七夕
晴れているはずなのに、星は良く見えなかった。
ユニウスセブン落下の影響で、いまだ、大気中の粉塵濃度は高い。
それでも、アスランはじっと。
じっと、空を見上げていた。
「アスラン、まだ、あんまり外にいちゃダメだよ」
後ろから声をかけられ、ひくんと身を震わせる。
誰よりもアスランに馴染んだ、幼馴染の、声なのに。
「それは、お前も一緒だろ」
「僕はスーパーコーディネイターだもの」
おどけるように言って、キラはアスランの隣に立った。
大天使の甲板を、海風が翔けていく。
「何を、見てるの？」
「ああ。・・・星を」
キラも、空を見上げ。
「見えないよ？」
「見えるだろ、少し」
「んー、少し、ね」
おそらく、最も輝いているだろうわずかな星々が、かろうじて見える程度だけれど。
「あれとあれとそれで、夏の大三角形だよね。あの明るいのなんだろ、全然わかんない。そっちのは、たぶん惑星だよね？」
「そうだろうな」
「それしかないけど」
「ああ」
頷いたアスランは、甲板の手すりを掴んだまま、座り込む。
まだ、少し、体が辛い。
「カガリが残念がってた。せっかく七夕で晴れたのに、星が見えないって」
ユーラシア大陸の東側で発生した習慣を、オーブは受け継いでいる。
星の逢瀬に願いをかける。そんなつたない信仰を、アスランはオーブに来るまで知らなかった。
「彼女には・・・見えないかな」
「ナチュラルだからね、難しいかな」
そうか。
アスランに、この習慣を教えてくれた人には、見えないのか。
言われて、目を閉じた。
アスランの目にも。
恋人同士と伝えられる星は見えても、天の川も、それを渡すカササギも見えない。
それでも彼らは。
会いたいひとに、会えるのだろうか。
会いたい、と。
「アスラン？」
「・・・いや」
会いたいと、星に願うのは、愚かだろうか。
それでもアスランは、願わずにいられなかった。
どうか、彼に会わせてください、と。
不意に、シンは空を仰いだ。
どこか、ぼんやりとした空が広がっていた。
でも。
「あ、織姫と彦星だ」
数少ない星の中に、馴染んだ名前の光を見つけ、シンは思わず破願する。
頬が、慣れない動きにひくりと強張り。
しかし彼は、自分が久しく笑っていなかったことになど、気づかなかった。
「そっか、今日は七夕か」
あの星に、願えば。
星の彼方のあのひとに。
俺も、会えるのだろうか。
不意に湧いた感傷を、必死になって振り払い、シンは、戦女神の甲板を後にする。
何に、願おうとも。
死んだひとは還らない。
そんなことは、良く、知っているから。
会いたい、と。その、無垢なる願いは。
煙った大気のその上で、まるで宙の恋人たちのように。
叶えられる日を、ただ、待っていた。