に着いたのは夜中で、朝の早い寺は寝静まった後だったので、誰にも案内を請わずにここまで来た。だから、それを問う相手もいない。具合の悪い永泉を起こすのは良くないと判断し、泰明はそのまま枕もとへ腰を下ろした。

深夜の部屋の、青い闇の中、永泉の面は青白いが、呼吸は穏やかだ。そう悪いというわけでもないらしい。

熱は、あるのだろうか？

髪を払い、首に触れると、指にほのかな熱がじんわりと染みてきたが、人の体温の基準がわからないことに気がついた。間抜けな話だ。

「ん・・・・」

眠りを妨げてしまったのだろうか。ころん、と上を向いていた顔が、泰明の方を向いた。そして、前髪が触れるほどの距離になった泰明の膝へ、額がすり寄せられる。褥の上をさまよった手が、やはり膝を抱えるように落ち着いて、泰明の動きを封じてしまった。

どうしたら良いのだ？

泰明は困ったが、その手を振り払うこともできない。様子を見に来たのだから、もうしばらく居ても良かろうと思い、そのままでいることにした。

子供のような顔をしているのだな。

そういえば、永泉の顔を、こんなにも間近で見たことはなかった。髪を触らせてもらったことはあるが、それよりも近くに寄ったことはない。

もっと近くで見て見たくなり、泰明は枕から落ちた小さな頭を、そうっと持ち上げて自分の膝の上に乗せた。

「ん・・・・・ふ」

起きてしまうかと思ったが、永泉は相変わらずすやすやと穏やかな寝息を立てている。

手は重さなど感じなかったのに、永泉の頭は以外に重く、その質感と熱量に少し驚いた。頭が乗っているところだけがうっすらと汗をかく。

やはり熱があるのではないか、と思うのだが、この体勢では何もできない。ただ、その熱を感じるようにゆっくりと、頬に指を滑らせた。産毛の感触が心地よい。そしてそのまま唇に指を当て、あえかな吐息を確かめる。するとわずかに開かれた唇から、濡れた舌が顔を出し、泰明の指に触れた。

なんだ？これは。

触れられたのは指の先だったのに、その感触は肘や肩を通って背筋まで響いた。

小さな驚きの一瞬後。

その指は、永泉の口腔内にくわえ込まれてしまっていた。

「・・・・・」

唇の裏側は、柔らかくてあたたかい。そう思っているうちに柔らかく噛まれ、爪の付け根を今度は丹念に舐められた。

肩から先が、抜けてしまうような感覚。自分の心臓が、異常な拍動を刻みだす。

ちゅ・・・く

濡れた音をたてて、唾液が膝に小さな染みをつくる。

夜目にもてらてらと濡れた唇から、目が離せない・・・・・・

その時だった。

「ん・・・・・ん？」

藍色の、瞳が開いた。

「あ・・・・」

がばりと起き上がった永泉の頭を、泰明は間一髪で避けた。

膝と指が、すうっと冷える。

その、喪失感。

「も・・・申し訳ありま・・・」

何故だか一間ほども後ずさり、頭を下げた永泉は、言い終わらないうちによろめいた。

それをまた、ぎりぎりのところで受け止めると、泰明はそのままバランスを崩した永泉を、膝の上に抱き上げた。

「や・・・やすあきどの・・・」

「具合はどうなのだ？」

「え・・・・」

「このところ、おまえを見かけなかった。病を起こしたかと思って来たのだが・・・違うのか？」

前髪が触れるほどの位置で覗き込む。夜の闇を凝らせたような瞳が、息を呑むほど美しい。

「は・・・はい、別に病では・・・・。あの、泰明殿・・・・」

「なんだ」

「放して、下さい・・・・・」

今まで夜具のなかにあった永泉の体は、しっとりと湿ってあたたかかった。ほど良い柔らかさと質感を持つこれを手放すのは、とても気が進まない。

「何故だ？」

だから、より強く抱きしめながら問うた。腕の中の体がふるりと震え、それが泰明に心地よく伝わった。

病でないのなら、忙しかったのだろうか？確かに、あまり眠る時間を割かせると本当に調子を崩しかねないから、今夜はここで帰った方がいいのかもしれない。

後で時間ができたようなら、自分の部屋へ連れて行こう。永泉は、泰明の頼みを断ったことがない。こうして抱きしめてみるのも良いし、口の中も触りたい。口の中だけではない、もっといろいろ触ってみたい・・・・

「その、私は、穢れておりますから・・・・泰明殿には、御不快かと・・・・」

「おまえは穢れてなどいないが」

穢れているどころか、無意識に穢れを清める性質を持っている。相変わらず永泉の思考はわからない。

「いいえ・・・私は、泰明殿を、穢してしまいます・・・」

腕の中でわたわたと手足をばたつかせるのが面白いが、永泉はそれどころではないらしい。藍色の瞳から、闇に光る雫がはたはたとこぼれた。

「私・・・わたくし・・・・泰明殿と・・・あの、その、・・・・淫らなことを、する夢を・・・・」

「淫ら？」

「はい・・・・っく・・・」

突然ばたつく動きが止んで、永泉の背中が丸くなる。

「私・・・っく、もう、泰明殿にはお会いできないと・・・・」

泰明は、小さくなった永泉のあごをつかんで自分の方へ向かせた。夜の中、深さを増した瞳から、夜色に染まった雫が生まれゆく。

「それは、どういう夢だ？」

「お許し、ください・・・」

瞳が閉じられ、溜まった雫がほろほろと落ちる。

ふるふると震える体が、かあっと熱くなるのに同調するように、自分の体温も上がるのを泰明は感じた。

「どういう、夢だ？私は、おまえを知りたい。」

どんな夢を見ているのか、何を考えているのか。初めて見た涙の訳、先ほどは穏やかだった呼吸が、今はこんなにも苦しそうな訳。乱れた夜着の下の肌、柔らかい体の作り・・・・

「あ・・・やすあき、どの・・・・」

何かに突き動かされるように、泰明は永泉の夜着を剥いだ。

匂い立つような、という言葉を、風雅を解さない泰明でさえ連想する肌は、実際甘い香りがした。いつも会うときに感じる黒方ではない、もっと甘い匂いだ。

項に顔を近づけて、その香りとほのかな熱をいっぱいに吸い込む。

闇の中、青白く浮かび上がる肌は、何処に触れても柔らかいのに確かな手ごたえがある。

二の腕の裏、肩甲骨の下、胸の赤み、背筋の窪み、脇腹、臍の窪み。下に下ってくるぶしの下、ふくらはぎの内側、膝の裏、腿の内側。

その奥の、痛々しいほどに立ち上がり、ふるえているもの。

珍しいのでつついてみると、それはたちまち白い雫を散らせてしまった。

「あ・・・・・・」

永泉は口許を押さえて声を殺し、はらはらと涙をこぼしている。その風情に誘われて雫を舌ですくい取と、きゅっ、と瞳を閉じて顔をそむけた。

「こちらを向け」

「や・・・・・・」

「どうした？」

「申し訳ありません・・・・ひっく・・・もうしわけ・・・」

「答えろ」

「・・・・恥ずかしい、のです・・・・こんな・・・女の方ように、か、感じて・・・・」

自分で言った言葉に、更に羞恥をあおられて、永泉は更に泣きじゃくりだした。

女のような？

自分の体の下で震えている永泉。

彼の言っていた淫らなこと、の意味が、おぼろげながらわかってくる。

泰明は戸惑った。

それは、女と男がすることではないのか？

「おまえは、私に欲情しているのか？」

「・・・・・・ひんっ・・・・」

先ほど達したばかりの永泉のものに触れると、それはまた熱を帯び始めている。

「お許し・・・ください・・・・」

緩く、自分を押し返す腕。その指の感触、柔らかい皮膚、濡れた声。

ひとつひとつ確認するたびに、熱い痺れが背筋を突き抜ける。

この体を、自分のものにしたい。

これを・・・・欲情というのだろうか？

「永泉・・・・・・・」

髪を払い、こちらを向かせ、熱く濡れた唇に、自分のそれを重ねる。

閨というものは、まずこうするものだと知識の上では知っていた。

指ではなく、舌で感じる口腔は、いっそう心地よいものだった。

熱くぬめるそこを、心ゆくまで楽しむ。互いの体温が溶け合いながら高まるのがわかった。口付け、という行為が、とても理にかなったものなのだと知る。

「んふ・・・・・」

唇を離しても、透明な糸が互いをつないでいる。指で触れると、それは切れて永泉の唇に小さな雫をつくった。

それにも、触れてみる。

目が合った。

夜色の瞳が濡れている。濡れて、甘く溶けている。自分の目もこのようになっているのだろうか？

夜目にも赤い舌が覗き、指を捕らえた。誘われるままにその奥へ差し込むと、先程とは違う動きで舌が絡む。

指に、唾液を乗せる動き。その意味が理解できる自分が不思議だった。

指を抜き、滑らかな下肢の奥へと持っていく。初めて触れたそこは、きつく泰明の指へ絡みついた。

「ん、あう・・・・・」

ためしに、熱い粘膜を擦ってみた。開かれた脚がぴくぴくと跳ねて、抱え上げる腕に心地よい振動を与えた。入り口はきついのに、中はやわやわと柔らかい。入り口さえなじめば、２本、３本と指を増やしても、柔軟に受け入れて、一度に動かすとくちゅくちゅと音を立てた。

「やすあ・・・き、どの、もう、っ、あ・・・」

もどかしい思いで帯を解く。自分のものは、永泉のものよりも大きく形を変えていた。

ゆっくりと、それを押し込む。

「あ・・・あ、あぅ・・・・っ」

あんなにとろけていたのに、自分が入るにはまだ硬いのか、永泉の体が強張った。

「痛むのか？」

細い指が、泰明の腕に食い込んでいる。きつく閉じられた眦に、涙の雫が溜まっている。

今すぐ貪りたい衝動を無理やり押さえ、汗で張り付いた前髪を払ってやると、薄く開いた瞳がわずかに笑んだ。

「だ・・・だいじょうぶです・・・んっ」

「しかし・・・・」

汗ばんだ腕が、首に絡みついた。強く引き寄せ、自らの動きに苦しげにうめく。

「ぅ・・・嬉し・・・いのです、やすあきどの。だから・・・」

「・・・・そうか」

ならば、おまえの望むとおりにしよう。

それは、自分の望みでもある。

「あぅ・・・あ、あ、は、あ・・ぁん」

はじめは注意深く、やがて思いのままに。

泰明は永泉を手に入れた。

あたたかい。

すっぽりと、大きなぬくもりに包まれる幸福に、永泉はため息をついた。

「目が覚めたのか？」

「ん・・・・・」

重い瞼を上げてみれば、そこには夢にまで見た人の顔が間近にあった。

「や・・・やすあきどの・・・っ」

遮る薄物もなく触れる素肌と、甘く蕩けたままの下肢に何があったのかを思い出し、永泉は身を縮ませた。

「なんだ」

泰明は、細くとも強い腕で永泉を包んだ上から、自分の衣を被っている。永泉の夜着は互いの放ったものを拭うのに使われ、手の届かないところに放り出されていた。

「も、申し訳ありません・・・・・私、わたくし・・・・・」

「何故、謝る？」

頬を撫でられ、引き寄せられ何度も口付けられて。優しい仕草にまた蕩けそうになってしまう自分を恥じながら、永泉は必死に言葉を紡ぐ。

「泰明殿に・・・その、このようなことを・・・・なんと、お詫びしたら良いのか・・・」

「何故、謝る」

繰り返される問いに、永泉は言葉を失った。緩くなっている涙腺がまた新たな雫を落とす。

どう言ったらいいのかわからない。しかし、泰明は答えを欲しているのだ。

「おまえの言い方は、私が望んでいなかったように聞こえる。それはおまえが判断することではない。

私がこうしたかったのだ。おまえが謝る必要は無い」

「望んで、下さったのですか・・・？」

「おまえは興味深くて気持ちが良い。他の者にこう思うことは無かった。だから、おまえを望む・・・嫌か？」

暫し、呆けたように目を見開いていた永泉は、やがてはらはらと涙を落としながら、それでも花開くように微笑んだ。

「いいえ・・・いいえ、泰明殿・・・・」

夜が白々と明け始め、闇に慣れた目に薄青く染まった互いが良く見えてくる。

「泰明殿・・・・？お顔のまじないが・・・・」

以前は、確かに白いまじないのあった顔の左側に、おどおどと這わされた指を取り、唇を寄せる。抱きしめた体がふるっ、と震えるのを楽しみながら、泰明はささやいた。

「そうか、ならば、これが・・・」

永泉の、

言の葉、微笑、ささやかな仕草。

小さな雫を集めていくように。

育ったこの気持ちを、『愛しい』というのだろう・・・・・